第59話 交戦
鋭いハイエナの爪がアスファルトに傷をつけていく。半ばパニック状態で猛然と辺りを走り回るハイエナどものドス黒い瞳に照明の白い光が反射する。
ハイエナを開放しながらイルンガ族の車両は、それでも止まることなく警報が鳴り続ける施設群を抜けて奥まで入り込んで行った。やがて真新しいがデザイン性の欠片もないコンクリート壁の建物が、整然と並ぶエリアが出現する。ここが居住区だということは明らかだった。
車を停止させたイルンガ族は、ハッチやスライドドアを全開にして残りのハイエナを開放した。ますます鳴り響く警報が居住区の窓を震わせ、部屋の明かりが波紋のように広がって行く。それと同時に幾重にも重なりあっていた警報が、人の声にとってかわり、喚き散らす命令口調が何度も繰り返された。これをもって自分たちの基地が奇襲攻撃を受けた事実が、ようやく全体に周知された。そのあとは当然のように蜂の巣をつついたように居住区も騒がしくなる。
イルンガ族の若者たちは居住区から出てくるゲリラ兵を迎え撃つ。
爆発とともに折賀瀬組のワゴン車が1台吹っ飛んで大破した。
「奴らもM3を使ってやがる。アメリカのランチャーだぞ」
やけくそに言い放った細川の肩に乗っているのもアメリカ軍が正式採用しているM3MAAWSロケットランチャーだった。
吹っ飛んだワゴン車は見事にひっくり返って炎上している。基本的にロケットランチャーは一発打つたびに下がらなければならない。再び弾丸を装填するのに時間がかかるからだ。白兵戦では一撃必殺だが連射は出来ない。しかし物量と人員がその弱点を補うのは、日本人なら誰でも知っている戦法だった。
「打った奴はすぐ後ろの奴と交代しろ」
「それでも細川の兄貴、奴らどんどん出てきまよ」
建物から武器装備を持ったゲリラ兵士が、次々と参戦してくる。
「とにかく奴らにランチャーを打たせるな」細川が叫ぶ。
ランチャーを打つ兵士は片膝をついてしっかりと狙いを定めないとならないため、打つ直前のそれは的になりやすいという弱点もある。しかもこの距離では、どの車両に狙いを付けているのかも判りやすい。ワゴン車を一台破壊されたが怪我人が出なかったのはその為だ。
必然的にランチャーを構える兵士を狙う側と、援護する側とで銃撃戦は凄まじさをます。
この辺りの攻防が最初の壁となった。
人数の上では圧倒的に少数の折賀瀬組は、激しい銃撃戦の中で、効果的にロケット弾を放ち、3発に1発は車両に命中させ大破炎上させる互角以上の戦闘を繰り広げていた。
一方で建屋の屋上に設置してある大型の機関銃が砲塔を旋回させた。その銃口が折賀瀬組の大型バスに狙いを定める。地上で車両を盾に交戦している日本人ヤクザの姿はほとんど丸見えだった。おまけに誰一人頭上を気にする者はいない。新たにまた1台のワゴン車がロケット弾の餌食になって黒煙を上げる。
屋上から機関銃の照準器を覗くゲリラ兵士が唇を歪めて笑った。敵の兵士を仕留めた数の多寡で報奨の桁が変わってくる。10人も仕留めれば街に出てしばらく遊んで暮らせるはずだった。
突然変化した風向きが黒煙を巻き上げて屋上からの視界を覆った。ゲリラ兵士が照準から視線を外して舌打ちをする。その時だった。黒煙を突き破って何かが飛んで来た。ゲリラ兵士はその何かに気付く間もなくその一帯の爆発炎上に四肢を引き裂かれる羽目になった。
「ざまあみろ、M3なんて目じゃねぞ」細川はその破壊力に満足した。
細川が引っ張り出してきたのは4連装のM202ロケットランチャーだった。アルセンが連合組織の大型バスを破壊した時に使用したものだ。ここまでゲリラ側を油断させるために温存していたのだ。
「とっておきだ、無駄使いすんじゃねぞ」正面ゲートを挟んで向こう側で応戦している内山が野太い声をがなり立てる。
「うるせえ、ゴリラ。おいっ」細川は側で応戦している若い衆に叫ぶ。
「この4連ランチャーを内山の所に持って行け。こっちは力づくで調達する。そう言うのを忘れるなよ」
若い衆の顔色は、一体どうするつもりですかと怪訝な顔を作るが、いちいち説明している暇はない。細川はそれだけ言い残すと他に使えそうな若者を何人か連れて後方に退けてある大型バスへと向かった。
イルンガ族は銃火器と槍があるなら、どんな状況でもまず槍を手に取るのが自然なほど彼らにとって槍という武器は手になじんでいる。銃は携行していてもこれはあくまで予備的なもので誰もが手にしているのは槍だった。
居住区から出てきたゲリラたちは、それまで休息していた者も多く、突然の奇襲に叩き起こされて、とにかく手元にあった武器を持って何も考えず外に出来た者が大勢いた。まさかこんなに早く居住区にまで敵が侵入しているとは誰もが思ってもいなかったのだ。まるで無防備な格好で道路に躍り出てきたゲリラ兵たちは、それこそ格好の的になった。放物線を描きながら無音で闇夜を切り裂いて飛んでくる槍は、正面の暗闇に目を凝らすばかりの彼らにとっては、まったくの死角から降り注いでくる。すぐ隣の仲間が一瞬で胴体を槍で貫かれる様に、敵は上にいるものと勘違いして、慌てて持ってきた小銃を夜空に向かって乱射する。それでも降り注ぐ槍の雨は止まらない。しかもその槍は怖いほどの命中率で降ってくるのだ。イルンガ族にとっては普段から相手にしている野生動物に比べ余程たやすい的だった。
槍を投げ尽くして、いざ銃撃戦が始まろうというときには、無傷のままのイルンガ族にたいして、槍の餌食になったゲリラ兵士は30を越えていた。
それでも相手のゲリラ兵士の数は、イルンガ族を楽に凌駕している。それに加えて普段から世界を丸ごと敵に回しているという意識の高いゲリラ兵士の戦気は、奇襲による優位性をあっという間に跳ね返して臨戦態勢を整えた。
イルンガの若者達は自分たちが乗ってきた車両をバリケードにして必死の応戦を開始する。
正面ゲートでは、左右に分かれた内山と細川らが繰り広げている銃撃戦が佳境を迎えようとしていた。
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