第4話 心霊現象と『ヒア・ゼイ・ライ –眠りし者たち-』
※この物語は、虚実入り混じったフィクションである。
◇
スマートフォンの普及速度は目覚ましく、10年前では考えられないほどに浸透した。高齢者でも当たり前のように使いこなす時代が来ているのを肌で感じる。
それは、私の父も例外ではなかった。父は、仕事の都合でCADは使えるもののパソコン自体に苦手意識を持っていた。ゲームも好きではなく、まだ純喫茶のテーブルでビデオゲームが遊べた昭和の時代に、喫茶店で『スペースインベーダー』を遊んだ程度だ。そんな父ですらも、今ではモテたいという動機でスマートフォンの『ポケモンGO』を遊んでいたし、Youtubeで毎日のように動画を見ていた。スマホから、当たり前のように「こんにちは霊夢です」「魔理沙だぜ」と聞こえてきたくらいだ。
夕食時に、しばしば「ゆっくり霊夢だぜ」などと、ゆっくり実況の物真似までする始末であり、霊夢と魔理沙が逆じゃないのかな……などと心の中でツッコミを入れるのにも疲れるくらいだった。年を取ってからハマると、なかなかやっかいなのだ。
もともと、質の悪いおふざけや冗談が大好きな父で、子どもの頃はよく「駅前の本屋で早売りしている週刊少年ジャンプを読んだ」と言い張ってウソを吹き込まれたものだ。でたらめなドラゴンボールのネタバレを信じたことも一度や二度ではない。他者を陥れるような嘘はつかないが、子どもに些細なウソをついて騙すのは大好きだった。私は今でも許していない。何がジャンプを読んで来ただ。フリーザ編の話、ウソばっかりだったじゃないか! 1mmもネオフリーザなんて出てこないじゃないか!
そんな父であるから、それが何かよくわかっていないままに、ゆっくり実況の物真似をしていたとしても驚くことではなかった。つい先日は、とうとう「このジュースは美味しいのだ」などと、ずんだもんの物真似まで始めている。まあ、これくらいならば、許容範囲だろう。変なネットミームさえ仕入れなければいい。とはいえ、本人が何を見ているかまでは知りようがないので、たまに不安を感じている。
いやいや、父の話はそろそろいいだろう。いつものように、ゲームの話に戻ろうではないか。そうだ……今回は、少しばかりホラーな話をさせてほしい。
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『VR元年』と呼ばれはじめて、いったい何年経っただろうか。
一般にも手が届く形でVR機器が普及し始めた2016年。そこから、PlayStation VR2の発売によって、またメディアがVR元年を使い始めた2023年。いつまで元年と呼び続けるのかはともかく、家電量販店に行けば誰でも気軽にMeta QuestやPICOなどのVRヘッドセットを購入できる世の中となり、もはやVRが「未知のもの」という感覚も薄れた。まだまだ外部機器を被るハードルは高いものの、アミューズメント施設も含め、一度はVRというものに触れたことがある人も多いのではないだろうか。
本当の意味で元年だった2016年。家庭で気軽に体験できるVR機器が発売されたことで、ゲームは新しい時代に突入したという感動が界隈を包んだ。とくに、PS4と繋ぐことで(今と比べると)比較的安価で楽しめたPlayStation VR(PS VR)の発売は、繋ぐためのケーブルが多いという問題はありながらも、家庭用機でのVR体験を身近にしたことで、VRの普及に一役買ったのは間違いない。その後、無線でありながら思い切った値段設定(現在は値上げしている)のOculus Quest2が登場し、今ではVRというものがゲームジャンルの1つとして当たり前のように受け入れられている。
◇
その日、私はいつものように仕事場でPS VRを被っていた。次の原稿のために、最新のVRタイトルは一早く遊んでおかなければならない。それに、当時はVR機器が物珍しかったのだ。人が多いと、こちらの肩をゆすってふざけたりするライターや編集も多かった。VRはホラータイトルとの相性がよく、こちらを怖がらせようと質の悪い悪戯を仕掛ける人が後を絶たない。今では、VRをプレイ中のプレイヤーにそんなことをしてはいけないのが常識だが、当時はそれくらい物珍しかったのだ。
ただ、残念なことに私はホラーが得意だった。まったく怖がらないので、肩を揺さぶられても動じることはない。あまりにも怖がらないので、ホラーゲームの記事を担当していたくらいだ。そうした理由でVRホラー、そのなかでもヒア・ゼイ・ライ -眠りし者たち-』を遊ぶことになったのは、必然の流れだったと言えよう。
『ヒア・ゼイ・ライ』は一人称視点のホラーアドベンチャーだ。モノクロの地下鉄から始まり、不条理で不気味な世界をさ迷う。クリーチャーが登場し、いわゆるステルスや鬼ごっこがある。今では珍しくない一人称視点のVRホラーだが、PS VRと合わさることで、恐ろしい体験を誘発していた。のちのアップデートでVRを使わずモニターでも遊べるようになったのだが、このゲームの恐ろしさを真に体験するにはPS VRで遊ぶしかないのだ。いったい、それは何か。そう、それはVR特有の問題。
VR酔いである。
当時、VR機器に付きまとっていた問題として“VR酔い”という概念があった。VR酔いとは、ゲームの動きと自分の操作が引き起こす脳の錯覚が、乗り物酔いのようなめまいや吐き気、不快感を引き起こす現象である。プレイヤー自身の慣れや、現代の映像の高画質化、作り手側のVR酔い対策(酔いにくい映像表現や動きへの対処)などが進んだことで、今ではVR酔いという言葉を聞くことは少なくなったが、画質が粗目でVR自体が珍しかった2016年。VR酔いで評価が下がるゲームは少なくなかった。
『ヒア・ゼイ・ライ』は、PS VRタイトル初と言っていいくらい、VR酔いばかりが話題となったタイトルだ。どれくらい酔うのかと言えば、仕事でPS VRのゲームをすべて遊んだ自分でも、軽くVR酔いを起こしたほどである。どんな激しいアクションでも平気な自分が、これだけは酔う。長時間どころか短時間でも休憩が必要だった。
とにかく酔うゲームだったので、当然ながら担当編集も酔った。周囲のライターもみな酔った。『ヒア・ゼイ・ライ』をまともに遊べる人が全然いなかったので、自分に担当が回ってくるのは当然と言える。もっとも、PS VRのゲーム記事を担当するのは自分の役割なので問題はなかったのだが、VR酔いがあるので誰かに手伝ってもらうわけにもいかなかった。撮影や確認も、すべて自分でしなければならない。
粗めのグラフィックとモノクロの映像、階段が多めな地形、点滅を多用する演出、何が原因だったのかはわからないが、今思い返しても自分がはじめてVR酔いを体験したのは『ヒア・ゼイ・ライ』だった。それも含めて、ホラーなゲームだ。
そんなわけで、プレイ中に肩を掴まれようものならVR酔いで一発アウトなのは目に見えているだろう。だからこそ、私はなるべく人が少ない時間帯を狙ってプレイすることにした。誰もいない深夜の会議室を借り切って『ヒア・ゼイ・ライ』を遊ぶ。中から鍵をかければ、誰の邪魔も入らない。あとは、VR酔いだけが敵だ。
◇
異変に気が付いたのは、VR酔いに耐えながら画面のなかで黄色い服の女性を追いかけ、急な階段を登り切ったあたりだ。このゲーム、ただでさえ酔いやすいのに地形の構造がさらに酔いを誘発する形になっていた。3Dで作られた廃墟の街並みは美しいものの、VR酔いを引き起こすのでじっくり見るわけにもいかない。
すぐに目的地へ移動しようとしたその時、背後から肩を掴まれていることに気が付いた。あろうことか、私を大きく揺さぶってくるのだ。いつもなら、ヘッドセットを被ったまま「ゆすっても無駄だよ、バーカ!」と軽口をたたいているのだが、流石に『ヒア・ゼイ・ライ』である。VR酔いを誘発するような行為は避けてもらいたい。
私はゲームの邪魔をしてくる同僚に文句を言うべく、すぐにPS VRのヘッドセットを外した。そして、肩をゆすってきた方向を振り返る。
だが、そこには誰もいなかった。
そもそも、深夜の会議室。中からカギをかけている。電気が消えた部屋のなかには自分しかいない。いや、当然そうに決まっている。いるわけがないのだ。
さすがの自分もその時ばかりは背筋に冷たいものが走り、頭はズキズキと痛み、胸に気持ちの悪いものがこみ上げてきた。心霊現象による恐怖かと思われたが、VR酔いである。これ以上プレイすると危険だろう。椅子を並べ、そのうえに寝そべって休憩することにした。椅子をベットのように並べて寝るのは、当時なら当たり前の光景だ。ベッドよりも、床や椅子の上で寝た時代のほうが長いかもしれない。こうして横になっていると、どうでもいいことばかり思い出す。実家の犬、昔のこと、そう、父のこと。そういえば、父はゲームを遊んでいるとよく他愛もない悪戯をしたものだ。
◇
父の悪戯で一番困ったのは、居間でゲームを遊んでいるとキャラクターの台詞を読み上げることだった。フルボイスであろうが、お構いなしに台詞を読み上げるのだ。RPGでこれをやられると、感情移入などできるはずもない。それがたとえ『テイルズ オブ アビス』であろうが『ファイナルファンタジーX』であろうが、父にとってはおかまいなしだ。父はティーダでありながらジェクトでもあり、ワッカでもあったし、ユウナでもあった。しばらくアフレコさせていれば飽きるので放置しつつも、父のセリフが頭にちらついて感情移入できないまま終わったRPGもたくさんある。
音楽に合わせてでたらめな歌詞をつけて歌うのも困ったものだった。父の偽歌詞が頭から離れず、プレイするたびになんとか忘れようとしたゲームはいくつもある。
◇
父のせいでまともに『FFX』が出来なくなってしまった日々を夢で思い返し、当時のイライラとともに目が覚めた。そうだ、続きをやらなければ。『ヒア・ゼイ・ライ』を早くクリアしないと原稿が書けない。締め切りは待ってくれないのだから。
そうして再びPS VRを被ると、今度は急に体が重たくなった。体が押さえつけられたかのように動かない。ここまでくると、私も異変に気が付いた。寒気もする。
また、誰かの悪戯か!
私は、先ほどまで夢で見ていた父の姿を思い出し、仕事の邪魔をする同僚に腹を立てた。動かない体を意地でも動かそうと全身全霊で力を込める。一瞬、体に自由が戻る感覚があった。すぐさまPS VRをはずし、背後を振り返りながら肘鉄を入れる。
そこには誰もいなかった。
だが、何かにぶつかる手ごたえは感じる。
何もない空間に、何かを殴った感覚だけがあった。
すぐにPS VRを被り直し、『ヒア・ゼイ・ライ』を再開した。ほどなくして急激なVR酔いに襲われ、私はその場で突っ伏してしまったが、もう誰かが肩を揺さぶることも、体が動かなくなることもなかった。会議室の室温も心なしか上がっている。
私は、勝ったのだろうか?
◇
あれは結局、VR酔いが起こした錯覚だったのか。それとも、本物の霊だったのだろうか。もし、今『ヒア・ゼイ・ライ』を遊んだら、再び心霊現象に襲われるのだろうか。数年ぶりに自宅の倉庫からPS VRを発掘した私は、そんなことを考えていた。気になるならやってみよう。埃まみれのPS VRを居間に運び、ストアから『ヒア・ゼイ・ライ』を再ダウンロードした。PS VR自体を遊ぶのも、本当に久しぶりだ。
当時と同じ粗くモノクロな背景。そこに差し込まれる黄色や鮮烈な赤。記憶と同じように不条理な世界だったが、意外なことにVR酔いをもたらすことはなかった。慣れてしまったからだろうか。当時から年をとり、体の何かが変わったのだろうか。
その時、ふたたび肩を掴まれる感覚があった。私はすぐにヘッドセットをはずす。だが、やはり振り返っても誰もいない。VR酔いとの関連性はわからないままだが、あの現象がまた起きたのだ。しかしながら、ゲーム中に肩を揺さぶられるのは不快でしかない。幽霊だろうと許してはならない。私はヘッドセットを被り直すと、誰もいない居間で気配をうかがった。肩を掴まれた瞬間、すぐに反撃できるように。
しばらくプレイするフリをしながら、タイミングをうかがっていた。その途端、地の底から響くようなうめき声とともに、肩を急激に揺さぶられる感覚が訪れた。ヘッドセットをはずすと、すぐさま背後の空間に振り向きざまの肘鉄を当てる!
当てようとした。
しかし、そこには意地悪な笑みを浮かべる父が立っているだけだったのだ。
もし、肘鉄が当たったらどうするつもりだったのか。幸い、怪我はなくほっとしたが、かなり危険な行為だ。人間も幽霊も、VR中に背後から悪戯してはいけない。
◇
今では父のあしらい方も上手くなったので、あえて付き合うことも多い。つい先日は『エルデンリング』の2周目を素寒貧(これを選ぶと、こん棒とふんどし一丁の姿で始まる)で始めたところ、背後で「おっ、原始人のゲームか」と言いつつ、アフレコをはじめて邪魔し始めた。こちらも「そうだよ」と返し、ウホウホ言いながら原始人のように動かして対抗する。手あたり次第、見つけた相手を商人でも誰でもウホウホ言いながら殴っていくのだ。そのうち、父は飽きたのか部屋に戻ってしまった。我が父ながら熱しやすく冷めやすく、人をからかうがからかわれるのは嫌いなようだ。
もし、死ぬ間際にもう1度『ヒア・ゼイ・ライ』をプレイしたら、今度は肩を掴む幽霊側になれるのだろうか。いつか父が亡くなったら、化けて出てRPGのアフレコをするのだろうか。そんな思いが頭をよぎるが、死ぬ前に『ヒア・ゼイ・ライ』をやり直すとは思えなかったので、私はPS VRをふたたび箱に閉まい、倉庫に戻した。
以上が、私が体験した恐怖の……え? 全然ホラーじゃないし、くだらない?
それは申し訳なかった。なにしろ、私は父譲りのホラ吹きでもあるのだ。くだらないウソをつき、人を煙に巻きたいと思ってしまう衝動には逆らえなかったのかもしれない。そうだ。いつか、私が亡くなったら『ヒア・ゼイ・ライ』をプレイするといいだろう。もしかしたら、私が揺さぶりにいくかもしれない。お約束しよう。
◇
人生の最期に遊びたいゲームは、まだ見つからない。
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