第51話 ハギギ 影男
ほんの2メートル先で起きた爆発は着弾によるものだった。その衝撃は三野の身体を弾いて大地にクレーターのような穴を開けた。
ゲリラ兵士の男が驚愕の表情を残したまま、三野の胸の上に落ちた。首から下が喪失しているにも拘らず、その視線はまだ三野を捕えている。
三野が意識を保っていたのはそこまでだった。
「……おい、ツトム」
「ツトム、起きろツトム」
時間の経過感覚が全くない隔絶の淵から覚醒した三野の意識は、まだ次々と爆発を続ける最中にあった。
胸の鈍痛はあのゲリラ兵士の頭が落ちてきた衝撃によるものに違いない。
混沌とする意識の中で、それでも下の名前で呼ばれるのは久しいと感じる。
「若頭っ」
「兄貴っ」
「三野さん」
「ツトム」
内山、三富、柏木さん、そして影男……。
「影男だとっ」
完全に目を覚ました三野は上半身を跳ね起こした。全身の痛みが直ぐに追い縋ってくる。皆が不安と安堵の入り混じった顔をして三野を取り囲んでいた。
「三野さん、無事でよかった」と柏木が言った。
あの状況から死なずに済んだという理解が意識の表層に広がりつつ、思考の軸索はあの影男がどうしてこんなところにいるのか答えを探していた。
「ツトム、鳩が豆鉄砲を食べたような顔してんじゃえよ」
食べたじゃねえ、そこは食ったっていうんだよ。
「お前本当に影男なんだな」
外人特有の微妙におかしな言い回しとイントネーション。中東系独特の堀深い顔立ち。少年の頃の大人びた風貌は20年近くたった今も三野の記憶に残っている面影とほとんど変わりはなかった。まるであの頃から抜け出してきたかのようだ。見間違うはずがない。
「そんなことより、どうして影男がこんなところに」
「それは、こっちのセリフだ。こんな所で日本人に会えるなんて思もってもみなかったぜ。しかもそれがツトムだったなんてな」
「兄貴、すげえですね。こんな所にまで知り合いがいるなんて。聞きましたよ年少時代のマブだって」
三富が小馬鹿にするのでもなく真顔で、マブなんて言うものだから三野は少し恥ずかしくなった。こいつさっきはビビって震えていたくせに。
「ところで俺はどのくらい寝ていたんだ。それにここはどこだ。誰かの家の中なのか」
色んな疑問が同時多発的に湧きあがる。身体中が悲鳴をあげているかのように痛みが増してくるが頭の中は無事なようだ。
「ここは俺の仲間のキャンピングカーの中だ。俺はその仲間とここのゲリラたちに喧嘩を売りに来た」
「喧嘩を売りに……、ってガキの頃とやってることが一緒じゃねえか」
時間を確認しようと手首を見るが通信機がなくなっている。足首のGPSもない。
「外したよ」三野の仕草を察してハギギが言う。
「ここにいるゲリラもお前たちが発信しているビーコンを捕捉している可能性があるんでな」
そう言えば戦車の横でゲリラ兵士に囲まれたとき、連中は俺のことをジャパニーズと言っていたのを思い出した。
「ゲリラも」
上目遣いに頷いたハギギは、手にしているタブレット端末の画面を三野に見せる。
「これは国連のサーバーからダウンロードしている画面だ。この光の点滅はお前たち全員の手首から外した通信機が出しているビーコンを捕えている」
画面の光は地図上で固まって点滅をしている。
「足首のGPSは」
「それは日本政府が着けたものだろ。この画面で分かるのは通信機の方だけだ。お前たちが身に付けていた通信機とGPSの2種類は別々にして25人分をここから1キロ程離れた場所に置きに行っている。残りはビーコンを遮断するこの箱の中だ」
ハギギは金属製のケースを見せて言う。
通信機とGPSを離れたところに放置して、どちらの方にゲリラが攻撃を仕掛けてくるかで、ゲリラ側がどちらの信号を捕えているか判断しようというものだ。
「ちょっといいか」
三野はハギギからタブレット端末を受け取って、しばらく画面上の地図を眺めていた。そして確信した。
「ゲリラ側が捕捉しているのは、日本政府が俺たちに着けたGPSの方だ」
「どうして、それがわかる」
「さっきゲリラどもに囲まれたとき、奴ら俺ことをジャパニーズと言いやがった。俺は奴らと同じように黒ずくめで顔を隠していたのにどうして俺が日本人だとわかる。それに影男はこのタブレットをずっと見ていたんだろ。それなのについ今さっき、こんな所で日本人に会えるなんて思もってもみなかったって言ったじゃねえか。このタブレットを見る限りこの点滅が日本人だとはどこにも書いていなかったからだろ。ゲリラの連中が通信機の方のビーコンを見ているのだとしたら、俺のことがジャパニーズだって言うのはおかしいだろ」
「なるほどツトムの言うとおりだ。じゃあちょっと無駄なことをしたかな。早くツトムを起こすべきだったよ」
「それよりも影男、どうしてお前がこんなところに現れたんだ。てか俺は何時間寝ていたんだ」
「2時間くらいだ。今はもう夜の10時を回っている」
2時間前、三野がゲリラ兵士に囲まれていたとき、突如あの辺り一帯に砲弾の雨が降り出したのは、折賀瀬組のビーコンを追ってきたハギギらの援護射撃によるものだったのだ。
「ツトムのビーコンが、奴らのランチャー部隊の存在を教えてくれたんだ」
おなじくゲリラ側に動きを捕捉されていた柏木と三富も、三野が離れた直後にゲリラの襲撃を受けていたが、殺される寸前にコバレフやビボルに助け出されていた。
英語が話せる柏木は、ハギギたちが目的を同じにする者同士だと早くから理解していた。
細川と内山の方もハギギやアルセンが加勢に入り、一気に形勢逆転をした。
ゲリラ側にしてみればそれまでずっと動きが掴めていた日本軍に神出鬼没の加勢が出現したことになる。しかもロケットランチャーに勝る武器を持っていた。加えて予想外の三野の抵抗もあいまって動揺したゲリラ兵は総崩れとなって敗走したのだ。
「来るならもうちょっと早く来てくれよ。危うく殺される所だったんだぞ」
「けどよツトム、武装ゲリラの集団の中に1人で突っ込んで行くってのは、一体どんな了見なんだ。しかも今日だけで2回やったって言うじゃねえか」
確かに振り返ってみると全くの自殺行為だったことは否めない。一度目は旨く行ったものの2度目はあまりにも拙速としか言いようがなかった。
「スマン、あそこにあった戦車の砲塔を見たらジッとしていられなくなってな、そのうえ奴らのランチャーで吹っ飛ばされたワゴンの下敷きになった若い衆を見てキレちまったんだ」
とは言え感情的になっていたのはほんの一時のことで戦車の砲塔に登って手榴弾を投げたとき、半ば自分の生き死にが極まっていることを自覚していた節がある。それが証拠に三富を連れてこなくて良かったと思ってもいた。
三野の思考回路に後悔をするという回路はない。絶望的な状況になっても決して後ろ向きになると言うこともなければ、諦めてしまうと言うこともない。それは一見して無謀なようにも感じるが、思考は至って冷静で限られた選択肢の中から客観的にみて最善と思われる答えを迷いなく決断し行動に移せるだけのメンタルが後悔というものを三野の中から排除してきたのだ。
このメンタルが最終的にいつも自分の道を切り開いてきたという自負があった。要は何とかなるという究極の開き直りだ。しかしそれは深い洞察を必要とする場面においては滑稽なだけにしか映らないと言う面もある。
今回はこのメンタルが仇になったと言える。
三野は常々感じていることがあった。自分には決定的に足りないものがある。カッとなると自分が抑えられない。特に仲間や身内に危害を加えられると考えるより先に身体の方が動いてしまう。
このままでは早晩、組機器内で背負う責任と肩書きが自分の器を越えてしまうだろうと思っていた。そう思っていたからこそ、出世することに対して自ら積極的になれないでいる自分がいた。
その答えを今、垣間見た。そんな気がした。
「思ったより手強かった」
些か的外れな物言いになったが、三野はおどけて見せた。
「ツトムは、変わらねえな」
ある意味で的を射る指摘にカチンときたが、折賀瀬の面々がいる前ではガキの頃のようには振舞えず黙っていることにする。
この年になってようやく自分に足りないものが見えてきた気がした。
影男に、これから俺は変わるんだと言ってやりたかった。
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