第53話 永田町③

 野中防衛大臣の執務机に鎮座する32インチの液晶画面は、スーダンのダルフール地方を表示していた。野中の貧乏ゆすりが液晶画面を小刻みに揺らしている。

 そこに映っているはずの受刑者の足首に巻かせたGPSのマーカーが、まとめて消え去ってから小一時間が経過していた。

「結局、グティエレにたどり着くことなく300人全員が死んでしまったじゃないか」

 野中はため息をとともに背もたれに身体を預けた。

 来客用のソファーで浮かない顔をしている法務大臣の勅使河原に向かって言っているのだ。

「武装ゲリラ200人に対して、300名の受刑者を送り込めば充分だと最初に言い出したのは法務大臣のあんたじゃないのか。忘れたわけじゃあるまい」と付け加える。

 勅使河原も深いため息を吐いた。

「無条件釈放に加えて特別報奨金1千万をくれてやると言っているのに、どうして仲間同士で殺し合いをするのか理解できませんな」

 視界の端にある野中の様子を窺いながら勅使河原は足を組み替える。

「追加で参加者を募って新たに懲役を送り込むのはシンドイかの」

 やはりそう来たか。

 独り言のように口にした野中の物言いはいつも頼み事、あるいは押しつけに等しい。

「そんなこと出来る訳がない。今回だって刑務官だの自衛官だのと、このプログラムに携わっている者が何人いると思っている。そのほとんどが本当に災害救助に向かっていると信じているんだぞ、参加した300人全員の安否が分からなくなった今、このことにどう対処したらいいか頭が痛いのに、この上で追加の人員なんて、あり得えない。野中さんだってそれくらいわかっているだろ」

 野中が握り拳をデスクに叩きつけた。深夜の執務室に勅使河原の息を飲む声が吸い込まれる。

「これには米軍が一枚噛んでんるやぞ、懲役が全員死んだからってこのプログラムは無かったことにしてくれって言うわけにはいかんのや、だいたいこうなる恐れを考慮して懲役を行かせることにしたんじゃないんか」

 椅子から立ち上がった野中は足音を立てて回り込むと、ソファーに身体を投げ出している勅使河原の緩んだネクタイを引っ掴んで顔を寄せた。加齢臭とヤニ臭さに顔をしかめる野中の形相は、この問題が自分の知らない事態へと波及しつつあるに違いないと容易に連想させるものがあった。

「このプログラムにいくら機密費を使ったと思っている。後戻りはできんのや、それのとも何か、代わりに自衛隊員を行かせろって言うんか。どうせ無駄死にさせるんだったら懲役を行かせればいい。なんなら社会のゴミ屑同然のヤクザ者を選んで行かせよう、俺に任せとけ言うたのを忘れたとは言わさんぞ。ここはあんたが責任とれや」

 野中の剣幕に気圧された勅使河原は反論の意思を自ら放棄した。

「また300人か」

「頼む、どうしても」声を押し殺した野中は、勅使河原の乱れたネクタイを整えてやった。

「本当だったら今日あたり、結果が出とったところなのにな」

 勅使河原は冷めた表情で座り直すと、野中防衛相に追いすがるように言葉を投げかける。

「追加する受刑者はまたヤクザ者でいいのか」

「最初の募集で全国の刑務所から1500人以上が希望を出したんじゃろ、その中からまた選ぶ方が早いんじゃないか、どっちにしろそこは法務省のあんたの領分なんだそこは任せる。ただし今回も年齢は50歳以下じゃなきゃ困る」

 それだけ言うと野中はデスクに戻り、チェアーを回転させて背を向けるとまた貧乏ゆすりを始めて黙り込んだ。

 野中にこれ以上話しかけても無駄なことを知っている勅使河原は、何も言わず野中の執務室を出ることにした。これ以上深く関わりたくなかった。

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