第60話 細川
細川は自分を慕ってついてきた若い衆を押しのけ、自ら大型バスのステアリングを握っていた。デカいくせに握りの細いグリップに違和感を覚えつつ右に左に大型バスの車体を蛇行させる。
そこかしこで炎と黒煙を上げる両軍の車両の合間を縫って、建屋内に向かって行く細川の大型バスを目撃した内山は、細川が何をしようとしているのか察しがついた。
「あの馬鹿野郎、焦りやがって」
ゲリラ兵士も指をさして喚き散らしている。
「お前ら細川の援護をしてやれ」
細川のバスに狙いを定め始めたゲリラ兵士に、折賀瀬組の銃撃が襲い掛かる。
建屋を背に片膝をついて捨て身でロケットランチャーを構えていたゲリラ兵士が銃弾を浴びて血しぶきを上げた。
「内山の兄さんらの援護射撃です」
細川はステアリングを切りながらアクセルを更に踏み込んだ。
「余計なことしやがって、面玉ひん剥いてよう見とけ内山っ、これでワシも武闘派の仲間入りじゃ」
閉まりかけているシャッターに大型バスの車体が突っ込んで行く。
紙切れのようにひしゃげたシャッターが細川の眼前から消え去ると、いきなり何台かの乗用車やジープを突き飛ばした。あわよくば戦車でも隠していればと思ったが、
その期待はあっさりと裏切られる。
「ここもジープばっかりじゃねえか」
うっぷんを晴らすかのようにそこらじゅうの車両を蹴散らし、建屋内を旋回しゲリラ兵士を追いかけまわす。
「兄貴、あそこです。あの奥を見て下さい」
若い衆が運転席の背もたれを片手でつかみながら建屋内の奥壁に向かって指を差した。弾頭を装着したロケットランチャーがズラリと立て掛けてあるのが遠目にもハッキリと見える。他にも様々な銃火器や弾薬がありそうだ。細川はそこに向かってステアリングを切ると建屋内の中央に躍り出た。
「おい、パイナップルのピンを抜いとけ、あの辺りを吹っ飛ばすぞ」
今更、敵の武器を奪っている暇はない。相手の戦力を削いでさっさと建屋内からの脱出を図るまでだ。
奥壁に到達するのにあと数十秒。左隣で若い衆が懐から手榴弾を手に取った。
「お前、名前はっ」
「う、宇田川です」
初めて聞く名前だった。
「戻ったら、俺の盃をくれてやる。わかったな」
ふいにステアリングを握る細川の左手が鮮血に塗れになった。それと同時に傍についていた宇田川が前のめりに倒れこんだ。
「おいっどうした」
何が起きたのかわからないが、一瞬で宇田川の即死を確信した細川の血の気が引く。バックミラーに複数台のジープが張り付いているのが見えた。流れ弾がそのバックミラーを破壊する。
ゲリラ側のジープを引き連れた細川の大型バスが建屋内の中央を爆走する。他の若い衆は後方の応戦に必死で細川の怒鳴り声が耳に入らない。
「くそぉっ」
運転しながら横で即死した宇田川の片手に手を伸ばした。その手には手榴弾が握られている。既にピンが抜かれていたら…、こんなところで自爆するのはごめんだった。すると前方の両脇からも進路をふさぐようにジープが迫ってくる。どちらのジープも助手席の兵士が自動小銃を構えている。
至近距離からもろに攻撃を食らう羽目になった。フロントガラスにクモの巣状の細かいヒビが入りたちまち前が見えなくなった。
「おい誰かこのガラスを取っ払えっ」
叶わぬ願いだということはわかっていた。それでも細川はアクセルから足を上げなかった。正面に現れたジープはバスに突破されると、そのまま並走して側面の攻撃に回る。そして新たに別のジープが正面の左右から現れる。
四方八方からの銃撃でバスの車体はアッと言う間に穴だらけになって行った。他の若い者たちも応戦しているが、とても窓から顔を出せる状況ではない。銃口を窓枠にのせて闇雲に引き金を絞り続けるのが精一杯だった。ゲリラ兵士の凄まじい数の集中砲火を浴び続けるバスの進行はそれでも止まらなかった。
「くそったれが」
やっと手にしたパイナップルのピンはまだ抜かれていなかった。ホッとするや否や、かじってピンを引き抜くと前方を見ながらノールックで車外側面に放り投げる。その刹那右足にノックを感じて下を見ると、足元に投げたはずの手榴弾が転がっているではないか。再び血の気が引く。でかいステアリングに邪魔されながらやっとの思いで、右手でそれを拾い上げると車外に放り出すのが精一杯だった。運転席で身を伏せながらたまらずステアリングを切った。後部で応戦している若い連中に注意喚起する間もない。中央から逸れたバスの車体が、修理中のエンジンを吊り上げているジープを突き飛ばした。
「くそっ、ぶつかる」
次の瞬間、バスは建屋の柱に激突した。追いかけてきたジープが一台爆発した。
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