第56話 助っ人
「嘘だろ、こんなにでけえ人間を見るのは初めてだぜ」
三野は思わず口にしたが、三富や細川、山内という面々は言葉さえ口にできないようだった。
間近では捕えきれないその巨体から受ける戦闘部族の圧力は、今にも襲われるのではないかという身の危険すら感じる。その黒い地肌のほとんどは闇夜に溶け込み白眼と金属質の銀歯が不気味に輝いてる。
「こいつがイルガ・マカブ。影男、お前本当にこんな奴とタイマン張って勝ったのかよ」
「まあな」
ハギギはこともなげに言うがとても信じられない。きっと吉田だってこんな奴とは喧嘩しようなどとは思わないはずだ。しかしそのイルガ・マカブはハギギに対してだけは礼を尽くした態度なのである。しっかりとした主従関係がそこに出来上がっているように見えた。
マカブの人間のものとは思えない唸るような発声で、そこに集まった20台以上の車からイルンガ族の若者たちが次々と降りたった。
どうやらイルンガ族の中でマカブの巨体は唯一の例外らしい。他の者は栄養失調かと見まがうほどに痩せこけているのである。民族衣装は黒が基調でまるでターザンのような恰好だ。もちろん裸足である。着やせをすることも出来ない肌の露出。この裸同然の瘦せっぽちどもが車を運転するは違和感を覚える。免許証と言う概念を持っているのか疑わしい。こいつらがいないと戦いにならないと言ったハギギの言葉が頭を過った。どいつもこいつも無表情で感情が読めない。少なくとも愉快そうには見えない。年齢は地肌が真っ黒で分かりにくいが精悍な顔立ちと目付きから恐らく20代に違い。中にはどう見ても10代そこそこにしか見えない奴らも何人かいる。
「大丈夫なのかこいつら」
思わず口から零してしまったが、すぐにそれを撤回したくなった。
暗闇の中でイルガ・マカブが発している圧が増したように錯覚したがそれはイルンガ族の若者たちのものだとわかったからだ。
「こいつら怒ってるのか」
イルンガ族は殺気にも似た気配だけで周囲にいる者たちに自分たちの存在を知らしめたのだ。見た目だけで判断するなよと言っているに違いない。しかしそれはほんの一瞬のことで三野たちの言葉を奪うほどの気配はすぐに収束する。そしてそれに代わって顕在化したのは本物の獣の気配と血の匂いだった。それもかなりの数に上る。
「影男、こいつらに何をさせてきたんだ」
ハギギは、この禍々しくもあるこの気配の正体を知っているはずだった。
「助っ人を連れてきてもらったのさ、車の中を覗いてみろよ」
三野はイルンガ族が乗ってきた車の窓ガラスに、恐る恐る近寄って中の様子に目を凝らした。その刹那、血だらけの牙が車内の暗闇から三野に向かって飛び出してきた。窓ガラスがなかったら怪我どころでは済まなかったに違いない。
「ビックリさせんじゃねえよ。なんだこれ狼でも連れてきたのか」
ハギギがペンライトで車内を照らした。
中で鎖に繋がれているのは、ハイエナに違いなかった。
ペンライトの光に反応したハイエナの血走った眼球は、尚も三野を捕えている。真っ黒で正気を失っているとしか思えない。剝き出しの歯茎は赤黒く粘りついた血で濡れていた。三野は思わず後ずさった。
「見覚えがあるぞこのハイエナ、連合の奴らの死体に食らいついてた群れだろ。よく捕まえてきたな、もしかして飼ってんのか」
ハギギは吹き出しそうになった。三野の反応を面白がっている。
「飼っているわけねえだろ、ターザンじゃねえんだからよ」とは言うがある程度の扱い方を知らなければ大人しく鎖に繋がれて車で運んでくるなんてことは、できないはずだ。
イルンガ族の言葉が分かるコバレフという男の話によると、さすがに腹を空かせた野生のハイエナに近寄るのは危険だが、餌にありつこうと戦闘部族の後を追ってくるハイエナは案外と慣れているらしい。俄かには信じがたい話だが、ここに連れてこられたハイエナの腹を満たしているのは日本人ヤクザの血肉であることは間違いなかった。これから仕掛ける戦闘にこのハイエナたちが必要不可欠なアイテムだとしたら、こんな形で貢献することになった連合組織の連中が急に哀れに思えて仕方なくなってくる。
「だけどよ影男、このハイエナたちが都合よくゲリラの連中に噛みついてくれるのか」
ハギギは笑みを浮かべながら人差し指を立てて否定する。
「いいやこのハイエナたちは戦力として当てにしちゃいねえ。グティエレで駆け回ってくれればそれでいいのさ。こいつらの足にツトムたちが身に着けていたGPSを括りつけるんだからな」
「あっ」と思わず三野は声を漏らしてしまった。「そりゃ名案じゃねえか、奴らの庭で突然GPSの信号が現れて好き放題走り回ったら、さすがに奴らも仰天するんじゃねえか。それならそれで、こいつらがまた腹を空かせねえうちにグテレに急ごうぜ」
三野がさっさと車に乗り込もうとしたのは、この場の血生臭から離れたかったからだ。
「まてよツトム、ひとつ教えておくグテレじゃねえ、グティエレだ」
「そんなのどっちだっていいじゃねえか。早く出発するぞ」
これから武装ゲリラを相手に戦闘を仕掛けるというのに、この緊張感のなさも昔と変わらないところだと三野は思った。
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