第52話 グータッチ

「影男、俺たちのことはもう聞いたのか」

 三野は装甲車のような改造を施してあるハギギのキャンピングカーの中で、独特な臭いのする香に鼻を曲げていた。

「ああ、柏木って人から訊いた」

 折賀瀬の面々や柏木たちは外に出て、アルセンたちと話をしている。つい数時間前までこの辺りでゲリラ兵士と交戦していたことを思うと穏やか過ぎて少し心配になる。

「ところで、やけに暗いな」

「我慢しろよ、明かりを点け過ぎると標的になる恐れがある。それにしても人質を救出したら無罪放免になって、その上で1千万もくれるなんて日本政府も太っ腹だな。これから俺たちも共闘することになるんだから、その特別報奨金とやらを俺たちにも出してくれねえかな」

 ハギギはコーヒーの入ったマグカップを手渡してやりながら、人を小馬鹿にしたような顔で三野を覗き込む。日本で生活したことのあるハギギでもこの話は信じ難いに違いない。

「そんなの無理に決まってんだろ。俺たちだって本当にもらえるかわかんねえんだぜ」

「ほう、ツトムはその1千万を当てにしてねえのか」

「まあな、いまいちピンと来ねえ。それよりもよ、ワンチャン人質を誘拐したゲリラがお前たちだったら話は早かったのにな。一瞬だけ一千万のことが頭を過ぎっちまったよ。だけどよ刑務所の中で残刑期が何年も残ってるところに、こんな話をされたら半信半疑でも誰だって飛びつくってもんだぜ」

 うす暗い車内でマグカップから立ち上る湯気だけが妙にハッキリと見えた。

「武装ゲリラと戦闘になるってことには躊躇しなかったのか」

「まったくな」三野は吹き出しながら続ける。「だってよ、俺たち全員飛行機に乗って空の上でアフリカ行きを知らされたんだぜ。それまでは日本のどこかの被災地で人命救助に行かされると思っていたんだ。それに……」

「それに」

 2人は同時にコーヒーを口に含む。

「武装ゲリラなんか目じゃねえみたいなことを防衛大臣に直接吹き込まれてな」

 1千万の特別報奨金のこともその時になって初めて聞かされたのだ。

「端から聞いているとまるで詐欺師の手口じゃねえか。やっぱりその1千万ってのもあまり当てなる話じゃなさそうだな」

 そんなことは言われなくてもわかっているつもりだ。

 窓の外は相変わらず暗闇で息を潜めたように静まり返っている。車内の明かりは小さなランタンが床にひとつ置いてあるだけだで、ガラス窓はベッドから半身を起こしている三野と傍らに腰を落ち着けているハギギを映し出していた。


 突然、遥か遠くで打ち上げ花火のような白い発光体が静謐を極めていた暗闇の夜空を切り裂いた。2人は窓際によってその発光体を追い掛ける。

「あれは、地対地ミサイルだ。ツトムよく見ておけよ」

 ミサイルは暗闇の夜空に放物線を描いて、1キロ程離れた地点に向かって落ちて行った。

その数秒後、胸に突き刺さるようなドンという響きが伝わってくる。

「何が起こったんだ」三野が言った。

 外からコバレフが顔を出して英語で何かまくし立てている。

「ツトムの言った通りだ。奴らがいま狙ったのはツトムたちが足首に巻いていたGPSの方だ。俺が国連のサーバーをハッキングしているように、奴らも何らかのルートで日本政府がツトムたちにつけたGPSを追うことができるんだ」

 偵察に出した若い衆が帰ってこなかったのも、なぜ連中が都合よくピンポイントで襲撃を仕掛けてこれたのかも、これでハッキリしたというわけだ。

「でもちょっと待てよ。俺たちの腕から外した通信機がどうして今も作動しているんだ」

 腕の通信機は身に着けている本人が死んでしまうと機能しなくなるということを既にハギギから聞かされていた。ならば腕から外して一定時間そのままになっていればそれは死んだも同然のことになるのではないか。それによってキャンプ地から出発した折賀瀬組が僑栄会や金星会を潰してきた道程もハギギは把握していたというのだ。

 だからこそ気が付いたのだ。腕から外した通信機を放置しただけでは意味がないことを。

「まさか誰かに身につけさせていたのか」

 ハギギは三野の指摘を褒め称えるような顔で答える。

「さっきの戦闘で、生け捕りにしたゲリラ兵士に身に着けてもらったんだ。通信機の方はいま回収に行かせている」

「じゃあたった今ミサイル攻撃されたGPSの方も、同じようにゲリラ兵士に身につけさせていたのか」

 ハギギはこともなげに頷いた。恐らくこのあと生き残ったゲリラ兵士の方も殺してしまうに違いない。三野はそのことには言及する気にはならなかった。

「お前が考えたのか……。相変わらずだな」

 ハギギはそれには答えず僅かにほほ笑んだ。そして無言のまま三野に向かってこぶしを突き出した。お前だってそうしただろ。きっとそう言いたいに違いない。

 三野も拳を作ってそれに応じる。

 20年ぶりのグータッチは、昔ほど軽くはなかった。

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