第64話 要塞

 真下から切り立つ絶壁を見上げると、それは明らかに内部に手が加えられたものだとわかる。その目に映る形容は要塞としか言いようがない。

「ハギギ、ここにいる奴らは本当にイスラム教過激派のゲリラ集団なのか」

 きっとハギギの目にもこの断崖が要塞に映っているに違いない。

「俺にも判らねえ、だけど奴らだけでこれだけの軍事施設を作るのは無理だ。それだけは言い切れる」

「柏木さん。どっかの国が奴らのバックに付いているってことはないだろうか」

 三野はそれしか考えられないと思う。

 仲間の力を借りてコンクリート壁を乗り越えたばかりの柏木が肩で息を切らしながら首を傾ける。

「それは充分に考えられることです。しかし中国やロシアといった大国が関わっているとは思えません。それがあとから国際社会の間で明るみになった時のことを考えるとリスクの方が大きいですからね。かと言って中央アジアや北朝鮮あたりにこれだけの支援が出来るかどうか‥」言葉に詰まる柏木の中には、その続きがハッキリしているように見えた。

 最後にコンクリート壁を乗り越えた巨漢のイルガ・マカブの無事な姿を見届けたハギギは、腕組をほどいて先に歩き出した。

「ここで考えていても始まらねえ。とにかく中に入ろうぜ」

 ハギギの足元には壁を乗り越えた時にハンドガンで撃ち抜いた監視カメラの残骸が散乱していた。それをバキバキと踏み散らして、その先の壁面に据え付けられているスチール製の扉のノブをガチャガチャと回してみる。しかし施錠された扉は当然ようにビクともしない。

「イルガ」

 ハギギがイルガ・マカブを呼んだ。

 前に出てきたイルガが無造作にノブを握って捻ると、まるで無施錠のように簡単に開いてしまう。

「あいつ涼しい顔して開けやがったな」

 目を丸くして驚きを隠さない三野をハギギは自慢げに見返す。そして何食わぬ顔で扉を開けたイルガが、そのまま中に入って行こうとするのを、腕をつかんで止めた。

「ビボル通訳してくれ、イルガは一番最後だ」

 開いた扉の中は、扉のサイズ枠の通路がそのまま続いていた。この通路では巨漢のイルガは横向きになって進むことになる。この先どこまでこの幅が続いているかわからない。その通路内で機敏な動きがとりづらいイルガに先頭を任せるわけにはいかない。イルガは不満そうな顔をしているが、その訳まで通訳している暇はない。

「三富」三野が壁面に見つけたものを指し示した。

「お、俺には、これを登れって言うんですか」

 見上げると扉の横からコの字型の鉄の杭が等間隔で遥か上の方まで打ち付けてあるのがわかる。おそらく頭上に見えるミサイルの弾頭台の階まで上がって行けるだろう。

「矢島、お前も一緒に行け」

 ヤクザ渡世にあって上の人間の命令は絶対である。拒絶はおろか嫌な顔をすることさえ憚られる。それでも三富は顔の強張りを隠すことは出来なかった。

「わ、わかりました。俺たちはこいつを登って行けばいいんですね」

 三富は高所恐怖症だった。確か三野にもそれを話した記憶がある。それなのに三野がこれを登れと命じるのは、中に突入する方がよほど危険だと判断したからに違いない。三富にしても足手まといになるよりは、よほど増しだと思う。

「いいか、互いに協力しあって、援護するつもりで行けよ。途中で中に入れるようだったら入っても構わねえし、頂上まで行っちまったら、俺たちが中から上り詰めるのを待て」

 三野の指示を飲み込むように黙って首肯した三富が、先に足をかけて登り出した。

「じゃあ俺たち行きます」

 開いた扉の奥から人の喚きと足音が聞こえだしている。

「敵さんがおいでなすったみたいだぞ、影男」

 ハギギは三野が絶壁を登るように命じた2人に敬礼をひとつ投げると、反対の手に持った手榴弾のピンを口で引っ張り抜き、中に投げ込んで扉を閉めた。

「二人とも死ぬんじゃねえぞ」

「わかりました。それよりも向こうの方からライトの光が迫ってきます」

 既に3メートルほど登っている三富が指差しながら叫ぶ。

「わかった、お前たちも止まらないで早く登れ」

 次の瞬間ハギギの投げこんだ手榴弾が中で炸裂した。その爆風が扉を揺るがせる。

 そのあと僅かな間隔を見計らって再び扉を開いたハギギは小銃を構えながら中へと入って行く。ほかの仲間もハギギに続いて絶壁の中へと侵入を開始した。

 最後尾のイルガとビボルは扉の陰に身を潜めるようにして留まっている。ライトをかざして迫りくるゲリラ兵士を放っておくわけには行かないのだろう。

 連中を十分に引き付けてからビボルがピンを抜いた手榴弾を転がした。爆発後に今度はイルガが小銃をフルオートで乱射する。硝煙と埃が立ち込める辺り一帯はアッと言う間に静かになった。

 生存者がいないのを確認した、2人はハギギたちに追随して行った。

 絶壁を更に数メートル登ったところで三富と矢島は、その一部始終を見たいた。外からやってきたゲリラ兵士は10名ほどだった。ビボルが転がした手榴弾で約半数が胴体から手足を四散させた。その直後のフルオート射撃は、生き残っているゲリラ兵士の息の根を確実に仕留めていた。

 その鮮やかな手際に三富と矢島は息を吞む。

「すげえな、さすがだ。俺たちも負けてられねえ、行こうぜ」

 三富は先を見上げて登り始める。矢島は遠くの建物から黒煙が舞い上がっているのをしばらく眺めていたが、三富に声を掛けられると慌てて自分も登り始めた。

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