第49話 交戦

 日本のヤクザ者は、過激派武装ゲリラには歯が立たないのではないか、と言う柏木の懸念は折賀瀬組に限っては杞憂に過ぎない。それが証明された気分だった。ゲリラ兵士を一掃した今の自分の動きでさえも、些か無謀だったきらいがあるが柏木の懸念に起因する反発が原動力になっていたのは否めない。

 三野は倒れたゲリラ兵士から身ぐるみを剥いだ。頭までスッポリと覆い隠していた黒装束は一本の長い帯になっていた。黒い長袖のアンダーシャツを着ていなければ腕は肩から剥き出しになる。今の戦闘で地肌を剥き出しにして肩のタトゥーを覗かせていた者も何人かいた。下は黒いカーゴパンツに鉄板入りの編み上げのブーツを履いている。駆け付けた折賀瀬の若いのに手伝わせて3人分の黒装束を搔き集めるとワゴン車に運び込ませ、待っていた柏木や三富と共に急いで着替えをする。

 細川と内山は走行不能になったワゴン車のドアや後部扉を分解して、バスの運転手を守るための装甲にさせていた。

 作業が一段落した細川が三野のもとにやって来て言った。

「若頭、ワシらは敵の本丸を占領するつもりで行きますけ」

「占領するのはいいがうまく立ち回らないとロケットランチャーの標的になるぞ」

 三野は今の銃撃戦の最中、ゲリラ兵士がロケットランチャーを放とうとしていたことを話して聞かせた。

「なるほど、頭に入れておきます」

 細川はそれだけ言い残してバスに戻って行った。やがて改めて準備を整えた車両の隊列はグティエレの中心地に向かって静かに動き出した。

 辺りの景観はうす闇に沈みつつある。紫に色ずいたぶ厚い雲がそこにあるはずの星空を覆い隠していた。


 細川と内山が指揮する折賀瀬組の一団は、市街の中心に向かっている大きな通りへと入って行った。

 三野のワゴン車は途中まで一緒だったが、いつの間にかいなくなっている。

 街中は不気味に静まり返っていて、明かりが点いている建物は見当たらない。車のライトだけがこの世界の明かりになろうとしていた。

 それでもこの静けさは額面通りに受け取ることはできない。つい数十分前にあれだけの交戦が起こったのだ。しかも奴らは撃退されている。難を逃れたゲリラ兵士の報告によって今頃てんやわんやの騒ぎになっているに違いない。

 細川は息を呑む。

 光の届かない暗闇の奥で何かが蠢いているよに見えるのは、現実なのか自分の疑心からなのか判らなくなる。その思いが運転手に伝播したのか、バスの進行速度が落ちた。それを見透かしたかのように内山のバスが左側から前に出ようと速度を上げて行く。


”どうした細川、ビビってんじゃねえだろうな”

 武闘派宣言をかました昨日あたりから内山が妙に馴れ馴れしい態度になっていた。まさか5分の兄弟分にでもなったつもりか。なぜかいちいち癇に障る。

”馬鹿野郎、用心してんだよ”

 増々、内山を勘違いさせるような台詞を吐いた自分にも腹が立ってくる。向こうは気分が良さそうだが、こっちは一方的にストレスが溜まる関係なのだ。単細胞の直情型には早く死んでもらった方がいいと本気で思う。

”おい、お前みてえのが一番先に撃たれるんだよ。後ろに下がっとけ”

 取り敢えずは忠告した。しかし内山のバスは言うことを聞く気配がない。戦闘のことなら何もかも自分の方が上だとでも思っているのだろう。

 内山のバスに釣られて、こっちの運転手が慌ててアクセルを踏んだ。

「アホかお前は、あんなの先に行かせときゃいいんじゃ」

 細川はドライバーの頭をひっぱたいた。

 その直後だった。

 左斜め前方がまるで暗幕を開けて外の光を取り込んだかのように眩しい光が照射された。それと同時に銃撃が始まる。窓ガラスが前方から順に弾けて行く。

 とにかく屈んで身を隠しながら闇雲に応戦するしかなかった。左側からということは、内山のバスが矢面に立たされている。

「言わんこっちゃねえ。スピードを落とすなこのまま進め。とにかく光に向かって撃て」

 折賀瀬組を闇から浮かび上がらせる投光器は、通り過ぎても次から次へと左前方から照射される。そのお陰で前を走る内山のバスもハッキリと見える。


”おい内山っ、焦って突っ込むなよ”

 

 いけ好かない野郎でもここで死なれては困る。細川はここに来て初めて、互いが張り合うことで直面している恐怖から目を背けていたことに気が付いたのだ。


”内山っ、死ぬんじゃねえぞ。この馬鹿野郎が”


「三富、車を止めろ」

 ワゴン車が止まると三野はスライドドアを開いて耳を澄ませる。静かな暗闇の彼方で微かに銃撃音が聞こえてくる。時にリズミカルなそれは、まるで祭囃子のようにも聞こえてくる。

「ここからは車なしで行こう、2人とも武器を持てるだけ持つんだ」

 黒ずくめに銃弾を身体に巻いた三富は、ランボーのなった気分だと喜んでいる。

「柏木さんは、奴らの言葉を話せますか」

 黒い帯で頭部の大半を覆っていても顔色に緊張が走るのがわかる。柏木は挑むような目付きで頷いた。

「まずは連中の一人を捕まえて人質がどこに監禁されているのか聞き出しましょう」

 ワゴン車を捨てた3人は闇の中へ向かって走り出した。

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