27.王子の出会い2(レイサスside)
考えてもわからないが、僕たちにとって狼と大王亀を失うことは大きな痛手だ。このままにさせるわけにはいかない。人間である可能性を考慮して僕は声を張り上げた。
「誰だか知らないがすぐに出てくるんだ! さもないとこの森を火の海にした攻撃を、この辺り全て無差別に打ち込む!!」
ガンドフとドナは足で大王亀から飛び降りて周囲に気を配っている。今までとは違う、全く正体の分からない状況に顔が強張っている。スカイラーは狼も大王亀も瀕死だから戦うことはできない。ひたすら狼と大王亀に声をかけている。
僕だって同様だ。急に魔物だけ倒れる状態なんて知らない。知らない以上作戦を立てることもできない。できるのは心構えのみだ。
たとえ人間であっても敵対するのであれば容赦はしないと心に決め、様子を見る。
途端に視界が回り始めた。
空も地面も焼けた森もすべてがぐにゃぐにゃと暴れているように見える。
頭が痛むと同時に全身から力が抜ける。初めての感覚で立っていられない。力が吸いだされていくようだ。僕はその場に手をつくこともできないまま倒れ込んだ。ガンドフとドナにぼんやりと目を向ける。二人ともそれぞれの斧と杖を支えにして辛うじて立っている様子だ。
こんなところで訳もわからないまま死ぬのか?
敵がどんな奴か、どんな攻撃かすら確認できないまま僕たちは負けるのか?
赤い鎧に会うこともできないまま旅を終えるのか?
実際には数秒だったのだろう。様々な思いが頭を駆け巡り、自分の無力さを呪っていた。体感的には一時間くらいのように感じる時間のあと、焼けた森から現れた。
人間だった。
ひとりの老人が出てきたのだ。濃紺のズボンに茶色の服。緑のバッグを背負っていて、革製の首飾りを提げている。両手を挙げているので戦う意志はなさそうだが油断はできない。
油断はできないのに。
力が入らない。声を出すこともできない。ガンドフもドナも立っているので精一杯の様子だ。スカイラーにはなぜか影響がないようだが、狼が動けない以上反攻するのは難しいだろう。
ここが、最後なのか。
諦めようとしたとき、声が響いた。
「すまぬ! これはわしの能力じゃ。わしの名はパチャラ。ガウリカ族の長老を務めていた。今は引退し、世界を旅しているんじゃ。攻撃する意志はない!」
ぼんやりした頭で聞こえてくる言葉を反芻する。ガウリカ族だって? あの三大超越民族と言われている? 確か緑髪だったはずだが、老人に髪の毛がないせいで判断できない。
「ガウリカ族は敵意を持った相手から自動的に力を吸い取る能力を持っておる。お主らはわしを倒そうとしたから力を取られた。連れている魔物はわしの気配に気付いて警戒したから力を取られた。距離を取ればすぐに力は戻るんじゃ。わしはこれから離れる。しばらくしたら戻ってくる。どうか敵意を持たずに待っていてほしい。頼むぞ!」
ガウリカ族のパチャラと名乗る老人は一気に捲し立てると、再び荒野となった森へ引き返していった。果たして力は戻るのだろうか。
いや、信じる信じないの問題ではない。力が戻られなければどの道死ぬだけである。力が戻るよう祈るしかないのだ。
だが、信用に足る材料もある。
それはスカイラーが倒れず無事でいるという事実だ。彼女は狼の魔物が倒れたことを心配するあまり、老人の出現を気にかけてはいなかった。つまり敵意がなかったことになる。だからスカイラーは力を吸い取られる被害を受けていない。
さらに僕らが倒れた順番もそうだ。
まず周囲の気配に敏感な魔物が先に倒れた。
使役している魔物が倒れたことで敵襲だと思った僕、ガンドフ、ドナは狼と大王亀が倒れた後に警戒態勢に入った。倒れたのはその直後。
老人の話と辻褄が合う。故に力が戻ることを祈りながら待つしかない。
待ちながらも次のことを考える。
あのパチャラというガウリカ族が敵だった場合だ。雰囲気、口ぶりから何となく敵ではないような気がしているが、念のためだ。
正直対処できないこともない。
彼は「距離を取れば力が戻る」と言った。それならば最も単純な方法は、遠距離からドナの魔術を当てることだ。
また僕や狼、大王亀は立ってすらいられなかったというのに、ドナとガンドフは武器を支えに立つことができていた。
なぜか。
これは吸い取る力の量に限界があるものと推測できる。
比較したことはないが、スカイラーの狼とガンドフやドナが戦ったとしたら、狼では勝てないと思っている。大王亀も同様だ。防御力は三段階の枠で考えても上位だろうが、攻撃はからきしダメだ。戦闘力ではガンドフやドナに軍配が上がる。
要するに敵が強いと力を吸い取り切れないということだろう。戦鬼丸を食べたガンドフなら動くことができる可能性は高い。
反対にスカイラーの使役する魔物が戦うのは難しいはずだ。どうしたって敵意を出してしまう。後ろに下がっていてもらう方がいい。
大体の作戦が決まったところで急速に力が戻ってくるのを感じる。皆も同じようで、ガンドフ、ドナも不思議そうに周囲を見渡す。狼も立ち上がり、スカイラーが涙を浮かべて喜ぶ。
「ウルちゃん! よかったあーー!」
大王亀も四肢で立ち、乗っていた僕は慌ててバランスを取った。
「一体何だったんだあの爺さん。怖すぎるだろ。得体が知れねえ」
ガンドフがぼやきながら亀の方に戻ってくる。全くその通りだと思う。もう終わりだと思うほどの絶望を与えられたのが嘘のように、身体の調子が元通りになっている。
僕は皆を集めて作戦を伝える。
「戻って来ると言っていたから手短に話すね。さっきの老人はガウリカ族と言っていた。ガウリカ族の特徴は緑色の髪なんだけど、残念ながら髪の毛がなかったから判断できない。でも彼は敵ではないと思っている」
「私のウルちゃんや亀さんをあんなにしておいて? 信じられないわ」
「俺もスカイちゃんに賛成だぜ社長。あんな凶悪な能力、会ったことがねえ」
スカイラーとガンドフが反論してくるが、言い返したのはドナだった。
「私は敵ではないと判断した。理由は一度引き下がったから。私たちはあのまま攻撃されていたら終わっていた」
「僕もドナと同じ意見だ。あのときの僕たちはなす術がなかった。ドナとガンドフも抵抗できるほどの力は残っていなかったはずだよ。僕や仲間の魔物に至っては立つことさえできなかった」
「確かにそうだけどよ」
ガンドフが声をすぼめる。
「わかっているよ、だからといってあの老人を全面的に信じるにはまだ早いのも事実だ。いつでも戦えるようにしておいた方がいい。
そこで作戦だ。老人が言った能力は恐らく本当だ。敵意がある者から力を吸い取る。でも、今僕たちが何事もなかったかのように立っていることから、距離が関係しているのも本当だと思う。つまり、敵意があろうと遠ければ力を吸い取ることはできない。だからドナは遠距離攻撃を仕掛けられるように後方で待機してもらう」
僕はドナの方を見る。ドナは察したらしく頷く。
「そしてスカイラーとガンドフも後方だ。魔物は敵意を押さえられないだろうから、老人の射程距離から外れてもらう」
「俺はどうして後方なんだよ! 戦わしてくれよ」
「もちろんいざというときには戦ってもらうよ。恐らくあの老人が吸い取る力の量には限度があると考えているんだ。僕は何かに掴まっても立つことすらできなかったのに、ガンドフとドナは辛うじて立っていた。このことからひとりから奪える力の最大量は決まっていると考えられる」
水を一口飲んで続ける。
「ということは戦鬼丸を服用すればガンドフなら戦えるはずだ。ただ、服用する力もなかったらどうしようもないからね。だから後ろにいてほしい。老人と対峙するのは僕だけだ」
「それはさすがに危険じゃないかしら?」
スカイラーがすかさず口を挟む。
「たぶん大丈夫だよ。さっきも言ったように敵ではないと思うんだ。もし攻撃されそうだったら合図を送るから、そのときはドナとガンドフ、頼んだよ」
「そういうことか! なら俺は一番に駆けつけてやるぜ、ガハハハハ」
「わかった」
皆が納得したところで僕は大王亀から降りて話しかける。
「じゃあ皆、後ろの方で待っていてくれ。射程距離がどれくらいかわからないから、僕の姿がギリギリ見えるところまで下がっておいて、少しずつ距離を詰めてくれればいいよ」
全員が下がり始めたのを見届けて、僕は老人のいた方へ進む。敵ではないと結論付けていても心臓の鼓動は速くなっていくのがわかる。
そう、仮に敵でなかったとして、どんな目的で近付いてきたのかがわからない。それがわかるまでは迂闊にこちらの目的や手の内を見せるわけにはいかない。
仲間になりたい、というのも断った方がいいだろう。仲間としてあの能力は頼りになるが、僕らの目指す四段階の魔物には効果が薄いだろう。スカイラーの魔物があの老人に慣れるまで行動できなくなるのも困る。
想定される出来事をいくつか思い浮かべているうちに、灰だらけになった森から先程の老人が再び姿を見せた。申し訳なさそうな顔をしているが気にしない。
僕は先に警告する。
「悪いけど、まだ僕はあなたを信用していない。仲間は遠くであなたを狙っている。だけど敵だとも思っていない。何の目的があって近付いてきたのか教えてほしい」
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