28.王子の出会い3(レイサスside)


「改めてお詫びする。本当に申し訳なかった!」


 パチャラという老人は深々と頭を下げた。その姿勢は隙だらけで、僕でも倒せそうなほど無防備な謝り方だった。もちろん攻撃の意志を持てば力を吸い取られてしまうので、そんなつもりはなかったが。


 たっぷり十秒ほどお辞儀の姿勢でいた老人は頭を上げると話し出した。


「さっき言った通り、わしはパチャラという。引退したが先日までガウリカ族の長老を務めていた。今はひとりで旅をしているところじゃ。

 ガウリカ族には生まれながら「ラクサー」という能力が備わっておるのじゃ。ガウリカ族はヒュームと違う特徴がいくつかあるが、大きなものは三つじゃ。身体能力が高いことがひとつ。緑の髪を持つのがふたつ。わしはもう抜けてしまったがの。みっつ目はヒュームが大地の恵みで得るような特殊能力を、わしらは生まれたときに最初から持っておることじゃな」


 ヒュームとは僕たち普通の人間のことだろう。


「ガウリカ族に会うのは初めてだけど、緑の髪を持っているのは知っているよ。それよりも大地の恵みって?」

「ああ、ヒュームでいうところの宙源石じゃ。ガウリカ族は敵意を持った相手に近付かれると、自動的に一定の力を吸い取ることができる能力を生まれついて持っているのじゃ。ついでに吸い取った力で同じ相手に攻撃することも可能になっておる。それが「ラクサー」じゃ」


 とんでもない能力である。


 近付いた敵を自動的に無力化できるだけでなく、その力を同じ相手限定とはいえぶつけることもできるとは。しかも生まれたときからそれほど強力な能力をガウリカ族全員が持っているということだ。


 三大超越民族と言われるのも頷ける話だ。文字通り普通の人間を超越している。



 同時にパチャラに僕らを攻撃する意志がないこと、ひとりで魔物の領土で生きていける理由もわかった。


 生まれながら授かった能力は当然使い慣れているだろう。弱った僕らに吸い取った力でとどめを刺すことなど造作もないはずだ。それをしないということは、少なくとも敵ではない。


 また、ラクサーとかいう力は自動なのだから、寝ているときでも発動するのだろう。いつ魔物が襲ってくるか分からない土地でも近付いたら力を吸い取れるのだ。比較的安全に旅ができるはずだ。


 もっと言えば普通の人間なら宙源石で能力を得られる人はごくわずかだし、得られる能力も当たり外れがある。とんでもない強力な力を手にする人もいれば、あまり役に立たない能力を授かることもある。自動で敵の力を吸い取れる能力なら大当たりだ。


 ひとりで旅ができる理由、僕らに攻撃をした理由を理解した。



 残るは近付いてきた目的だ。


「パチャラさんだったね。攻撃してきたのがあなたの意志じゃないことはわかったよ。次はさっきの僕の質問に答えてほしい。何の目的で近付いて来たんだ?」


 パチャラは少し躊躇ってから口を開いた。


「お告げじゃ」

「お告げ?」

「夢で旅に出ろと言われたんじゃ」

「夢?」


 この老人は何を言っているんだ?

 脳が劣化しているんじゃないか。

 これが最初に思った感想だ。見た夢ごときで旅に出るなんて普通じゃ考えられない。


 しかし、次にパチャラが放った言葉で僕はドキリとさせられる。


「お主はレイサスという名前じゃろう。わしはお主を探していた」


 何なんだこの老人は。ガウリカ族というのは夢にまで特殊能力があるのか。


「なんで……僕の名前を知っている?」

「お告げじゃ」


 またお告げか。眉唾ものではあるが、わざわざひとりで旅に出るほどの何かがあったのか。当然パチャラが耄碌している可能性もある。どちらにせよ詳しく聞く必要がありそうだ。

「お告げというのは、どういうものか知りたいんだけど。詳しく教えてくれないかな?」

「うむ、元よりそのつもりじゃ。多少長くなるんでの、とりあえず座って話すのがよかろう」


 そう言ってパチャラはそのまま地面に腰を下す。

 僕もパチャラの正面に座り込んだ。


「まず最初に尋ねたいんじゃが、剣聖ドウセツと魔術師ラシは知っておるかの?」

「知らない人の方が少ないでしょう。約四十年前に魔王討伐に乗り出した伝説の二人組だ。二人とも規格外の剣技と魔術で魔物たちと戦った」


 パチャラは深く頷く。


「そうじゃ。ドウセツは今も再現できる者がいないと言われる数々の剣技で魔物を葬った。ラシは攻撃魔術はできなかったが肉体の強化や回復など、ドウセツの補助となる魔術を多数使いこなした。

 さあ次じゃ。ドウセツの最期はご存知か?」


「剣聖ドウセツは赤い鎧の側近と相討ちになったという話だったかな。それが僕に会いに来たのと何の関係が?」


「そう、元々魔王たちは側近をそれぞれ三体ずつ従えていた。そのうちの一体を倒したのがドウセツとラシじゃ。ドウセツはその戦いで重傷を負い、帰らぬ人になった。ではラシの最期は?」


「剣聖ドウセツがいなくなったあとは討伐を断念して、確か小さな村に籠って一生を終えたとか。パチャラさん、僕はあなたの目的を聞いているんだ。そんな過去の話じゃない」


 パチャラは僕の言葉を無視して続ける。


「よく勉強しておる。ラシは側近を倒してから約一年後、北の小さな村で息を引き取った。その一年間、彼女は何をしていたかはわかるかの?」


「それは魔術師ラシに聞いてみないとわからないことでしょう。僕に、いや、誰にもわかるはずがない。あなたはさっきから一体何の話をしてるんだ、全く話が見えない」


「ラシは魔王に対抗する魔術を作っていたんじゃ」

「それが本当かはわからないと思うけど」

「わかるんじゃ」

「今更わかるはずがないだろう。いい加減にしてくれないか! あなたの目的を早く話し……」

「ラシ本人から聞いたからの」

「え!?」



「わしがお告げを受けたのはラシ本人からじゃ。二ヶ月程前の話になる」



 僕の頭は疑問で一杯になった。

 お告げは魔術師ラシ?

 ラシは四十年前に死んでいるのに?

 そもそもどうしてラシ本人とわかる?


「疑っているようじゃの」

「すでに死んでいる「ラシからお告げを受けた」なんて話を信じる人の方が珍しいと思うけど」

「やっぱり疑うに決まっておるのう。長老が見た夢の話はガウリカ族であれば結構信じてもらるんじゃが、ヒュームはそうもいかんか。まあよいわい。とりあえず聞いてから判断をしてもらおうかの」

「是非聞かせていただきたい」


 パチャラは背負っていた荷物を下ろすと話し始めた。


「まず見たのは町ひとつ分もあるような緑の大樹が砂のように崩れていくシーンじゃ。何を意味しているかはわからんが、推測としては人類の世界が崩壊していくようなイメージだったわい。

 直後に声が響いた。

『旅に出なさい。魔王を目指す希望の芽たちを助けるのです。あなたも希望の芽のひとり。あなたに託します』

 これまた誰かわからん声じゃった。この時点で夢であることは理解していたが、到底信じられるものではない。レイサス、お主と同じじゃ。誰かも分からぬ状態で長老たるわしが村を離れることなどできん」


 僕が黙っていると、パチャラは続けた。


「そこでわしは声の主に話しかけた。急に言われても素直に従うはずはない、しっかり説明してくれ、とな。

 すると声の主は答えた。

『私には時間がない。もうすぐ死ぬのです。できる限り説明しますが、限界があることを許してください。私は魔術師ラシ、あなたの三十八年過去から言葉を伝えています。ドウセツと共に魔王討伐に旅立ち、失敗した愚か者です』

 もう少し長かったが、大体こんな意味じゃった。

 それからもラシの言葉は続いた。

 自分の魔術は補助がメインだったこと。

 にもかかわらずドウセツの類いまれな剣の才能を魔術で活かしきれなかったこと。

 そのせいでドウセツを死なせてしまったこと。

 自分だけが逃げてしまったこと。

 後悔の念からラシは魔王を倒す魔術を日々研究していること。

 ラシ自身も治療法のない病気で間もなく死ぬこと。

 これらを話してくれたのじゃ」



 自分だけが逃げた、という部分で僕は胸が痛んだ。同じ経験があるからだ。僕らがベルガモット王国から逃げるときに見た父の姿は一生忘れないだろう。



「ラシは様々な魔術を開発したようじゃ。

 ただ残念なことにその魔術はラシの魔力を使わなければならないもの。だがラシはもう家を出ることすらできないくらい衰弱していたようじゃ。

 それでも最期の力を振り絞ってさらにふたつの魔術を造った。

 ひとつは自分の魔力を他人に与える魔術。

 もうひとつは精神を未来に送る魔術。

 自分の命が間もなく尽きるというところで、ラシは開発した魔術を自分の魔力ごと継承するために精神だけ今の時代にやってきたと言っておった」



 僕は依然喋らない。

 精神だけ未来へ行くなんてことができるのか、という疑問もある。とはいえ魔術師ラシは二百年も生きたと言われているし、魔術の知識や探求は誰よりもやってきたのだろう。


 そこは信じてもいい。


 それよりも疑問なのはなぜこの時代を選んだのか、ということだ。知りたくてパチャラの話を待った。


「遠い未来へ行くほど多くの魔力を消費するとラシは話しておった。

『私は、未来へ進みながら探しました。魔王を討伐する意志が高く、それに見合った強さを持つ人物がいる時代を探していました。

 何度か意志の高い時代もありましたが、とても魔王に届く強さがあると思えませんでした。

 実はこの時代もそうです。

 ほぼ同時にあなたを含め五組の旅が始まりました。いずれも魔王に関わる旅です。

 魔王を倒す意志は最も高かったのですが、強さに不安が残っています。正直に言うと、この時代より先に進もうとも考えました。

 しかし私の魔力は尽きかけている状態。先に進んでもこの時代より意志、強さで勝る時代に辿り着ける保証はありません。

 さらに、この時代には何か違うものを感じました。他の時代にはなかった何かで、言い表すことはできませんが、希望の芽のようなものです。不安はありますが、この五組に私の魔術を授けようと思います』」



 なるほど。魔術師ラシの魔力が限界に近かった。それで満足はしていないものの、将来成長する可能性を秘めたこの時代に賭けたということだ。

 魔術師ラシが時を超えてまでお告げをパチャラに与えた。それはラシの開発した魔術をこの時代に託すためだということだろう。ということはパチャラが僕に会いに来た目的はひとつしかない。


 思考を遮ってパチャラはまだ話を続ける。


「ここからが本題じゃ。わしがお主に会いに来た理由はもう想像がついているかもしれんの」

「僕にラシの魔術をくれるということ」


 パチャラはにやりと笑った。




「そう、わしはお主にラシの魔術を授けに来た」


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