26.王子の出会い1(レイサスside)


 予想通り魔物の襲撃もなく、無事に朝を迎えた。全く戦闘に参加していない僕がせめてもの仕事として朝食を準備したり、旅の支度を整えたりする。


 山火事もほぼ鎮火していた。


 所々煙が出ており、倒れた木々や焼かれた恐竜型魔物の死骸もそこら中にあるため、視界は良好とは言えない。

 狼の嗅覚もあてにならないほど焦げた匂いが充満している。周辺に魔物がいるとは考えにくいが、ある程度注意しながら進む必要はありそうだ。午後にはここを出発する予定なので、もう少しだけここでリラックスしていられる。


 全員が午前中をのんびりと過ごした。スカイラーは誰よりも遅くまで寝ていたし、ドナは毎日行っている魔術の練習を休んでいた。ガンドフは回復が思ったより早く、昼前には歩けるようになっていた。内臓が痛むせいで朝食は一口も食べられなかったガンドフが、昼食として出した干し肉とスープは全て平らげていた。


「やっぱり久しぶりに食う飯はうまいなあ! おかげで元気になったぜ」

「まだ無理はしない方がいい」

「そうよ、戦うのはウルちゃんがやるから、ガンドフはもう少し休んで!」

「そんなに動かなかったら身体がなまっちまうって! 一日ずっと寝てたんだ。早く暴れたいぜ」

 ガンドフが両腕を振り回す。やはりまだ痛みが残っているようで、「うっ」と呻いて肩を押さえていた。


 そんな姿を僕たちが笑っていると、

「くっそう、まだ早いのかよ。じゃあ明日だ。今日は念のため休んで、明日から全力で行くぜ」

「それがいい」

「それがいいよ」

「それがいいわ」

 ガンドフを除く三人の声が重なり、また笑う。



 和やかな空気が流れる。僕の心に穏やかな思いが広がっていく。こういう平和な時間がずっと続けばいいと思ってしまう。



 笑いながらふと思う。


 ダメだ。この考え方は良くない。



 すぐさま考え方を変えなければ。


 逆だ。


 今笑っていても僕らの心は本当の意味で晴れることはない。


 なぜなら僕らの仇である魔王が生きているからだ。


 人間のため、なんて崇高な精神は掲げていない。


 ただ自分の大切な人の命を奪ったやつを殺したいってだけのことだ。


 そしてそれが成し得たならば。


 魔王さえ倒せたならば。


 本当の意味での平和な時間がずっと続くんだ。


 

「どうしたよ社長。そんな難しい顔して。また次の作戦でも考えてるのか?」

 ガンドフの言葉ではっと我に返る。


「そうよレイサス。楽しいときは笑う、それでいいじゃない」

 スカイラーも追随する。


「いや、ごめん。何かこんな時間がずっと続けばいいなって思ってしまって。でもそれじゃいけないなと考え直していたんだ」

 思っていたことを正直に口にする。



「ハハハハハ! そりゃあ俺だってこうやって笑っているのが一番だって思ってるぜ。ただな、寝るときや起きたときに思うのは赤い鎧に殺された妻と息子のことだ。楽しいときは笑っていても、赤い鎧を殺すことさえ見失わなければいいんじゃないのか?」

 白い歯を見せながら話すガンドフ。



「そんな深く考えなくていいんじゃない? 私は目の前に全力なだけ。眠かったら寝るし、楽しかったら笑うし、悲しかったら泣く。倒したかったら戦う。自分の気持ちに正直でいいと思うけど」

 スカイラーもまともなことを言う。



「私は、赤い鎧を殺せば、きっと心から笑える」

 言葉だけを聞くと少々怖いことを言っているドナ。それでも言いたいことは十分伝わる。



 そうだ。皆同じ気持ちなんだ。


 皆ずっと笑っていたいけど、本当に心から笑うのは赤い鎧を倒してから。それまでは目の前にあるできることをやる。


 単純なことだ。


 僕はいつも深く考えすぎているのかもしれない。深く考えるのは戦略や戦術だけで十分だ。皆を導き、教える役目のつもりだったが、学ぶことの方が多い。


「それに俺たちは強いからな! 赤い鎧だって倒せるさ! ガハハハハハ!」

 皆が頷いている。メンバーに恵まれたと心から思う。


「そうだね、赤い鎧を倒そう」


 心を決めて出発の号令をかけようとしたそのとき。



「ウルちゃん! どうしたの!? ウルちゃん!」

 スカイラーが大声を上げた。

「スカイちゃん、何があったんだ?」

 周囲に異質な気配も感じられない。魔粒子も徐々に薄くなってきている。狼最大の索敵装置ともいえる鼻も、この火災で用を成さない。


 つまり、特に警戒するようなことは何もないはずだ。ガンドフの疑問は最もである。


「違うの、ウルちゃんが、ちょっと遠くを睨みつけたと思ったら、急に」

 スカイラーは取り乱している。僕は狼とスカイラーのそばに近付いた。スカイラーが抱き着いている狼を見る。


「どういうことだ?」

 僕は思わず呟いた。


 狼の魔物が瀕死だったのだ。呼吸は小さく、うつぶせに倒れたような姿勢になっている。


 さらに唐突に地面が揺れる。


 地震ではない。乗っていた大王亀が急に自分を足で支えられなくなったのだ。足は投げ出され、目が虚ろになって潰れている。



 何だ、何が起こっているんだ。


「ドナ、魔術の準備だ! ガンドフも治ったばかりで悪いけど戦闘態勢! わからないけど恐らく攻撃を受けている!」

「わかった」

「おう! 任せろ!」


 周囲に視線を走らせる。何かが起きているのは間違いない。本当に攻撃されているのか? どういう攻撃を受けているんだ? だとしたらなぜ狼と大王亀だけが瀕死になるんだ?


 僕は懐から本を取り出し、魔物のページを調べる。見えない攻撃をする魔物を探すが、該当しない。一切外傷を負わせずに攻撃できる魔物など見当たらない。毒による攻撃も調べる。やはり該当する魔物はいない。人間には効かず、魔物にしか効果がない毒は存在しないはずだ。


 そもそも魔物にしか攻撃の効果がないなんておかしい。もしそんなものがあったとすれば、まるで人間の仕業ではないか。


 もしかして味方? いや、仮に味方だったとしてもその考えは危険だ。敵であることを前提に行動しなければ。


 近くに宙源石の能力を持った人間がいるのか?


 こんなところに?


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