第43話 壊滅

「ウホホーーーーッ、一発だぜっ」

 アルセンが雄叫びを挙げて右腕でガッツポーズを決める。左腕には肩に担いだ多連装のロケットランチャーを支えている。

「見たか兄貴、あのでけぇバスが宙返りしたぜ」

 興奮するアルセンにタブレット端末から顔を上げたハギギが言う。

「バスはこれ以上狙うなよ、残りの2台は頂くんだからな。他のワゴンもだ」

 喜色満面のアルセンが口をすぼめて肩を落とした。

 ハギギがアルセンの肩を掴む。

「逃げようとしてるワゴン車を邪魔してやれ」

 気を取り直したアルセンはランチャーを担ぎ直した。傍らのコバレフは直情型のアルセンとは違い双眼鏡を覗き込んでこの岩場から300m先の現場を冷静に観察している。

「コバレフ、イルガの方はどうだ」

「どうしたもこうしたもねえよ。奴らの持ってるライフルはもしかしたら偽物かも知れねえぞ。どいつもこいつも放り投げて逃げまどっている」

 双眼鏡を手渡されたハギギはレンズを覗き込んだ。

 黒煙を上げるバスを中心にして逃げまどう男たちの姿が映る。追いまわしているのはもちろん、イルンガ族とハギギの仲間たちだ。

 逃げまどう連中は次々に仕留められていく。

「確かにあの身なりに、あのライフルは不釣り合いだ。どれも最新式だ。でもこんなところで偽物を持つ意味がないだろう。奴らは一体何者なんだ」

 そこら中に放り捨てられているライフルは、偽物には見えなかった。

「案外、映画の撮影とかだったりしてな」とコバレフが言った。

「それにしてはこいつら、最初は応戦する構えを見せたんだぞ、それに撮影だとしてどこにカメラがある」

 コバレフに双眼鏡を返したハギギは、再びタブレットを覗き込んだ。

「イルガ族の奴らが邪魔でランチャーが撃てねえ」アルセンがぼやいた。

「それにイルガ族の奴ら槍を使いだしたぜ、まるで狩りだな。えげつねえ。それにしても人数だけは多いな楽に100人以上はいるぜ」

「アルセン、コバレフもういいだろ俺たちも行こう。このまま黙っていたら皆殺しにされちまう、1人でも生け捕りにしてこいつらの素性を聞き出さないと」

「どこかに出掛けて行った3人がいるじゃねえか、そいつらを捕まえればいいんじゃないか」

 アルセンの指摘には、答えずハギギはタブレット端末を操作している。画面上に新たに現れた地図上に3つのマーカーが点滅しながら移動している。

「あの3人はダルフールのグティエレに向かっている」

「マジかよこいつらグティエレがどんなところか知ってるのか」

 自爆テロというキーワードがハギギの脳裡を過るが、銃を捨てて逃げまどう連中がそれを実行できるとは到底思えない。

「こいつらはこうして国連の情報部に逐一、サーチされている。国連と何らかの関係があることは間違いない」

 そしてダルフールのグティエレを拠点にしている武装ゲリラが人質を取って国連に犯行声明を送り付けているのだ。知らないわけがない。だがグティエレがどれだけ危険な地域かまるで知らないようだ。

 アルセンがジープのエンジンを掛けた。ランチャーは既に積み込んである。コバレフもハギギも乗り込んだ。

「あの3人のことは考えないでいい。あの現場で1人でもいいから生け捕りにするぞ。急げアルセン」

 ジープは後輪を空転させながら、黒煙が上がる方へと疾駆し始めた。


 現場はひどい有様だった。惨状と言っていい。ほとんどの者がうつ伏せに倒れこんで絶命している。逃げ惑っているところを背後から襲われた証拠だった。

 黒煙を上げ続けるバスは再起不能だが、いただくつもりの他の2台は無事のようだ。

「おい誰かバスを移動させとけ」

 ハギギの指示にケルとビボルが動いた。

 バスの移動を見届けたハギギはその下から姿が露わになった男と束の間、視線が交錯した。距離にして15メートル。その間をイルガ族の何人かが通り過ぎるとその男はハギギの視界から消えた。いや地面に顔を突っ伏して倒れていた。

 死んだふりでもしているのだろう。それにしては見ていられないほどヘタクソな死んだふりだ。焼けただれたバスの側には、爆発したバスの破片を食らって倒れている者や逃げ遅れて銃で撃たれた者、イルガ族の槍の的になって倒れている者がそこら中にいるのだ。まさに地獄絵図のような現場のほぼ中央で無傷の死んだふりは通用しない。ひどく滑稽に映る。

 おもむろに近付いて行ったハギギは屈みこむと死体を演じている男の頭を覆っているターバンを鷲掴みにした。頭髪ごと掴んで頭を起こそうとしたのだが男が坊主だったためにターバンだけがズルリと外れた。

 露出した男の頭部は、この国ではいやアフリカ大陸では、有り得ない頭皮の色をしていた。青白いのだ。よく見れば鼻梁や頬はよく日に焼けているが、うなじから首筋にかけては頭皮の青白さがそのまま続いている。

 ハギギは目を見開いた。

 青白い地肌にのった青黒の渦巻くような色彩が襟首から覗いている。右手の小指が欠損しているのも見て取れた。

 肩を掴んで仰向けにする。それでも男は死んだふりを続けている。首筋の動脈が規則正しく鼓動していた。ハギギは拾い上げたNGSWの銃床を男の眉間に多少の力をこめてガツンと叩きつけた。

「ギャア」

 男がたまらず目を開けて両手で額を押さえて、たじろいだ。

 ハギギと男の様子を遠巻きにして眺めていた仲間たちが指を差して爆笑する。イルガ族の連中も笑っている。が死んだふりがばれた男の方は必死だ。額をゴシゴシとこするとわき目もふらずハギギに向かって土下座を敢行する。

「ソーリー、ソーリー、アイムソーリー」

 稚拙な英語表現にまたもや爆笑が起こる。ハギギも笑わずにはいられなかった。

「どうして日本人がこんな所で、こんな恰好をしている」

 突然の日本語に男は信じられないという顔を上げた。

「しかもお前、ヤクザ者じゃねえか」

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