第50話 爆発

「ところで兄貴、俺たち今どこに向かって走っているのかわかってるんすか」

「うるせえ、知るかそんなもん。それよりもこの格好で走りながら日本語を喋るんじゃねえよ。連中がいたらバレちまうだろが」

「2人とも静かにして下さい」柏木が立ち止まって言った。

 慌てて足を止めた三富がバキッと枯れ枝を踏みつける。

 柏木が2人の会話を遮ったのは、銃声を聞きつけたからだ。

 揃って銃声がする方角を見ると白い光がボンヤリと広がり、上空のぶ厚い雲にまで達している。距離はそんなに離れていない。

「どうやら始まったらしいな」

「さっきの交戦といい、あの銃声といい、まるで俺たちの動きがわかってるみたいっすね」

 三富が言うと無条件で否定したくなるが、それに柏木が同調した。

「それは私も思っていましたがここはもう連中のテリトリーですから、何が起こっても不思議ではないと思っといた方がいいでしょう」

 だから2人とも不用意に日本語を話すのは止めましょうと、柏木は付け加えた。

「あっ兄貴、あれを見て下さい」

 三富が指さした方角は銃声がする方角とは反対方向だった。振り返った三野は目を瞠る。50メートルほど離れた小高い丘の上に黒装束のゲリラ兵が集まっている。それだけじゃない巨大な砲塔が、銃声の鳴り響いている方角に向ているではないか。

「奴ら、戦車まで持ってやがる」

 銃声は増して行く一方だった。

 戦車側にいるゲリラ兵が多連装ロケットランチャーまで構えだしている。

「あれは野放しにしておけねえな。柏木さんはここで待っていてくれ。三富は俺と一緒に行けるな」

 三野はそう言って走りかけるが三富の返事がない。

「三富どうした行くぞ」

 見ると三富はNGSWを両手で抱きしめていた。膝が小刻みに震えているのもわかる。

「お前、この期に及んで怖気づいたのか」

 三富はブルブルと顔を左右に振った。

「違うんすよ兄貴、俺、決してビビってなんかないんです。だけど身体が言うことを利かないんです」

 三野は溜息を吐いた。

「情けねえな、じゃあここで待ってろ。柏木さんを頼んだぞ。いいな」

「兄貴、無理はしねえで下さい」

「馬鹿野郎、大きなお世話だ」

 三野は2人を残して走り出した。走りながら手榴弾を手にして丘に駆け上がって行く。ある程度登ったところで銃声が続いている方角を見ると折賀瀬の車両部隊が見える。

 ゲリラ兵がロケットランチャーを撃ち出した。立ち止まって砲弾の行方を追うと、それは見事にワゴン車に命中し爆発炎上がおこる。

 ゲリラ兵どもが歓声を上げた。

 バスはまだ無傷だが折賀瀬のワゴン車は次々に被弾し大破して行った。

 炎を巻き上げ横倒しになったワゴン車の下敷きになっている若い衆の姿が投光器に照射されハッキリと三野の目に映る。

 頭に血が登った。にも拘らず頭の芯は冷え切っている。冷酷な怒りが三野を突き動かした。

 快哉を上げるゲリラ兵たちを尻目に戦車の後ろに回り込んだ。そして砲塔によじ登ってコクピットのふたを開けてそこに手榴弾を放り込むつもりだったが、この戦車が既に現役を退いた過去の遺物だということが判明する。

「はったりかよ、ふざけやがって」

 その間にもランチャーの攻撃は続いていた。

 三野はありったけの手榴弾を次々と放り投げ、戦車の後ろに身を隠した。

 投げ込んだ分の爆発が起きた後にNGSWを構え警戒しながら前に出て行く。

 不意に肩を掴まれて何やら喚き散らされた。三野も同じ格好をしているので仲間だと思われているのだ。

 「まだ生き残りがいたか」

 三野はおもむろにNGSWで容赦なく最後の1人を撃ち殺した。

 そのつもりだった。しかし静寂が訪れることはなかった。間髪入れず数台のジープが駆け付けてくると三野はあっと言う間にゲリラ兵士に取り囲まれてしまう。

 さっさと離脱するべきだったのだ。この場で爆破を仕掛けた犯人がここにいる三野だということは、なぜかもう判っているようだった。

 三野を取り囲むゲリラ兵士は小銃を構えてしきりに何か話しかけてくるのだが、理解できない三野は肩を竦めて訳がわからないとアピールをする。その彼らの言葉の中にジャパニーズというフレーズが確かに聞き取れた。

「どうして俺のことが日本人だと判るんだよ」

 三野の日本語をゲリラ兵士たちが理解するはずもなかった。

 三野はNGSWを捨ててゆっくりと両手を挙げる。

 正面の黒装束の肩越しに、交戦中の折賀瀬組の一団が見えた。

 何をしている。細川、内山。こっちはロケットランチャーを片付けてやったんだぞ。今がチャンスだ。

 しかし三野の願いを裏切るかのように、次々と駆け付けてくるゲリラ兵士が再びロケットランチャーを構えだしている。さっきよりも数が多い。

 三野の脳裏に、柏木と三富の安否が過る。

「すまん2人とも、俺はここで終わりだ」

 胸には最後の手榴弾がぶら下げてある。取るだけでピンが外れるようにしてあった。この場で自分は射殺されるかも知れない。しかしその時はここにいる奴らを道連れにするつもりだ。

 三野が捨て身の覚悟を決めたときだった。

 ロケットランチャーが暴発しその場で炎上し黒煙を上げる。すくなくとも三野にはそう見えた。しかもそれは一発では終わらなかった。次々と爆発が繰り返される。

 戦車側は忽ち炎と黒煙に包まれて行く。

 三野は咄嗟に胸の手榴弾に手を伸ばそうとしたが、それよりも早く脳天に衝撃が走る。膝の力が抜けて腰が砕けた。そのまま身体が前のめりに倒れ込んで行く。しかしそれさえも何かに遮られた。

 巨大なコッペパンに掬い上げらたような気が刹那の意識に割り込んできた。

 身体の全体が綿雲に沈み込むような何とも心地のいい感触に溺れかけた。しかし次の瞬間柔らかなはずの水面を叩きつけると突如、敵意を剥き出しにしたかのように激しい反発を向けてくるような自然界の逆鱗に触れた三野は、光のない暗闇の空間に投げ出された。

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