29.王子の出会い4(レイサスside)
突如僕らの前に現れたガウリカ族のパチャラ。
最初は攻撃を受けたものと思ったが、実際には違った。
伝説の魔術師であるラシが、時を超えてパチャラにメッセージを伝えたのだ。魔王を倒すための魔術を研究し、それを未来に託そうとして。パチャラはラシからのお告げに従って僕を探していた。目的はラシの魔術を与えるためだ。
「ラシは言った。間もなくわしを含めて五組が旅をすることになると。
レイサス。
ヴァレンティナ。
レベッカ。
ザハール。
この四名を探し出し、魔術を与えてほしいというのがラシのお告げじゃ。ようやく、ようやくひとり目であるレイサス、お主に授けることができる」
どこか気の抜けたような口調になった。確かにパチャラはひとりでここまで旅をしていた。ガウリカ族であり、ラクサーというとんでも能力を持っていたとしても色々と苦労をしてきたのだろう。それが報われる瞬間がきたのだから気が緩むのも無理はない。
「ラシの魔術を渡す。と言っても大したことはせん。手を握るだけじゃ。これを受け取ればいくら疑っていたお主でも、わしの言ったことを信じざるを得ないじゃろう。手を出してくれるかの?」
今更ほとんど疑っていなかった僕は手を差し出す。
パチャラは僕の手を握ると力を込めた。何か異物が僕の身体に侵入してくる感覚がある。しかし不快感はない。むしろ力が漲ってくるようなイメージだ。これがラシの魔力なのだろう。
少ししてパチャラは僕の手を離した。
「これで完了じゃ。お主にラシの魔術を授けた。これでお主はラシの魔術をつかえるようになったはずじゃ。さて、わしは旅を続けるとするかの。他の三人を探さにゃならん」
パチャラは任務を果たしてほっとした表情で言う。そして今までのんびり話していたのが嘘のように、さっと立ち上がって去ろうとした。
僕は慌てて引き留める。
「待ってくれ。確かに何か流れ込んでくる感覚はあったけど、どう使う? どんな魔術なんだ?」
「あ、そうじゃな。すまん忘れておった」
パチャラは振り返る。案外抜けているタイプなのかもしれない。
「レイサスよ、ラシがお主に授けた魔術は一度だけ、『たった一度だけ誰かの死をなかったことにする』ものだそうじゃ。いいか、一度しか使えん魔術じゃ。人を生き返らせることはできん。しかし、死ぬ前にこの魔術をかけられた者はその死を魔術が引き受けてくれる」
「魔術が人の身代わりになるってことでいいのかな?」
「そういう認識で構わんと思うぞ。死ぬような一撃を受けたら、それを一度だけ肩代わりしてくれるらとのことじゃ。レイサス、お主がどんな状況になろうとも、一度使うまではお主の体内にラシの魔術は残り続ける。使うときはよく考えるようにの」
「一度だけ致命傷をなかったことにする魔術……凄い」
僕は心から感心した。こんな魔術があるならもっと色々な作戦を考えられる。
「ラシは本当に不世出の魔術師だったのかもしれんのう。
あ、大事なことを忘れておった。
その魔術を使った効果は一日程度しか持続しないそうじゃ。つまり今お主自身に魔術をかけても、明日までに致命傷を負わなければ無駄に終わるということじゃ」
「そうなのか。じゃあ使いどころは限られるな」
あらかじめ魔術をかけておくことはできないということか。膨らんだ作戦が少しだけ萎んだのを感じる。それでも十分役に立つ能力であることには違いない。
「パチャラさん、ありがとう」
すでに歩き出していたパチャラの背中に声をかける。パチャラは振り向かずに答えた。
「礼ならラシに言うべきじゃな。それよりもじゃ。お主たちの手で魔王を倒す日が来るのを待っておるからの」
パチャラは去っていった。
ーーーーーーーーー
「なるほどね! パチャラさんは一応私たちに協力する気だったってことね」
「でもスカイちゃんの魔物に能力が発動したってわけか。自動で使える能力は便利そうだが俺たちみたいなケースだと困るわな」
「お告げは伝説と言われるラシの魔術だった。不思議な話ね」
パチャラを見送ったあと、僕は皆を集めて会話した内容を伝えた。一通り報告を終えると、口々に感想を言い合う。
「本当に不思議な話だよ。でも僕は信じていいと思う。僕の身体に流れ込んできた魔力が証拠だと思っている」
「まあ、こればっかりは社長しかわからねえからな。社長が信じるっていうなら俺も信じるぜ」
ガンドフが言うと、スカイラーとドナも頷く。パチャラとは時間にしたら一時間にも満たない会話だったが、有益な情報と強力な魔術を手に入れることができた。
「それにしても私たち以外にも魔王を倒す旅に出ている人がいるなんてびっくりよ。噂ではネア・マクリ帝国が魔王討伐に乗り出すなんて話もあったけど、もっと何年も経ってからだと思ってたわ」
スカイラーが干し肉を口にしながら話題を振る。
「そうだよな。まさかほぼ同時なんてすげえ偶然だぜ。ってことは他の三組のどれかが帝国の討伐隊なんだろ。俺たちより先に倒すなんてことねえよな?」
「うわーーそれは困る! 赤い鎧が死ぬのはいいけどどうせなら私たちが倒したい!」
「それは大丈夫だと思うよ。ネア・マクリ帝国は東の地域でも中央部にある国だからね。狙うとしたら中央部を支配する黒い牙じゃないかな」
この推測はおそらく当たっているだろう。
帝国はそもそも北部を攻めてきていた赤い鎧や南部を進んだ黄金の眼と戦うメリットはない。進攻を受けているのも黒い牙の支配下にある魔物たちだろう。自国の安定を考えるのであれば黒い牙を狙うのが当然だ。
さらに中央部には大陸の東西を結ぶ道が敷かれている。
数百年前、主に交易のために作られたとされる道だ。
大陸を南北二つにひびで割ったように分ける街道であることから、通称「クラックロード(ひび割れた道)」と呼ばれている。
帝国からの討伐隊はまず間違いなくこの道を通る。僕たちのように山越えをしたり、拠点作りをしたりする必要はない。
道は比較的平坦だし、街道沿いには多くの町があるからだ。残念ながら町はほぼ魔物に支配されてしまっているだろうが、僕たちのように拠点作りのために寄り道しなくてもいい。街道沿いの町を魔物から取り戻せればいくらでも拠点が作れる。
もちろん、三段階の魔物を倒せればの話だ。
とはいえ、帝国が集めた人材なら三段階の魔物たちとも戦えると思う。討伐目標が僕たちと一緒じゃなくて本当に良かった。
「なら安心だわ。赤い鎧は私たちの獲物ね」
「他の二組はわからないけどね。帝国とはぶつかったり、共闘したりする機会はなさそうだ」
「ああ。このまま進んで赤い鎧をぶっ倒してやろうぜ」
「そうね! この山を越えたらいつ赤い鎧と出会ってもおかしくないんだもの。絶対倒すわ!」
「それよりも」
ドナが真剣な顔で口を挟んできた。
「ラシの魔術はどう使うつもりなの?」
僕は咄嗟に返事ができない。
まだ具体的には決まっていないのだ。「一度だけ死に至る攻撃をなかったことにする」魔術は、非常に有用ではあるものの、使いどころが難しい。
まず、予め前日に魔術をかけておくこと。
これは不可能だ。なぜなら効果はたったの一日だけ。敵と遭遇しなければただの無駄遣いだ。
魔物はいつ襲ってくるかわからないし、魔王といつどこで対峙するかも不明である。従って、この魔術は戦闘が始まってからかけることになるだろう。
次に誰に魔術を使うか。
順当に考えればガンドフ以外いない。戦闘では最前線にいるわけだから、常に死の危険が伴う。強敵との戦闘中、ガンドフに使うのが王道といえるだろう。
スカイラーに使うという手もある。彼女の切り札は命と引き換えに一度きりだ。切り札を使う直前に魔術をかけておけば、切り札を使ってもスカイラーは命を落とさないで済む。
最後にいつ魔術を使うかだ。
本音を言えば赤い鎧との戦いまで使いたくない。しかし三段階の魔物であっても簡単に勝てるわけではない。下手をすれば次の戦いで命を落とす可能性だってある。
魔術の出し惜しみをして仲間を失うなど愚の骨頂だ。必要があれば躊躇うことなく使わなければ。
「正直まだ考えているところだよ。予め魔術をかけておくのは難しい。戦闘中タイミングを見て使うことになるだろうね」
僕は答えた。
「じゃあ先に言っておく。私には使わないで」
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