第44話 捕虜矢島

 いきなり自分の素性をヤクザだと言い当てられた男は無言で頷いた。そして当たりの惨状を見回すと、ブルブルと震えながら膝で這い寄って行ってハギギの片足に両手を添えて命乞いをした。

「何でもします。何でもしますから、どうか助けてください。お願いします。殺さないでください。何でもします……」

 爆笑していた仲間たちやイルンガ族は、すっかり興覚めして自分のやるべきことに戻って行く。

 ハギギは奪ったばかりの大型バスへこの男を連れて行った。

「ボス、こいつらの所持していた武器は全部本物だ。このバスに積んである手榴弾や大量の弾薬も何もかもだ」

 ビボルはハギギにそう報告すると外に出て行った。通訳を兼ねるコバレフと一緒にイルガ・マカブを迎えに行くためだ。

 日本のヤクザ集団はほとんどが殺されていた。まだ息のある者も何人かいるが手当てをしたとしても絶望的な状況に違いない。唯一無傷で死んだふりをしていた男は矢島と言った。矢島はバスの奥座席に座らされた。日本語を話せるハギギが直接尋問に当たる。

「お前ら一体何をしに、どうやってこの国に来た」

 矢島は上目遣いにハギギを覗き見する。両膝を掴んでいる手の甲に汗が滴り落ちた。その異常な汗の量は、正面に座るハギギの両脇でアルセンとケルが、ガムを噛みながら平然とした顔でM16ライフルの銃口を矢島の顔に突き付けているからに違いない。

「お、お、俺たちはこの国で武装ゲリラに拉致された日本人とアメリカ人を助けに来たんです」

 矢島の言葉には、この場を適当に誤魔化そうとする余裕はなさそうに見える。嘘は死んだふりがばれて懲りたようだ。

「拉致された日本人は、お前らの知り合いか」

 疑問は噴出するばかりだが、ひとつずつ丁寧に聞いて行くことにする。矢島はかぶりを振って否定した。

「いえ知り合いでも何でもありません」

「ならその人質救出を誰かに頼まれたんだな」

 矢島は何度も首を縦に振るが言葉が出てこない。すかさずアルセンが眉を怒らせてわざとらしくM16を構え直した。

「い、いえ違うんです。隠し事をしようとは思ってません。ただ…」

「ただ、なんだ言ってみろ」

「なんて言っていいか、刑務所っていうか、日本政府っていうか」

 矢島は自分が辿ってきた経緯を最初から順を追って話して聞かせた。途中バスの中に入ってきたイルガ・マカブを見て失神しそうなほど驚いたが、何とか堪えて全てを包み隠さずに語ることができた。ハギギはその都度、英語で通訳をしコバレフはそれをイルガに通訳をして聞かせた。

「俺は、かつて日本に10年ほど住んでいたことがある。だからこそお前の話は俄かに信じ難いところがあるが、お前たちがこの国にいるという事実を、他に説明できない以上は信じるしかなさそうだな」

「日本に10年て、どこに住んでいたんですか」矢島は言った。

 この状況で逆に質問をするとはずいぶんと神経の図太い奴だ。他の連中が全く日本語を知らないというのもあるのかも知れない。

「東京の中野だ。お前は極新会なんだろ、なら新宿にでもいたのか」

 矢島は目を見開いた。

 聞いてみれば矢島の出身は東京の四谷だという。年齢もハギギとそう変わらないところ見ると、もっと話せば共通の知り合いがいてもおかしくはなかった。不意に少年院で出会った仲間のことが頭を過る。

「ところで俺は、これからどうなるんでしょうか」

 矢島はおずおずと尋ねるが、その顔に切迫したものは感じられない。それどころか瞳の輝きは生き残れる希望に満ちてさえいる。矢島はハギギがこの集団の中で一番強い権限を持っていると既に理解しているのだ。加えてその男が間接的にも知り合いの可能性があるとなれば、死への危機感はうすれようというものだ。

「お前はまだ利用価値がありそうだ。だからその間は生かしといてやる。但し下手なことしたらすぐに殺すからな」

 ハギギはそれをすぐに英訳すると、アルセンとケルは銃口を下げた。執行猶予が付いた矢島は両肩の力を抜いた。

「それからひとつ教えといてやる。お前が今言った話が本当なら僑栄会と劉聖会はもう全滅しているぞ」

「ど、どうしてそれが判るんですか」矢島が信じられないという顔をする。

「これを見ろ」

 ハギギは例のタブレットの画面を見せる。液晶画面には地図が表示されていて、無数のマーカーが点滅をしながら微妙に移動している。その移動する先には少数の同じマーカーが映っている。ハギギが少数のマーカーを指で差した。

「この少ないのがお前たちだ。このマーカーはお前たちが腕に嵌めている通信機が発信しているビーコンだ。因みにこの地図は国連のサーバーに入り込んで開いている。国連はお前たちがどう動いているかちゃんと監視しているんだ。それからその通信機は生体情報も発信している」

「って言うことは」矢島は初めて自分たちの置かれている立場に考えが及び始めていた。

「死ねばわかるってことだ。俺はお前たちがこの国にやって来るずっと以前から、こうして国連のサーバーをウオッチしてきた。この地図は数日前から運用されているものだ」

 コバレフが後ろからやって来て缶ビールをハギギに手渡した。ハギギはそれを矢島に放ってやる。ハギギはまだ受刑者の身でもある矢島が数年ぶりの酒だということを知っている。その矢島が喜びを押し隠して恐縮している姿に好感を持った。

「じゃあ俺たちだけじゃなくて、後から出発した奴らの動向も見ていたんですか」

 ハギギはそうだと答えると缶ビールのプルトップを引いて口を付ける。

「お前たちの後ろから三つの集団がそれぞれ時間をずらせて別々に出発した。しかし結局は一番最後に出発した集団が先発した集団に次々と追いついて行って先発のマーカーを消して行った。それが多分お前が言っている折賀瀬組だろう」

 僑栄会と劉聖会は合流することなく折賀瀬組にやられてしまったのだ。

「折賀瀬組の連中は、お前たちとは違って少しは骨がありそうだな」

「俺たちと同じように折賀瀬を叩くんですか」と矢島が言った。

「俺たちに害がなければどうこうするつもりはねえ。それに俺たちもグティエレの武装グループを潰しに行く途中だ。目的が一緒なら尚更叩く必要がねえ」

「なら折賀瀬と協力してやったらどうですか」矢島の提言にハギギはかぶりを振る。

「敵の敵は味方って言うが、まあ先に行かせてお手並み拝見といこうじゃないか」

 たった今、骨がありそうだといったばかりなのに何もしないのかと言いたそうな矢島の顔にハギギは答えもせずにバスから降りて行った。

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