第65話 要塞 ②

「影男!お前アホじゃねえのか、こんな狭い通路に爆弾なんか投げてんじゃねえよ。これじゃあ中に入るのに一苦労するぞ」

 その一苦労とは、向こう側に待ち構えているであろうゲリラ兵との交戦があることも含んでいる。

「奴らもまさか手榴弾なんか投げ込まれるとは思ってなかっただろうな。ザマアミロだ。取り合えずここは俺に任せろ」

 自分の致命的なミスを認めようとしないハギギは、それでもかろうじて開いている一縷の隙間にライフルの銃口を差し込んで交戦を始める。

「影男、それじゃいつまでたっても埒が明かねえぞ」

 外から来る敵は今しがたイルガたちが撃退したものの、敵はこの敷地内にまだごまんといる。つまりこの場はいつまでも安全というわけではない。

「わかってるよ。ちょっくら行ってくるわ」

 ハギギはそう言うとゲリラ側の銃撃が止んだ隙に素早く隙間へと潜り込み内部へと入って行く。

「おいっ無茶すんじゃねえよ、これも持って行け影男」

 三野は慌てて隙間に潜って行ったハギギに、小銃を突っ込んで渡してやった。

「ありがとよっ、ツトム」

 ハギギの無軌道ぶりに三野は肩をすくめる。

 中から銃声が聞こえ始めた。

「あの馬鹿野郎。無茶なことしやっがって」

 今度はハギギが潜って行った隙間に三野が続く。

 中に降り立つと通路は5メートルほど真っ直ぐ進んだところで左に曲がっている。光源は通路の先からの微かな光しかない。左に曲がる角でハギギが先の様子を窺っていた。足元には二人のゲリラ兵士が血を流して倒れている。

「今のうちだ早く全員入ってこい」

 ビボルまでは、すぐに隙間をくぐり抜けたがイルガだけは、そうは行かなかった。

 手分けして土砂を取り払っているうちに新手が通路の先からやって来て、たちまち銃撃戦になった。交戦は通路が狭いために人数がいても双方とも2人ずつが交互に撃ち合う形にしかならない。

「このままじゃ、こっちが先に弾切れになる。早くこっちに来いイルガ!」

 イルガがようやく土砂の間をくぐり抜けた。ハギギと三野が交戦している間に柏木とビボルが土砂を崩したのだ。

 それを確認したハギギは単筒のピンを抜いて放り投げた。

「おい、影男またパイナップルかよ」

「違う催涙ガスだ。ゴーグルとマスクをつけろ」

 ハギギの指示で全員は予め首から下げているゴーグルを装着し口と鼻はターバンで覆った。

 ガスの充満に巻き込まれて咳き込むゲリラを撃ち倒し、逃げて行ったゲリラを追う。

「行くぞ」

 通路は分かれ道の連続だった。地下へ降りる階段もあった。さらに進んで行くにつれて土だった地面は舗装路に変わり壁面もパネル加工されたものになって行く。くわえて光源も裸電球から天井版に埋め込まれた照明に変わり通路の幅も広くなった。

「とにかく上に行くぞ」

 階段を見付けると迷わず登った。まるで近代的で果てしなく広いビルの中を彷徨っている錯覚に陥る。

 そして何度かの銃撃戦の後にようやく地対空ミサイルが設置してある吹き抜けの階に登り着いた。ミサイルの土台に隠れたゲリラ兵も撃ち倒した。

「すげぇ」そして誰もが息を呑んだ。

 キレイに整地された空間。天井はそれほど高くはないが奥行15m、横幅は50m以上は有りそうだ。ミサイルの砲身はいずれも外に突き出している。そして誰もがこの地対空ミサイルを前にして共通の認識を持った。

「どっかで見たよな。柏木さん」あえて三野はそう言った。

 ミディアムブルーの砲身に特徴のある色鮮やかな幾何学的なペイント模様は、まるで渋谷の至る所で見られる迷惑アートと変わらない。そしてこの砲身こそがテロリストの犯行声明ビデオの背景に映っていたものと同じものだと確信する。

 恐らくここで人質を膝まづかせて撮影したに違いない。

 すぐさま動いた柏木は、まだ息のあるゲリラ兵を捕まえて尋問する。

「人質はどこに監禁している」途中ここに来るまで何度もした尋問だった。

 襟首をつかんで激しく揺さぶり、脅しで短銃の先端を額に押し付ける。怪我をしているのは銃で撃ち抜かれた左太ももと右肩口だけで、口を開くのはさほど苦痛ではないはずだった。それでも柏木の尋問に対してはなぜか要領を得ず首を横に振るばかりだった。

「この期に及んでまだ白を切るつもりか」柏木は押し当てた銃口をを更に強く押し当てる。それでもゲリラ兵は小刻みに首を横に振るばかりだった。

「柏木さん、そんなんじゃダメだ」

 柏木から短銃を取り上げた三野は、無造作にゲリラ兵の右の太ももを撃ち抜いた。ゲリラ兵士は飛び跳ねるようにしてのたうつが、柏木は襟首を掴んだまま馬乗りになって押さえつける。

「言うんだ、人質はどこにいる。言わないと次は足だけじゃ済まないぞ」

 ゲリラ兵士は苦痛の呻き声をあげながら尚も激しく首を左右に振り続ける。

「この野郎いい根性してんじゃねえか」

 三野が本気でゲリラ兵士の頭に銃口を突きつけた。

「ちょっと待てよ、ツトム」ハギギが割って入る。「おい、オスカル・バルデスはどこにいる。お前たちの頭領だ」ハギギが英語でまくしたてる。柏木の手で押さえつけらているゲリラ兵士は、苦悶の表情を浮かべたままだが、ハギギの英語を理解して迷いなく階上を指さした。

「こいつら、人質のことは本当に知らないんじゃないか」ハギギが言った。

「俺もそう思う。こいつら自分のボスの居場所はすぐに言う癖に、人質のことになると揃って首を振りやがる。そもそも人質のことを知らないんじゃないのか」

 柏木も同感だったが、残る疑問を捨てきれない。

「でも、あの犯行声明ビデオでは、あのミサイルの断頭台をバックに大勢の人間がシュプレヒコールを挙げていたんですよ」

「でもこいつら口が固いわけじゃないよな」

 そして、三野と柏木とハギギにはもう一つ別の違和感が、ハッキリとした疑問に変わりつつあった。








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