第46話 イルンガ族②
折賀瀬組と武装ゲリラが戦ったらどっちが勝つのか。些か突飛な問い掛けだったが、イルガ・マカブは丁寧に返答した。
「仮に折賀瀬組がハギギファミリーとやったらどっちが勝つのか、と言っています。因みにハギギファミリーはイルンガ族を抜いた俺たち20人ということです」
ハギギが日本にいた頃の折賀瀬組は長い跡目争いから脱却し尤も隆盛を極めていた時期だった。当時の折賀瀬組の勢いがどれほどのものか当時20歳前後のハギギでもそれを肌で感じていた。それを受け継いだ次世代の折賀瀬組50人に対してハギギファミリーは20人。しかしそれでも、
「これは強がりでも何でもないが、俺たちに負ける要素はひとつもない」
自信が溢れるハギギの反応に、イルガ・マカブは通訳がなくても理解して反応する。
「ならば日本のヤクザに勝ち目がないのは当然だろうと言っています」マカブは続けている。コバレフが驚きを示しながら通訳する。
「イルガがバルデスを叩くことに賛同したのは、俺たちハギギファミリーが加わったのが決め手です。イルンガ族だけだったら勝つのがどちらか判らなかったと言っています」
「バルデスの率いる武装ゲリラはイルンガ族と互角以上だってことか」
「武装ゲリラの数が200人は下らないとして、イルンガ族が80、俺たちの20を合わせて100。しかし問題は数もさることながら奴らが持っている武器にもあると言っています。地対地ミサイルまで持っているらしいです」
実はそれこそがハギギらが欲しているものでもある。
離れたところで男たちの歓声が上がった。
ビボルがイルンガ族の若者を相手に相撲で善戦しているらしい。自尊心の欠片も見せていなかったイルンガ族の若い戦士は、少年のような目をして戦う相手に敬意まで覚えているかのようだ。実際の戦闘中にはあり得ない感情の発露が若者たちに宿っている。
こうしている間に先進国の大衆文化がイルンガ族の若者をスポイルして行く。そう思えて仕方がない。そうだとしたらバルデスの率いる武装ゲリラに勝てると見込んだ今の自分たちの戦力は刻一刻と目減りしていることになる。
イルガ・マカブもそれが判っているから、さぞ歯痒いに違いない。
「イルガ聞いてくれ。この戦いが終わったら俺たちはフランスに帰ろうと思っている。そうなると当然イルンガ族は連れて行くことは出来ない。それだけは了解しておいてくれ」
ハギギの申し出にイルガは声を詰まらせた。
このまま袂を一緒にしていてはイルンガ族は早晩、戦闘部族としての尊厳を失ってしまうだろう。自分たちの都合でイルンガ族を巻き込んでしまったが、生涯を共にするわけに行かない以上、それを食い止めるためのフランス行きが最善の答えだという思いを込めてハギギはイルガを見詰め頷いて見せる。
イルガは挑むような目付きでハギギを睨み返したが、最後には穏やかな表情になって小さく首肯した。
「よし、方針を変更する。折賀瀬組のあとを追う。奴らの目的も俺たちと一緒なら共闘してバルデスを打つぞ。出発だ」
折賀瀬組が少しでも武装ゲリラを消耗させてくれればいいと考えていたが、それを静観している間にも、こちらの戦力が目減りするのなら折賀瀬組を戦力に加えてしまう方が増しだと考えたのだ。
充電が完了したタブレットの画面を見ると折賀瀬組のマーカーはグティエレから5㎞ほど手前の地点で留まっている。連合組織が先に偵察にだしたという3つのマーカーは既に消え去っていた。
「矢島、お前の仲間はもう消えちまったぞ」
見ると矢島も腕相撲に参加しているようだ。矢島は息を切らせて所在なげにひとつ頷いた。
しばらくしてイルガが一声叫ぶと穏やかだった空気は一変する。イルンガ族の戦士は本来の相貌を取り戻してキビキビと動き始めた。
「イルガたちにはやってもらいたいことがある」
ハギギはイルンガ族に別の指示を出した。
「俺たちは先にグティエレに向かって日本のヤクザを仲間に加える」
ハギギの指示にアルセンやケルも素早く反応し5分と経たないうちに、ハギギとイルンガ族は別々の方角に向かって出発した。
灼熱の陽射しは、まだ高い所から降り注いでいた。しかし戦闘開始は、体力を奪う昼間は避けた方がいいとハギギは考えている。
「ボス」コバレフが怪訝な表情で言った。「フランスに戻るって本気で言っているのか」
「いいや、ああでも言わねえとイルガはどこまでもついて来ようとするだろ」
それがイルンガ族のためだとハギギは言わない。
「イルンガ族の戦闘力は破格だけどよ、俺たちはいつまでも南スーダンに居座っているわけにはいかないだろう。グティエレの戦闘を利用して俺たちは世界に名前を売る」
「世界に名を売るだって」
「そうだ傭兵集団としてな、そうしたら世界の紛争地から依頼が来るようになる。その以来の中にはきっとISIだって加わっているはずだ」
ハギギは無表情で前方を凝視している。声も低くバスの走行音や他の仲間たちの喧騒でコバレフは耳を側立てないと聞き取れないほどだった。
コバレフは留飲を下げた納得顔で、その場を離れて行く。そして片言の英語しか話せない矢島をいじるアルセンたちの輪の中に入って行った。爆笑が一段と大きくなった。
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