第47話 第一人者

「現状を再確認する」三野が言った。

 ダルフールの手前5㎞地点で駐留している折賀瀬組はこの時点で大型バス2台、ワゴン車20台を擁していた。しかしこのうち1台のワゴン車は4名を乗せてダルフールの偵察に出てたが3時間経った今も戻ってきていない。

「偵察に出た4人を抜いて、総勢46名として武器は全員持っているな」

「武器は他にも余るほどバスに積んであります。手榴弾もひとり5個はあるし、それ以外にも食料や水も十分にあります」

 細川が応えると内山が横から押しのけるように前に出てきて「不足しているのは情報だけですわ」と言った。

 若干不貞腐れているようにも聞こえるのは、偵察を出そうと最初に進言したのが、他でもない内山だったからに違いない。

「てめえで下手打っといて、不貞腐れてれんじゃねえぞ」

 内山が細川を睨み付ける。

「細川やめとけ、偵察に出た人間がやられたとまだ決まったわけじゃない。それに内山が言い出さなければ、俺が誰かに偵察に行かせていたところだ」

 2人はしばらく睨み合っていたが、渋々と視線を外した。

「でもよ」三野が続ける。「偵察に行かせた4人がやられたのだとしたらダルフールってところは部外者の侵入にはかなり警戒しているってことだ。しかも発見次第容赦なく攻撃を仕掛けてくる。そうなると、ちゃっかり忍び込んでゲリラ戦に持ち込むなんて都合のいい作戦は通用しないだろう」

「じゃあどうするんですか」

 内山がそう言うと三野はダルフールの地図を広げ市街地を差し示す。

「これは何て言うんだっけな、グ、グテ…グテレってのか、ここに武装ゲリラのアジトがあるらしい。広さにしたら東京ドーム10個分の広さとか言ってたな、これが広いのかどうかピンと来ねえけどよ、グテレが丸ごと連中の城だと考えた方がいいだろう」

「こうなったら作戦もくそもねえ、正面からカチコミを仕掛けるしかねえだろ」

 内山が腕まくりをして鼻息を荒くするのを、細川が冷ややかに見詰める。

「お前、カチコミなんかしたことあるのか」

「あるわけねえだろ、だから興奮するんじゃねえか、そういうお前さんはどうなんだビビってんじゃねえだろうな」

「アホ抜かせ、お前とは違うんだよ」

 外の景色を見遣ると車外に出ている者は皆無だった。ドライバー以外の者は車窓からNGSWの長い銃口を突き出している。来る途中で全滅の憂き目にあった連合組織の惨状を見た後なのだ、誰もが警戒を切らさないのは無理もない。

「カチコミって言ったって、奴らの本丸がどこにあるのか分からねえんだ、闇雲に突っ込んでも意味がねえ、ここは二手に分かれた方がいいと思いますが」細川が言った。

「細川と内山で二手に分かれるってことか」三野が言った。

「いや俺と内山は状況次第で判断するとして別行動をとってもらうのは若頭の方です」細川の意図が読めない内山は眉を吊り上げる。

「別に若頭を1人にしようってわけじゃない。好きなだけ若いのを連れて行ってもらって構わない。ただ俺と内山は暴れまくって囮になりますよ」ようやく意図が呑み込めた内山が付け加える。

「俺たちが囮になっている間に若頭に人質を救出してもらう作戦か」

 内山が初めて細川に同調を示した。少しは見直したと言いたそうだ。

「でもよ細川、奴ら連合の150人を簡単に皆殺しにしたかも知れねえ連中だぞ、若頭が何人連れて行くかわからんが半分だとしてその人数で戦う覚悟は出来てるんだろうな」

 細川が鋭い目つきで内山を睨む。

「覚悟してもらうのは武装ゲリラの方だ。若頭がグズグズしてたら俺たちの方がゲリラどもを皆殺しにして先に人質に辿り着いちまうかも知れねえ」細川は三野に挑むような視線を向ける。

 細川がここに来て方針にまで口を突っ込んで来たのに三野は目を丸くした。内山は自分の発言を逆手に取られて恰好を付けられたことに鼻白んで抵抗する。

「お前の所の組は武闘派じゃねえだろ、こんな所で武勇伝こしらえても仕方ねえのによ」

 細川は馬鹿にものを教えるような態度で内山に対応する。

「こんなところだから武勇伝を作っておくんじゃねえか、ここで何十人殺しても日本に帰れば無罪放免なんだぞ、それがヤクザとしてどれだけ価値のあることか考えてみろ」

 内山は細川の言葉を真に受けて、頭の中で大阪のミナミを闊歩している自分を想像する。

「それがどうした」

 内山の真顔を見て細川は溜め息を吐いた。

「鈍い奴だな、いいかお前の所の組は折賀瀬きっての武闘派だってことは認めるよ。だけどよその武闘派っていう組のブランド価値を作ったのは誰だ」

 これに内山は即答した。それは戦後、折賀瀬組が日本最大の暴力団組織へと伸し上がっていく中で幾度となく繰り返された多くの抗争事件で中心的な役割を果たし、今もその名前が組の名前として残っている人物の名前だった。その組の人間でなければ折賀瀬にあらずとまで言われた時期もあったくらいで、現在の傘下組織でも内山が所属するその組の出身者が多い。しかしそれはもう昔の話である。

「今のお前の所に、本当の武闘派が何人いる」と言う細川の問いに内山は閉口してしまう。

 やがて視線が宙に浮きだした内山は顔色を変えた。

「てめぇ結局は俺のことをバカにしてんだろ、あぁ」

 坊主頭を掻きむしり今にも掴みかからん勢いの内山に、細川は怯むことなく至って冷静に教え諭す。

「いいか、内山。俺が言いたいのはな、もはや武闘派の人間がいないのはお前の所だけじゃねえ。今の日本にある組織で武闘派の人間なんて一人いやしねえんだよ」

「そんなことはねえだろ、抗争で殺しをやる奴はいくらでもいるじゃねえか」

 細川はかぶりを振る。

「やった奴らは今、娑婆にいるのか。みんな塀の中だろ。昔はヒットマンになって刑務所に入って出てきたら大幹部だったが、今は違う。相手がヤクザだとしても殺しとなれば無期か死刑だ。時代がもう違うんだよ。それなのに昔と同じやり方でケンカしているからうちの内部抗争もダラダラいつまでも終わらねえんだ」

 俺の言っていることが分かるかと細川は内山の顔を覗き込むが内山はじっとして何も答えない。細川は先を続ける。

「なにも俺は折賀瀬の人間がもう腰抜けって言っているわけじゃねえ、年々改正されて厳しくなっていく暴対法や暴排条例が俺たちを骨抜きにしているんだ。このまま行けば武闘派どころか日本からヤクザがいなくなるところだったんだぞ。このプログラムのお陰てどうやら俺たちヤクザは存続できそうだが、武闘派なんかもう生まれねえ」

 細川は同意を求めるように内山を見遣る。そして三野を窺うようにして覗き見た。それからさらに続ける。

「だけどよ、本来は武闘派だからこそヤクザなんじゃねえのか、圧倒的な暴力を背景にしているからこそ俺たちはヤクザとして成り立っている部分もあるんだ。ところがヤクザが暴力を使えねえ時代がもう来ている。おまけに堅気までそれに気付き始めている。要するに俺たちヤクザ者に堅気がビビらなくなってるんだ」

 内山はそんなの大袈裟に考えすぎだ、とでも言いたそうな顔をしているが、ここまで風呂敷を広げられるとそれに対抗する語彙もそれを上手に構築する術もなく黙っているしかなかった。

「ところがだ、この国で過激派武装グループを相手に戦争を仕掛けてゲリラを何十人も殺して日本に帰ってみろよ、武闘派どころの騒ぎじゃねえ、生ける伝説になるぞ。俺たちはかつての折賀瀬の武闘派と呼ばれた男たちを凌駕した存在になれるんだ」

 ここまで説明しても内山は眉間に皺を寄せていた。細川はじれったくなる。

「1人で何十人も殺した実績を持っている人間がいる組と喧嘩しようなんて組織はいねえだろって言ってんだよ。だからこれはチャンスなんだ」

「チャンスだって」

 三野が話を継いだ。

「ヤクザの第一人者になれてよ、しかも娑婆にそのまま残れるチャンスってことだ」

「若頭は待ってくださいよ。あんたは上に登れるレールが敷かれているんだ。ここは大人しく人質救出に向かってもらわないと困る」

 それはそうだと内山も細川に同調する。

「ああ解かった。本当にそれでいいなら俺は柏木と三富の2人を連れて行くがそれでいいか」

 内山と細川はそれに対しての反論はしなかった。

「そうと決まれば早いところ出発しよう。ここから俺の車は最後尾に回る」

 細川のバスから降りた三野と内山はそれぞれの車両に戻る。

「若頭っ」三野の背中を内山が呼び止めた。

「さっきワシらはヤクザの第一人者になれるチャンスって言ってましたけど、細川がそれになったらワシは第二人者ってことですかね」

 三野はどうにか笑いを堪えて言った。


「その時は俺が第三人者だな」

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