第5話 時間は『ファイナルファンタジーXIII』のように過ぎていく
※この物語は、虚実入り混じったフィクションである。ただし『ファイナルファンタジーXIII』11章までのネタバレが多少なりともあるのでご容赦いただきたい。
たとえ虚実入り混じったフィクション多めの話であると言えども、書けることは少ない。傍若無人に見えるかもしれないが、これでも出せるエピソードや本当に駄目な話は調整して書いていないからだ。だから、前回の『ヒア・ゼイ・ライ』の話をしてからだいぶ間が空いてしまった、と言い訳しておこう。
さて、今回はどんな話をするべきか。
世間的に評価の低いゲームに高い点数をつけてしまったせいで、読者ハガキでしこたま怒られた話をするか。いや、それだと低評価の理由から話さなければならなくなってしまう。むかつく先輩の仕事を台無しにしようと、洒落にならないイタズラを仕込もうとしたら速攻でバレて、みっちり怒られた話をするべきか。いや、わざわざ自分の失敗を掘り起こす必要はない。自分の失敗より好きなゲームの話をするべきだ。
好きな物……そういえば、私は一時期国民的RPG『ファイナルファンタジー』がとても好きだった。別に今でも嫌いではないのだが、子どもの頃に触れた『ファイナルファンタジーIII』から、『ファイナルファンタジーX』辺りまでは熱狂的にハマったものだ。『ファイナルファンタジーXI』がオンラインRPGだったため、オンラインが苦手な自分はそこでシリーズの継続プレイが途絶えてしまい、熱狂的な気持ちは落ち着いてしまったものの、オンライン以外の作品は今でも外伝系含めて遊び続けている。つい先日も、最新作の『ファイナルファンタジーXVI』を楽しんだ。
そうだ、それならうってつけの題材があるじゃないか。あの日、私自身がオプティマを発動してしまった『ファイナルファンタジーXIII』の話をしよう。
◇
2009年の師走を迎えたある日のこと。
その日、とある編集部は年末進行の激務に追われてピリピリしていた。
それだけではない。
あの超大作RPGシリーズの最新作が発売するとあって、より一層の緊張感が編集部内を走っていた。そう、万が一にも発売日前に情報が漏れてはいけないからだ。
しばしば「まともな社会人とは思えない」と揶揄されがちなゲーム系雑誌ではあるが、年を経るごとにセキュリティは年々厳しくなっている。当然だが、メーカーの広報、掃除業者、多くの人間が出入りする出版社では基本的に風通しが良いほうが交流を図りやすい。そうは言っても、よからぬ輩が出入りしないとも限らない。カードで入退出を管理するのはもちろんのこと、デバッグ用のゲームハードも簡単には持ち出せないし、攻略などを行う際にも決まったスペースを確保するものだ。
それでも、超大作ソフトに限ってはその程度のセキュリティでは済まされない。遊んでいるところを見れば誰だって気になってしまうだろう。ましてや、ここはゲーム好きしかいない空間である。担当ではないライターだって編集だって、気になるものは気になるのだ。だからこそ、外部の人間はもちろん内部の人間にだって見られてはいけなかった。
そうした理由から、いつしか超大作ソフトが出るたびに専用の隔離部屋が設けられることになっていったのだ。編集部の奥に備え付けられていた小さな会議室の1室を借り切り、超大作ソフトとデバッグハードを設置。作品を取り上げる時期が終わるまで、そこに24時間入り浸りながらプレイする。たいていのライターは、そこで何週間も暮らし始め、もはや家にも帰らない。匂いすら漂う隔離部屋である。
寝ている時以外はゲームを遊び、食べながらラフ用紙を持ち込みラフレイアウトを作成する。メモを取り、アイデアを捻って、攻略法を確かめ……超大作が発売されたときのゲームライターは人間を辞めていた。敵モンスターのHPを確認する。ただそれだけのために、1日中ひたすらバトルと計算を繰り返していた後輩は、虚ろな目で「●●は好きだったけど、もう見たくないです……」とこぼしたほどだ。逆に超大作ソフトが出続ける限りは編集部に泊まり放題。近くの銭湯に行けば体は洗える。余計なお金を使わなくて済む。ゲームも遊び放題という環境を夢のように想い、喜んで牢獄のような環境に入るものもいた。それは、もはやゲーム中毒者だ。
私もゲーム中毒者だったので、牢獄を天国のように感じていた時代もあった。
◇
働き方改革が叫ばれる昨今では、かつてのような人海戦術によるゲーム攻略や記事の特集は到底考えられない。もはや、そんな時代は夢幻の彼方だ。一時期だけあった陽炎のような出来事に過ぎない。それに、令和の世ではゲーム雑誌の数自体が大幅に減ってしまった。雑誌を出していない編集部にはフリーのゲームライターが出入りすることはなく、隔離部屋自体もなくなっている。もはや、多数の業者や人間が出入りすることもないし、外部に見られる恐れも少ないからだ。
つい先日、「もう、ほとんど会社に来ていないから」という理由でビルの入出に必要なカードキーの返却を迫られた。そのメールを読み終えた時、自分は1つの区切りがついたような気持ちになっていたのを覚えている。どうせ、そのうちゲームライターも辞めるのだ。良い機会じゃないか。
ビルへ入出するためのカードキーを総務部に返却した自分は、かつて編集部があったビルの前まで来ていた。自分が最初にゲームライターを志した時、まだ右も左もわからず仕事も出来ず、迷惑しかかけていなかった時、そんな若い時分に働いていたビルは、中に入れるわけではないもののまだ残っている。あれから何度も引っ越しを行い、ビルの場所も変わっていったし、ここにはあまり良い想い出はなかった。それでも、なんとなく見ておきたかったのだ。
しかし、久々に訪れたビルは周囲の風景も様変わりしていた。通っていた本屋もビルごと解体されている。かつての自分を確かめられるものは、すでにない。
時間は過ぎていく。『ファイナルファンタジーXIII』のように1本道で、大きく後戻りすることは出来ないのだろう。
時間は過ぎていく。『ファイナルファンタジーXIII-2』のように最後の詰めでしくじったとしても、その失敗は受け入れたうえで前に進まなければならない。
時間は過ぎていく。『ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII』のように流れ、決まったなかで出来ることをしなければならない。
時間は過ぎていく。『ファイナルファンタジー ヴェルサスXIII』が『ファイナルファンタジーXV』へ変わったように、望むと望まざるにかかわらず変化する。
時間は『ファイナルファンタジーXIII』のように過ぎていく。
秋晴れの空を仰いだ。
『ファイナルファンタジーXIII』で、はじめてグラン=パルスに降り立った時のように、青々とした空が広がっている。もう、隔離部屋を思い出すこともないだろう。二度と隔離されることはないのだ。なぜだろう。その自由が少し寂しかった。
◇
「無理!」
最初に
「もう、素材も情報も全部使い切って書けないっすよ!」
限界と言わんばかりに頭を抱えて叫ぶ。無理もない。もはや、打つ手がないほどに追い込まれてしまっていた。そう、書けないのだ。
その隣では、無言のままライトニングを操作し、アルカキルティ大平原をひたすら往復させているライターがいる。彼は攻略担当であり、データ取りの名人。ゲームの規制範囲よりも先ではあるが、そのうち攻略が必要になることを見越してプレイを続けるゲームの鬼だった。彼にかかれば、メーカーが非公開にしているバトルの計算式だって丸裸。どんなに精密に隠された隠しアイテムや隠しイベントでも、誰に言われるまでもなく見つけ出してしまう。普段めったに会社へ来ることもなく、超大作の発売前だけ現れ、短期集中型でギャラを稼いでいく男。昔のゲーム雑誌編集部には、そんな正体や普段の活動がよくわからないライターがゴロゴロいたのだ。ゲームに辛辣な評価が出来るのは実家が太いのでメーカーに気を遣わなくていいから、なんてウワサのあるライターもいたりしたものだ。本当かどうかは定かではない。
さて、後輩が匙を投げたのは、まさに規制範囲の問題であった。ネットでいくらでもwikiが乱立し、我先にと攻略動画が上がるようになってしまった現代では考えられないかもしれないが、ゲームの記事には“規制範囲”と呼ばれるものがある。攻略規制とも言われるのだが、要はゲームの中身をどこからどこまで載せていいのか。どこまで攻略していいのか。そういった記事にできる範囲を事前に決めておくのだ。規制範囲は、メーカーやゲームによっても変わるのだが、当然ながら発売日前に全部攻略して公開していいメーカーは存在しない。攻略規制だけではなく、発売日前の情報に関しても、基本的にはメーカーから出された素材を使うのが常だ。
たとえば、今でも発売日前のゲームの情報を追うとわかりやすい。ニュースサイトなどで公開される画面写真は、どこも一緒ではないだろうか。それもそのはず。メーカーが提供した素材なので、各社同じものを使っているからだ。こうした規制は、遊ぶ人の楽しみを奪わないために必要なものであり、勝手に規制を破って先の範囲を公開するわけにはいかない。
とくに、作中の重要なキャラクターが死亡するような一大イベントや、ユーザーの楽しみを損なうような“ネタバレ”に値するものは“永久規制”と呼ばれている。あまりにも重大なネタバレに直結する場合は、攻略本などであっても永遠に掲載できない場合が多い。今はゲーム実況や動画でいくらでも永久規制は破られてしまうが、それでもルールとして必要なものなのだ。誰かが破ったから破っていいわけじゃない。
もちろん、例外もある。設定資料集などの“クリア済みのユーザーが、ネタバレよりもさらに先の情報を求めて買う本”といった特殊な場合では、永久規制が解かれるものもある。だが、こうした例を除き、規制は最優先で守るべきものなのだ。
メーカーによって規制のかけ方は大きく違うが、自分が体験したなかで恐ろしさを感じた規制の例を挙げると「ゲームを遊ぶ人の楽しみを損なわなければ、どんな情報を載せてもいいですよ」というパターンがあった。「あなた方の裁量に任せます」と言えば聞こえはいいが、これは担当したゲームライターやメディアが不必要なネタバレを書かないであろうという信頼と、ゲーマーとしての良心を問うものでもある。
つまり、自由に載せていいとしながらも「あなた方はゲーマーとして、そんな恥ずかしいことはしませんよね?」と暗に言っているのだ。きっちりと規制を切られるよりも、何倍も恐ろしい。自分自身の良識を問われているのだから。
私は、試しに「例えば、必要であったらエンディングを掲載するような記事も可能なのですか?」と聞いてみた。すると、穏やかな笑みを崩さないまま「ええ、それが本当にユーザーの楽しみを損なわないとあなた方が思うなら、ですが」と返されて背筋に冷たい汗が走ったものだ。このような覚悟が決まっているからこそ、売れるゲームが作れるのだろうと私は1人納得していた。
そんな思い出はともかく、超大作RPGは素材が潤沢であっても足りないし、規制に関してはいくら解禁されても足りないほどに書けることがある。規制さえ緩ければいくらでも記事は書けるし、こちらとしても書きたいことが多くあるものだ。
しかし、発売と同時に情報規制をすべて解禁するのはどんな大手メーカーであってもない。ページを大量に用意しても、メーカーからいただいた素材ではまったく足りないこともある。書きたいシステムやキャラクターが規制範囲外なのもざらだ。
こうした場合、ライターはどうするか。
写真が足りない場合であれば、まったく無関係の写真に全然違うシステムを説明したキャプションをつけるというテクニックがある。もしも、あなたが雑誌を読んでいて写真とキャプションがなんか違うな……と思ったならば、それはゲームライターが情報をできる限り載せるために取った苦肉の策である。優しく見守ろう。
情報が足りない場合であれば、写真を大きく見せるというテクニックがある。レイアウトとしてカッコ良く、デザインとして魅せられればそれで良いのだ。ひと昔前のハードであれば、拡大に画面写真が耐えられないので敬遠されていた手法である。
だが、PlayStation3くらいまでハードが進化すると、画面写真はそれに耐えられるほど解像度が上がった。撮影機材の質も向上し、巨大なスクリーンショットを載せたほうがインパクトがある。購買意欲をそそるレイアウトも切りやすくなった。
ただし、そうしたテクニックが通じない場合もある。通常より何倍ものページを取り、大々的に特集を行う大作ゲームにおいては、往々にしていただいた素材や規制範囲内の情報ではページが足りなくなってしまうのだ。書きたいのにページがなくて書けない。書きたいのに規制範囲外なので書けない。書きたいのに写真が足りない。書いても書いても、もっとページが欲しい。限られた紙面に収まるように考えながら、ゲームの魅力を伝えるためにレイアウトを工夫する。
それでも、ページが足りない。もしくは逆に1ページ余る。そんな時は往々にしてやってくる。ああ、あと少し先の範囲の情報まで書ければ埋まるのに……ああ、画面写真をあと1枚でも撮影できれば埋まるのに……ああ、序盤でもいいからレビューとして文章を入れられれば埋まるのに……。そこをどう埋めるか。そして、読者が読んで無駄だと思われないページにできるか。情報を薄く引き伸ばさずに、そのゲームのページとして構成できるか。紙での苦労を経験したゲームライターは、決まった文字数やページに情報を収める能力に特化していく。
そうしたライターであっても、素材やページ数との兼ね合いで限界は生じるものだ。次号までの範囲ならもっと書けることが増えるのに……などと思っても仕方がない。今ある素材、今出せる情報、今伝えられるものでゲームの魅力を伝えてこそプロのゲームライターなのである。とはいえ限界はあるし、すでに何日も泊まり続けていたライターたちには人間としての限界が訪れていた。
さらに間の悪いことに、時は年末進行真っ最中。
出版業界では、年末でありながら年明け分の仕事も同時に行わなくてはならず、ましてや超大作RPGであれば1つの雑誌だけではなく、複数の雑誌で同時にさまざまな記事が載る。本の発売日もズレるため、今書いている記事は1章の範囲まで、こちらは2章の範囲まで、年明けの攻略は……といった具合に、規制の範囲も微妙にズレてくるので書いてる方も混乱してくるのだ。そのうえ、攻略するために先の先、それこそクリアまでプレイしていたりもする。ラストまでの情報が頭に入った状態で、かなり序盤の記事を書いていたりするので、頭が爆発しそうになるのだ。
音を上げて仮眠に入ってしまった後輩をしり目に、私は黒背景にしたPCのテキストエディタをにらみ続け、掲載できる素材と情報のリストを消したり戻したりしながら、ラフ用紙と見比べていた。すでに、黒背景のはずのテキストエディタが緑色に見える。これは完全に目が疲れている証拠だ。倒れる寸前である。
とはいえ、これでもまだまだ働ける状態だ。本当に忙しい時、人は意識を飛ばしながら仕事を行う。年末進行で眠らずにテキストを書き続けると、だんだん朦朧としてくるだけではなく、書いた覚えがない文章がPCに並んでいくのだ。なぜか孫悟空と悪魔絵師・金子一馬が殴り合いをしてカレーを食べはじめてリンボーダンスをするなどといった意味不明な解説キャプションが全然違うゲームの画像に指定され、書き終えてチェックしているときに「なんじゃこれ」と叫んだこともあった。ここまで来ると人は限界である。ギブアップを宣言して机に突っ伏すか、椅子を並べて仮眠を取るのだ。印刷所の皆さん、いつも本当にすみません。
そうした限界を迎えるまでもなく、これは手詰まりだと私も感じていた。ここまで苦しむのには、そもそも『ファイナルファンタジーXIII』というゲームの構造が持つ特殊さも理由にある。
RPGは、技術の進歩に伴ってより細かく描写できるようになっていった。それが逆に、デフォルメとして許されていた世界全体を描くワールドマップやフィールドを用意しにくくなったのか、PS2やPS3の時代にはオープンワールドのRPGよりも一本道と呼ばれるRPG。後戻りできない代わりに、1つ1つのマップが作り込まれていたり、豪華なムービーでストーリーを魅せるタイプも増えていった。
『ファイナルファンタジーXIII』は、その1本道と呼ばれるタイプの代表とも言える作品であり、私自身も3部作すべてに触れたうえで今では好きな作品だ。ただし、この時は、その非常に特殊な構造ゆえに苦しめられた記憶が大きい。
なにせ、このゲーム。とてつもない急角度な尻上がりの構造をしているのだ。序盤ではゲームの中身がまったくわからず、ある時を境に一気に解放される。物語と合わせてゲームの魅力が広がるギミックになっているのだ。
『ファイナルファンタジーXIII』は、ゲーム冒頭から主人公たちが逃亡者として追われ、逃げ続けるというシナリオの作りをしている。それ故に、ショップなども存在せずセーブポイントから購入する仕組みであったり、逃亡する原因となった事件を直接描写せずにメニュー内のTIPSに別枠として用意していたり、章が切り替わるごとに操作できるキャラがガラっと変わったりと、逃亡劇&群像劇として物語を魅せることに特化している。
半自動に近い戦闘システムでありつつ、オートポーションで回復してくれるのでコントローラーから手を離しても進む1章。アタッカーやブラスターなどの役割をバトル中に切り替えて、相手の行動に対処していく“オプティマ”や育成要素などが解禁されるのが3章に入ってから……といったようにゲームシステムの解禁も物語に合わせて遅めに設定されている。完全に自由な編成ができるのも10章。そして、広大なグラン=パルス(下界)でオープンワールドのように冒険しながら、ある程度自由な行き来や後戻り(グラン=パルスまでではあるが)が可能となるのが11章と、序盤から中盤までシステム面でも物語でも逃亡するフラストレーションを溜めに溜めて、後半に入ってから解放するという構造をしている。1ユーザーとして遊ぶと、この閉塞感からの解放を前提とした物語の構造が感動的でもあり、のちに出た続編の『ファイナルファンタジーXIII-2』や『ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII』にはない魅力でもあると感じている。1本道であるからこそ、それを逆手に取った作りでもあり、ある程度ストレスが溜まったとしてもユーザーが最後まで走り抜けて遊ぶ確信がなければできない。超大作RPGでしか出来ない挑戦的な作風だ。
しかし、それは発売後だからこそ言えることであり、当然ながら発売前にユーザーへそれを伝えることはできない。自分で体験してこその感動だからだ。
だからこそ規制の厳しさには納得したし、そのなかでベストを尽くすのがゲームライターなのだが……やはり、解禁される情報量が少ないと苦しいものは苦しい。
これが、おふざけしてもいいタイプのゲームだったら、突然キャラクターのクロスレビューを始めたり、パンツの違いを書いていたり、変な企画記事が始まったりするのだが、当然真面目な超大作RPGでそんなことが許されるわけがない。読者だって許さないだろう。そうなれば、ある素材を使って情報の組み方を変え、ページの順番や構造を変え、うまく組み上げるしかないのだ。
うんうん唸り、ラフ案の没に次ぐ没を繰り返し、同僚や後輩と相談してページの構成を練り直し、何度も何度も繰り返し繰り返し作業を続けるうちに、ついに私も意識を失った。本当に、崩れ落ちるように、ふっとその場に倒れて眠りについたのだ。
◇
気が付くと、私はグラン=パルスに立っていた。『FF』を遊びすぎて、ついにライトニングになったのだ。迫り来る敵にオプティマを切り替え、攻撃を行う。記事にはまだ書けないが、戦い方は身についている。サッズが頭からチョコボのヒナを出し入れしている。早くやろうぜとスノウが語り掛けてきた。そうだ。私はライトニングだった。だから、問題なく倒せ……
◇
「……さん! ……さん……しっかりしてください!」
後輩に揺すられて、我に返った。ボクシングのようでそうではない奇妙なファイトポーズのまま、今にも後輩に殴りかかろうとしている姿で、私自身の意識がグラン=パルスから現実へと引き戻されたのだ。どうやら意識が飛んだあと夢と現実が混じり合った朦朧とした状態で立ち上がり、ファイティングポーズを取ってその場で何かと戦い始めたらしい。いきなり空気と戦い始めて驚いた後輩は、危険も顧みず私を止めてくれたのだ。原稿を書きながら意味不明な文章を書く混乱状態の上位版である。
「ボクシングスタイルで立ち上がってオプティマとか言い出したときは冷や汗をかきましたよ」
「いや、ほんとごめん……目の前にアルカキルティ大平原が広がっていたから……」
照れくさそうに頭をかき、しきりに後輩へあやまる私。アルカキルティどころか、間違って後輩を殴りでもしていたらギルティがある前科者になるところであった。
非常に危ない状態だ。ここは、しっかり睡眠をとったほうがいいだろう。
「そういうわけでおやすみ!」
もう、締め切りはかなりギリギリ(というよりもぶっちぎり)ではあったが、人間スッキリと寝たほうがいい。私は数時間ほど寝袋にこもって仮眠を取った。そして目が覚めると、思った通り頭がとてもスッキリしていた。ラフ用紙を見ただけで、うまく情報を組み替えてページを作る構成まで思いつく。
あれほど悩んでいたものが一発で解決してしまった。
やはり、寝ることは大事なのだ。
◇
あれから時が過ぎ、私はPS5の『ファイナルファンタジーXVI』を趣味でプレイしていた。自分自身が何十ページもの大特集記事に関わらなくなったこともあるし、ゲーム雑誌自体が減っているので、今回は純粋な趣味として遊べている。
『ファイナルファンタジーXVI』は、構造的には『ファイナルファンタジーX』や『ファイナルファンタジーXII』に近い、一度行ったエリアにワールドマップから戻れる可逆的な構造と、少年期から青年期への移行やムービーで通り過ぎてしまうエリア、サブクエストで壊滅する街といった非可逆的で戻れない『ファイナルファンタジーXIII』のような構造が組み合わさった、最新のタイトルだ。
仕事で遊ぶ『FF』も楽しめることは楽しめるが、趣味で遊ぶ『FF』は開放的な気分と相まって楽しめた。これが仕事であれば、あの場面が気になる。この仕様が気になる。どこまでが規制範囲だと考えてしまったかもしれない。しかし、完全な趣味でプレイする最新の『FF』には、そのような仕事脳は必要ない。単純に1つの作品としてダラダラと最後まで遊びきってしまった。もはや、現実でオプティマを発動しかけたように、あの臭いすらする隔離部屋で書くこともないだろう。
隔離部屋自体が、すでにないのだから。
けれど、そこで笑いながら記事を書き、規制範囲と向き合って苦悩した日々は間違いなく存在したし、ゲーム好きな同士と連帯感を共有する日々も確かにあったのだ。
私はオプティマチェンジとつぶやいて、軽いファイティングポーズを取ってみた。目の前にグラン=パルスも広がることはなく後輩も現れなかったが、不思議とアルカキルティ大平原の匂いがする。
そんな錯覚すら覚えた。
だが、それも一瞬のことだった。
◇
時間は『ファイナルファンタジーXIII』のように過ぎていく。11章までの構造と同じく、どんなに願っても後戻りすることもできない。だけど、戻らないことで得られる自由も、またあるのだろう。願えば『ファイナルファンタジーXIII-2』のように夢の続きが始まり、すべてを受け入れたうえで『ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII』のように、後始末をしなければならない時もきっと来る。
人の一生は『ファイナルファンタジーXIII』のようなものかもしれない。
◇
人生の最期に遊びたいゲームは、まだ見つからない。
とあるゲームライターの終活 適当 @boutkanegat
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