第三十二話 前編 訃報
朝の通勤ラッシュの喧噪も届かないフレイムシティの一等地のペントハウスでは、和やかに朝食が作られていた。
「アマンダ、コーヒーはできたか?」
「今できました。ライラックさん」
「それじゃ、これと一緒に運んでくれるか?」
「はい!」
ライラックの指示に従ってアマンダがテキパキとテーブルに料理を運んでいく。今日のメニューはスクランブルエッグとベーコン、ミニトマトとレタスのサラダだ。
「おはよう、諸君!」
アンドリューが寝室から出てくると、同時にトーストが焼けた。仕事に行く準備を済ませたアンドリューはライラックが取り出したトーストを奪うようにして口に入れコーヒーで流し込んで玄関へと向かった。
「それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、アンドリュー」
玄関まで見送りに来たスカーレットの頬にキスをしてアンドリューは出かけていった。
「おはようございます。スカーレットさん」
アマンダがスカーレットの席のイスを出してスカーレットに座るよう促す。お腹が大きくなってきたスカーレットは一人での行動に少々不安が出てきていた。
「おはよう。アマンダ、今日も元気だね」
「はい!」
アマンダはふと寝室から出て来ないピートが気になった。いつも寝坊気味なので自分で起きてくるまでほったらかしにしてはいるが、今朝はそれにしても遅かった。
「私、ピートを起こしてきますね」
「うん、よろしくね」
スカーレットとライラックは先に朝食を食べ始めた。
アマンダはピートの寝室へと向かった。
ピートは既に夢から覚めてはいたが、ベッドからは出ていなかった。ダラダラと横になりながらウォルトとビデオ通話をしていた。
「こっちはまあまあだな。アマンダが口うるさくなってきたけど、お前ほどじゃねえ」
「アマンダ、元気にしてるのか」
「まあな、スカーレットさんは優しいし、ライラックさんは何考えてるかわかんねえけど、アマンダは仲良く喋ってるよ」
「アマンダはしばらくそっちにいた方がいいかもな」
「何でだよ?」
画面の中のウォルトはうつむいた。ピートはなんとなく不穏な空気を感じつつ話に耳を傾けた。
「事故調査委員会がバークヒルズに行ったんだ。襲撃の噂は本当だった。幹部と大勢の住民が亡くなった。赤毛の女子の姿も見当たらなかったらしい」
「ニッキー・レアドが死んだのか?」
「おそらく。遺体はほとんど埋葬済みで、墓を掘り返す許可はバークヒルズ側が絶対に出さないだろうから……」
「ニッキーが何て?」
ピートは掛け布団を放り出して顔を上げた。ウォルトも画面の中のピートの反応を見て口をつぐむ。
今にも泣きそうなアマンダがドア付近に立っていた。
「どこから聞いてた?」
「ニッキーが死んだの? 何で? 何でピートが知ってるの? 誰と話してるの?」
「落ち着け、アマンダ。ウォルトの情報だ。でもまだ確定じゃない。赤毛の女子がたまたま調査委員の目に入らなかっただけかもしれない」
ピートは立ち上がってアマンダを抱きしめようとしたが、アマンダはベッドに置かれたスマホの画面に映るウォルトに話しかけた。
「全部教えて。ウォルトが聞いた事、全部。誰が死んだの? アトラス兄さんは? ジョンは? 母さんは? 姉さんは? ねえ! 教えてよ……!!」
ウォルトは黙ってしまった。アマンダがピートを起こしにくるとは2人とも想定していなかった。
後ろからピートがアマンダの肩を抱く。アマンダはそれを振り払って壁際に逃げる。
「私のせいだ! あの時、ニッキーをバークヒルズに帰さなかったらニッキーは死ななかった!」
「違うよ、それは違う」
「私のせいだよ!」
「違う」
「違わないもん!」
寄り添おうとするピートの手が何度もはたきおとされる。ピートは何度目かでアマンダの攻撃をかわしてぎゅっとアマンダを抱きしめた。
「絶対違う!」
ピートの言葉はアマンダの心の芯まで響いた。
「お前のせいとかそうじゃないとかは違うんだよ。なっちまったもんは仕方がない。嘆いても死んだ人間は帰ってこない。お前は家族や友達が死んで辛いのかもしれないけどな、俺達がいる。お前は独りじゃない」
「あぁ……うっ……うぐ……」
アマンダはピートの胸に押し付けられた自分の頬を流れ落ちる涙でピートのシャツが濡れていくのを感じた。
「ピートぉ……」
アマンダはピートの腰に手を回して引き寄せた。ピートの心臓の鼓動がはっきりとわかる。布団から出たばかりのピートの体温は温かった。その血に流れるネツサソリの毒の熱さまで伝わってきそうだった。
「今の俺は人間相手なら誰よりも強い。お前が一人になることは絶対にない」
「うん……」
ピートのアマンダを抱きしめる力の加減は完璧だった。ピートはピートで自身の身体機能のコントロールをさらに極めようとしていた。
黒煙のコピアガンナー サーシャ @3shashasha3
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