第62話 内山

 居住区で休息していたゲリラ兵士と、正面ゲート側から駆けつけてきたゲリラ兵士に前後を挟まれたイルンガ族は、徐々に包囲網を狭められていた。


 少し前から四方をワゴン車で取り囲んで抵抗していた侵入者たちは鳴りを潜めている。こっちは八方を取り囲んで各々ありったけの銃弾を撃ち込んでいる。だからといって安易に全滅したとは思わない。あたりを駆け回っていたハイエナも今はもう散りぢりになってどこかへ行ってしまった。こちらは大勢でジリジリと慎重に間合いを詰める。そこへ誰かが携帯型の地対地ミサイルを担ぎ出してきて一発ワゴン車に向けて放った。

 砲弾は奴らが乗ってきたワゴン車の横っ腹に命中し、すぐさま爆発炎上、その数十秒後には燃料にも引火して他のワゴン車にも飛び火して行く。反対側でも夜空に鮮やかな白煙が描かれる。

 ワゴン車を盾にしている側にとってはひとたまりもないはずだ。それでも侵入者は沈黙している。そばで何人かが顔を見つめ合って首をひねる。大勢いれば何人かはたまらず逃げ出すか、投降してきてもおかしくはないはずなのに。果たしてそこに人間がいるのかさえも疑わしくなってくる。その疑念を抑えきれなくなった何人かが再び小銃の引き金を引いた。

 やがて炎は殆どのワゴン車に燃え移り巨大な一つの火柱に成長した。侵入者は、もはや逃げだすことも叶わず焼け死んだに違いない。しかしとても近寄れる状態ではないがこのキャンプファイヤーがやはり無人であることを確信する。人体という固形燃料の匂いがしないからだ。

 奴らは一体どこへ。騙されていたことに対する驚きと怒りは一瞬で燃え上がるが、こちらとて狼狽えはしない。我々は誰の指示でもなく二手に分かれ、一方は逃げた侵入者の捜索、もう一方はバケツリレーとホースの散水によってこの炎の沈下にあたる。やがて火が消えると黒焦げになったワゴン車の群れの中は、やはり無人だったことが露になる。

 あれだけの槍の雨を降らせたのだから最低でも10や20はいるはずだった。なのに黒焦げの死体が一つとして見当たらない。槍も銃弾も尽きて八方からの攻撃に防戦一方だったはずの、あの大勢の侵入者は一体どこに消えたのだ。


 どうやら全員が炭化して全滅したとは思わなかったようだ。それでもゲリラ達は、一体どうやってここから脱出したのか検証することもなく何やら喚き散らしながら四方へと散開して行った。

 仮に、燃え尽きて残骸に変わり果てたワゴン車の下敷きなったマンホールに気付いたとして、その蓋を開けようものなら裏に仕掛けてある3個の手榴弾のピンが抜けてその場に居合わせたゲリラ兵の命が奪われることになっていただろう。


 内山は味方の砲火の隙を縫って向こうから放たれたミサイルの弾道が真っ直ぐ、自分の方に飛んでくるのに目を剝いた。慌てて横に飛んで突っ伏したまま両手で頭を抱える。

 次の瞬間、それまで盾にしていた車両が爆発すると覚悟し、それに備え身体を丸めこんだが、ミサイルは車両にはあたらず後方で敷地を囲んでいるフェンスの支柱を大破させた。

 ひしゃげたフェンスの向こうに荒野の暗闇が顔を出した。

 いざとなったら、あそこから逃げ出せばいい。

 そこに待っていたかのように数頭のハイエナが荒野の暗闇に飛び出していくのが見えた。

「役立たずどもが」

 ハイエナに言ったつもりだったが、すぐにそれが自分自身にも当て嵌まると悟り、頭に血が登る。

「ふざけやがって、こっちはアウェーなんだよ。おい誰かバスを持ってこい」

 言うや否や今度こそワゴン車が爆発した。至近距離の爆風はやけどを伴うことを、ここに来て何度か味わっているが、今のはヤバすぎる。とっさに両腕で額を覆うが溶けた皮膚が張り付いて、無理に腕を離したら腕の筋肉がむき出しになった。不思議と痛くないのは、あたりの温度が異常に高いのが原因だと決めつけてやり過ごす。

 徐々に身を隠す盾がなくなって行く。細川が置いて行った4連奏のランチャーは既に打ち尽くしていた。その細川を援護しに行くつもりでバスの手配を命令した。少し前から建屋の中が静かになっていることに不安を覚えたからだ。細川はもう生きていないのではないか。その思いが強くなればなるほど無力で役立たずの自分が情けなくなる。

 もし自分が一人なら、何もかも投げ出して、あのひしゃげたフェンスをハイエナと一緒に跨いでいたに違いない。屈んで身を隠しているワゴン車の窓ガラスが銃撃で粉々に打ち砕け、細かいガラスの破片が自分の頭に降り注いだ。

「クソが舐めやがって」

 若い衆の目の前で情けないところは見せられない。これでも俺は天下の折賀瀬組二次団体の若頭だ。

 三野の若頭、ワシも細川の後を追います。心で自分に言い聞かせると、内山はフルオートにしたM16を持って立ち上がった。

「おいコラッ」

 絶叫しながらゲリラ側に向かってM16を構えた。

 しかし、そのゲリラ側では、内山が目を疑うような光景が展開されていた。

 無駄を削ぎ落したそれこそ全身が板バネのような痩身で、真っ黒な地肌をした大勢のイルンガ族が躍動している。打ちっぱなしのコンクリートの建屋を背景にして、彼らはよく目立っている。銃火器がなくとも飛び掛かって敵味方が入り乱れてしまえば、ゲリラ側も迂闊に発砲することはできない。丸腰の白兵戦はイルンガ族に分があった。圧倒的と言ってもいい。ゲリラ兵士はどこからともなく現れたイルンガ族に翻弄されて、もはや折賀瀬組の相手をしている場合ではなくなっている。振り返ると他の者も、呆然と白兵戦を眺めているではないか

「おい、俺たちも突っ込むぞ」

 内山の活で、状況がやや有利になっていることを認識すると、全員が内山の盾になろうと駆けつける。

「邪魔だ、俺の前に出るな。隙があったらお前たちもあの土人の援護射撃をせい」

 内山に言われてやっとイルンガ族の存在に気が付いた者もいた。

「ここはワシらの勝ちや」



 









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