第3話 12月28日に思い出す『モンスターハンター メゼポルタ開拓記』
※この物語は、虚実入り混じったフィクションである。
今回は、少し汚い表現が入ることを許して欲しい。
それでも、どうしても書き残しておきたかったのだ。
◇
毎年、12月28日になると思い出す人物がいる。
いや、人物と言っていいのかはわからない。botかもしれないし、名前も顔も性別も知らない。それでも、私の記憶に残り続けている人物がいる。それは、DMM Gamesのブラウザゲーム『モンスターハンター メゼポルタ開拓記』のコミュニティ掲示板に現れた、とある人物だ。2015年の12月28日以降、毎月28日に現れて、同じ内容の書き込みを残していった。28日にだけ会うことができた、謎の人物。
彼なのか、彼女なのか、何もわからない。その人は、28日になると決まって『モンスターハンター メゼポルタ開拓記』のコミュニティ掲示板に現れた。だが、その人の話をする前に、まずは『モンスターハンター メゼポルタ開拓記』について語らねばなるまい。おそらく、『モンスターハンター』が好きな人でも知らない人が多いだろう。なぜなら、すでにサービスを終了したブラウザゲームだから。
『モンスターハンター』シリーズは、カプコンから出ているハンティングアクションの人気シリーズ。ソロプレイから4人同時のマルチプレイまで対応しており、もともとは据え置きハードから始まった作品だ。その後、巨大なモンスターを“狩る”ゲーム性と、携帯ハードを持ち寄って遊べる気軽さが学生だけでなく社会人にも受け、携帯ハード版の『モンスターハンターポータブル』シリーズが異例の大ヒット。“狩りゲー”と呼ばれる一大ジャンルを生みだした。
他社も続けと言わんばかりに狩りゲーを生みだし、オリジナリティを出すために工夫を凝らした結果、独特過ぎてあとに続かなかったものも多い。たとえば、モンスターではなく人体に入り込んだウイルスを狩るために体内に入り込み、ボスをそっちのけで人体(フィールド)を治療しながら戦う『ナノダイバー』は忘れられない。
アクションだがエンカウント制を採用し、ザコにぶつかると専用のフィールドへ移行。敵が弱るほどロックオン中のカメラが傾き、最終的に斜め45度に傾く謎のカメラ視点と、レア素材を入手できないと空中で爆発してこちらをあざ笑う髑髏が出現してプレイヤーを混乱させた『ロードオブアルカナ』も、独特な狩りゲーだろう。
これらは今もなお新しさが色褪せず、どこも真似していない。する気がないとも言える。この2作品に関しては、いずれ話すべき時が来たら詳しく話そう。
『モンスターハンター』のブームは、学校の放課後や会社帰りの飲み屋など、あらゆる場所で「一狩り行く」プレイヤーを生み出した。何百時間、何千時間も長く遊べるボリュームはコストパフォーマンスも高く、攻略本が出るたびに辞書並みの分厚さを誇ったのも記憶に新しい。選べる武器の種類も豊富で高難度のクエストも用意されており、好きな人なら何百、何千時間と遊べる中毒性の高い作品である。
私も最新作の『モンスターハンター ライズ』を購入し、たまに起動して遊んでいる。ただ、主人公のハンターに自分の名前をつけても気持ちが盛り上がらなかったので、私は「知らない人」という名前をつけてみた。仲間としてついてくる犬(オトモガルク)のほうに自分の名前をつけて、もう一体の仲間である猫(オトモアイルー)にも、違う名前をつける。これで、犬と化した自分がまったく知らない人と知らない猫に雇われたという設定の居心地が悪いロールプレイが可能だ。今日もまた、私は知らない人と知らない猫たちに挟まれ、肩身の狭い思いをしながら狩りに出かける。
それはともかく、『モンスターハンター メゼポルタ開拓記』の話をしよう。
◇
『モンスターハンター メゼポルタ開拓記』は、2014年11月27日からサービスが始まり、2017年3月30日にサービスが終了したブラウザゲームだ。本編のようなアクションではなく、マス目を移動して素材を入手。RPGの戦闘画面でキャラクターがオート戦闘を行う、当時のブラウザゲームやソーシャルゲームの形式を採用している。
「るんたったー」
ナビゲートキャラクターのかわいらしさや、イラストと個性のあるハンター。非アクション。当時としては挑戦的な『モンスターハンター』のスピンオフであり、大人気タイトルのブラウザゲーム化ということで注目度も高かったのだが、サービス開始直後から不具合が発生。ユーザーが激減したのか、2015年4月に行われた「総力戦」以降イベントの更新も行われず、サービス開始半年にして何も更新されない異例の事態となった。始まってすぐに、半ば見捨てられたような状態となっていたのだ。メゼポルタは、まるで廃村のように、活気のない広場と化していた。
そして、気が付けば『メゼポルタ開拓記』はDMMのランキングで最下位を何度も記録する。ちなみに、同時期の2016年にランキングの最下位とブービーを争っていたのは、同じカプコンオンラインゲームズ(COG)の『ブレス オブ ファイア6 白竜の守護者たち』である。この時期のCOGタイトルは、DMMで非常に苦戦しているように見えた。いまは、COG自体もサービスが終了してなくなってしまったが。
私は、一時期DMMのブラウザゲームが大好きだった。毎日ランキングを確認しては上位3タイトルと、下位3タイトルを遊ぶ。健全、18禁の両方で、DMMのブラウザゲームを毎日何時間も遊ぶ異常なほどのDMMマニアと化していた時期がある。
DMMのランキング制度は、おそらく課金額やアクティブユーザー数などから順位が決まる。私はよく最下位の作品を遊んでいたのだが、最下位のタイトルに課金してみると、順位が少しだけ上がった。低評価なゲームを遊ぶ知り合いがサービス終了間際にやってきたときも、少しだけランキングが上がっている。誰か1人が遊ぶだけで大きく変わるのが最下位付近のタイトルだ。もっとも、課金自体が止まったものも多く、最下位付近まで移動すると、すぐに終わってしまうことも多かった。
ちなみに、当時ランキングで最下位に移動するゲームを見分けるコツがあった。
それは『スーパーブロックギャラクシー』というゲームより下に行くかどうかだ。『スーパーブロックギャラクシー』とは、DMMにあったブロック崩しゲーム。今はサービスが終わっているが、本当に普通のブロック崩しである。目を引くようなキャラクターもなく、普通のブロック崩しができるので暇つぶしに良い。
だが、わざわざDMMでブロック崩しを遊ぶという人は少ないのか、ランキングでも常に下位のほうに位置していた。この作品よりも下に行くということは、つまりブロック崩しよりも需要がないということだ。それは、もはや上位に戻ることはかなわない作品なのだと言える。そうなったものは、最下位争いに加わるしかない。
『モンスターハンター メゼポルタ開拓記』がブロックギャラクシーの壁を越えたとき、もはや上位に戻る目はなかったのだろう。DMMに備え付けられたコミュニティごとの掲示板も、半年が経つと新しいスレッドすら立たなくなった。誰もいない。もとは協力プレイがウリだった『モンスターハンター』のゲームなのに、協力するハンターすらいない。もちろん、『メゼポルタ開拓記』はソロ向けで協力するタイトルではないのだが、廃墟と化した寂しいメゼポルタ広場だけがそこにあった。私は最下位に行ったあとも、毎日ランキングを観察したのだが、順位が上がることはなかった。
◇
2015年12月28日。私は、年末進行を終えてクタクタになった体でパソコンを立ち上げた。いつものように、代り映えのしないDMMのコミュニティを見る。
そこには新しいスレッドがあった。
「ダメ! 出ちゃう! でりゅうううううううううう」という見出しで、続く文章は
「あああああああああああああ!!! ブリブリブリユリュリュリュリュ!!!!!!ブッチチチブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ」という荒らしの書き込みだ。もはや、こんな書き込みしかないのか。コミュニティを管理することすら放棄されたのか。
◇
異常事態に気が付いたのは、それから1カ月後。28日に、新たな書き込みがあったのだ。メゼポルタはまだ生きているのか、という確認の内容とともに「じゃあ、やるか」という前置きからの「あああああああああああああ!!! ブリブリブリユリュリュリュリュ!!!!!!ブッチチチブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ」という文章。そして、最下位からわずかに上向き、下から2番目になるランキング。ブリブリという書き込みとともに28日に現れ、サービスが続いていることを確認する人物がいたのだ。そうだ、もし私以外の誰もメゼポルタ広場にいなかったとしても、28日にはいたのだ。謎のブリブリと書き込む存在が。故郷である、メゼポルタに戻ってきていたのだ。
◇
それから、2年間。サービス終了となる2017年3月30日まで、その人物は欠かさず28日にメゼポルタのコミュニティ掲示板を訪れていた。毎月28日にブリブリと書き込み、広場を観察し、ランキングを一瞬だけ上げて、そしてまた日常に戻っていったのだ。『メゼポルタ開拓記』がまだ終わっていないことを確認するために、そのハンターは、いつも28日に書き込みに来ていた。どこの誰なのか、確認する術はない。
彼なのか、彼女なのか。どんな人間なのか。
それを知ることはきっと誰にもできないのだろうが、ネットの向こうには人が生きている。そんなことを思わせる出来事だった。サービス終了が発表された直後、ほんの少しだけ人が戻って賑わったメゼポルタ広場だったが、誰からも見捨てられていた2年間。名前も知らず、ただただブリブリという書き込みだけが存在をほのめかす謎の人物。仮にブリブリと呼ぼう。ブリブリと一緒に、私はメゼポルタ広場にいた。
廃村などではない。確かに、ブリブリも、私も、そこにいたのだ。
◇
放置された公式コミュニティは、2015年の12月28日から毎月28日に書かれるブリブリの書き込みを消すことはなかった。ブリブリは2017年のサービス終了まで、1回も欠かさず、毎月28日にブリブリと書き込んでいた。きっと、こやし玉が好きなハンターなのだろう。ブリブリは、今でも元気でやっているのだろうか。
残念ながら、『メゼポルタ開拓記』はすでにサービスが終わっているので、人生の最期に遊ぶことはできない。私とブリブリがいた想い出しか、残されていない。
◇
私は、今も時々『モンスターハンター ライズ』を1人でプレイしている。「知らない人」と名付けたハンターを操作し、自分の名前がついたオトモガルクに、「知らない人」と名付けたハンターをサポートさせながら、今日もモンスターを狩っている。
◇
カムラの里に朝日が昇る。
私は目を覚ますと、毛づくろいを済ませた。
そうだ、そろそろ狩りの時間だった。毛並みを整え、オトモガルク装備がしっかりはまっているのを確認すると、飼い主を待ち続けた。最近会った「知らない人」だ。
「今日は狩りの前にオトモアイルーを雇うからね」
知らない人と一緒に、オトモ雇用窓口に出かける。そこでは、黒にぶちに白に、多彩な毛色のオトモアイルーたちが、ハンターに雇われる日を待っていた。
「よし、この子に決めた!」
そのなかから、知らない人が1匹のオトモアイルーを連れてくる。
「ほら、挨拶して。今日から一緒に戦うオトモアイルーのブリブリだよ」
知らない人が自分にオトモアイルーを紹介した。なぜだろう。はじめて会うのに、懐かしさを覚える。ブリブリは、私がオトモガルク流の挨拶をしようとしたその矢先、突然奇声をあげた。
「あああああああああああああ!!!」
あまりの出来事に固まる私と、知らない人。
「あああああああああああああ!!! ブリブリブリユリュリュリュリュ!!!!!!ブッチチチブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ」
ブリブリが叫ぶ。
私の目に涙がたまる。
「あああああああああああああ!!! ブリブリブリユリュリュリュリュ!!!!!!ブッチチチブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ」
ブリブリが叫ぶ。
そうだ。今度こそ、共に戦えるのだ。
彼はきっと、メゼポルタからやってきたはずだ。そうに違いない。
「あああああああああああああ!!! ブリブリブリユリュリュリュリュ!!!!!!ブッチチチブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ」
私は、まったく同じ奇声をブリブリに返した。
オトモ広場に、私とブリブリの叫びが鳴り響く。
いつまでも、いつまでも、響き渡っていた。
◇
人生の最期に遊びたいゲームは、まだ見つからない。
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