第66話 違和感
「兄貴っ」
「おぅ三富じゃねえか、お前ら無事に登ってこれたんだな」ノールックで返答した三野が、三富の声に振り替えると、階上に足を踏み入れた三富の後に続く矢島は、予想に反して上から降りてくるところだった。
「なんだお前ら一度上まで登ってきたのか」
三富はバツが悪そうに頭を掻いた。
「はい、でも上には誰もいませんでしたし、中に入れる入り口もなかったんで、どうしたものかと思っていたら、下から銃声がしたんで降りて来たんです」
バツが悪そうにしているのは、恐らく銃撃戦が終わるのを待っていたからに違いない。しかしこの二人の加勢など最初から望んではいない。
「なるほど、それならお二人はこの絶壁を下から上まで全部見てきたと言うことですね」
興味を引かれた柏木が横から口を挟んだ。
「はい、でも俺は三富さんの足ばっかり見ながら登ってきたんで何とも言えません。それにしても上から下りてくる方が足が震えますね」質問の意図を理解しない矢島に柏木の眉がハの字になる。
「登ってくる途中でここみたいに間口の広いスペースだとか、内部に入れそうな扉とかがあっただろ」みかねたハギギが、そんなはずはないだろうと言うイントネーションで質問する。
「いえ、とんでもない。マジでここ以外は何もありませんでしたよ」三富が大袈裟に手刀を顔のまえで振り、全力で否定しながら額に湧き出た玉の汗を拭う。
「三富、別に何かお前らの行動を咎めようってわけじゃねえんだ。こいつを見てみろよ」三野はミサイルの発射台に手を触れながら続ける。「この砲台のペイント、見覚えがあんだろ」
三富が首を傾けたのは、ほんの一瞬だった。
「あ、これは…、あれじゃないですか、工場の食堂のテレビで見たやつと一緒ですよ」三富は砲台に指を差して答える。
柏木や他の者も特徴のあるペイントを施した砲台に視線を向ける。
「やはり皆さんも同じことを思っていたんですね。私もこの砲台があの犯行声明のビデオに映りこんでいた物と同じものだと思うんですが…」
その点については柏木も他と同じ見解のようだが、いまいち納得のいかない顔をしている。
「…しかし本当にここがあのビデオの撮影現場なんでしょうか」
「この砲台があの犯行ビデオに映っていたものなら、撮影現場も間違いなくここのはずだ。ほらこれをみろよ」ハギギが指を差したのは、砲台の取り付け部分だった。
三野たちと同じ犯行声明の映像を全く違うところで観たハギギも、この砲台を目にした時から直感的に気が付いていた。
「なるほどな、このドデカいナットは少なくとも数か月は回されてねえ。でも俺はあの犯行声明のビデオはてっきり洞窟の中か、暗いところで撮影していると勝手に思いこんでいたよ」三野が言った。
「はい、少なくともここみたいにコンクリートの壁に囲まれてはいなかったはずです。もしかしたら別の場所に似たような砲台があるのかもしれませんね」柏木は改めて このフロアを眺めながら答えた。
「さっきも言いましたけど、ここ以外こんなに間口が広いところなんてありませんでしたよ」砲台のペイントを眺めながら三富が言い張る。
「この砲台に間違いはないはずなんだけどな」
皆が腕を組んで考え込んでいる所へ、突如ガリガリッというスピーカーの割れる音が全員の耳孔を劈いた。そしてすぐに大音量の野太い声がフロアに響き渡る。
三野や柏木にとってはアフリカに来て初めて聞くようになった特徴のある部族語だった。その声は時に笑い声も混じり実に流暢で落ち着いたもだが、激しい怒りを押し殺している、オスカル・バルデスのものに違いなかった。
「ようやく、ラスボスのお出ましだな」ハギギが拳を鳴らしながら、足首を回し始める。
この部族語を空で聞き取れるのは、ここにはイルガ・マカブとビボルしかいない。イルガはハギギにさえ見せたことのない怒りの形相で吠える。だれもが反射的に耳を塞いでしまうほどの雄叫びは、通訳なしでもオスカル・バルデスを呼んでいると解る。
「ビボル、オスカルはここに降りてくるんだろうな」
「ええ、今からここにオスカル・バルデスがやってきます。我々の状況は全て監視下にあるので、下手なことをすれば全員の命はないと言っています」
東の彼方が薄ぼんやりと白みがかっていた。外に向いた砲台の脇から敷地内のあちこちで黒い煙が上がっているのが確認できる。今もそこらじゅうで銃火器の音が鳴り響いていた。この惨状にオスカルはさぞ腹を立てているのだろう。
短いようで長い夜が明けようとしている。一晩かかってようやくボスキャラのオスカル・バルデスとご対面する時がやって来たのだ。
三野は微かに聞こえてくる銃火器の響きに、細川や内山の息吹を感じ取ろうとしていた。
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