第42話 青木

 戸高と鬼塚に退くことを促した若い衆は、極新会の末端の組員で青木という男だった。

 青木は腹ばいになってNGSWのスコープから、こちらに向かって来る一団を覗き込んでいる。自分の進言で2人を下がらせた。ここで手柄に値する働きをすれば強い印象を与えることができる。青木は戸高が極新会の執行部のメンバーだということを知っていた。そしていよいよ迫ってきた一団の大型車にスコープを向ける。


”いいかよく聞け、相手が折賀瀬かどうか見極めを間違えるな。撃つときは弾丸の無駄遣いもするなよ、できるだけ引き寄せてから撃て”


 戸高の声が通信機から響いたとき青木は眉間に皺を刻んでいた。そして通信機のボタンを押しながら言った。

「お、折賀瀬でも、僑栄会や劉聖会でもありません」

 向かって来る車両の一団に大型バスやワゴン車は一台もない。しかも運転しているのは黒人や白人で日本人は一人もいない。

 通信機から戸高の喚き声が響く。音が割れて何を言っているのか判らなかった。それでも答えは攻撃命令しかないはずだ。青木はNGSWのトリガーに指を掛ける。

 その刹那、後方で爆発が起きた。凄まじい爆風が青木の背中を襲う。まるで太陽が落ちてきたかのように背中が熱い。後ろを振り返ると眼球や鼻孔の粘膜が火傷しそうになる。青木は両手で顔を覆った。指の隙間から、リアが跳ね上がり垂直に立ち上がった大型バスが倒れて行くのが見えた。陽射しを遮るほど膨れだした黒煙が辺りの酸素濃度を下げる。青木は熱さと息苦しさの中、横転する大型バスの窓から銃口を突き出した2本のNGSWと車内で逆さになって悲鳴をあげる戸高と鬼塚の姿がハッキリと見えた。

 バスはそのまま腹を見せるように倒れた。ほんの数瞬のできごとだった。バスのピラーは自重に負けて窓ガラスを割り、座席スペースはこの世から消滅した。次の瞬間その大型バスは更なる炎と黒煙に包まれる。

 突然のできごとに残された組員らは半ばパニックに陥った。

 一方で向かってくる一団はもう目前に迫っていた。目視できる距離になって初めて大型車が白いキャンピングカーだとわかる。

 既に射程に入っているがそれどころではなかった。

「来るぞ、撃て、撃て」青木は何度も叫んだ。

 これでもこっちはほとんどの人間がNGSWを持っているのだ。負けるはずがない。

 しかしもはやNGSWを構えているのは青木を含めて数人しかいなかった。他の者は謎の爆発に我を失っている。

 どうして俺たちを襲って来るんだ。こいつらが武装ゲリラなのか。

「おい、撃てったら撃て」

 構えていても青木の叫びに反応する者はいない。それどころか自分さえも引き金に力を入れることができない。左右にいたはずの仲間がいなくなっている。再び振り返ると、爆発の破片を食らって負傷している者や逃げ惑う者、ワゴン車に乗り込んでどこかに走り出そうとする者たちで、青木の叫びを聞いている者は誰一人としていなかった。そこら中にNGSWが置き去りにされている。

「ちきしょう」

 青木は再び腹這いになってNGSWを構え直した。

 片っ端から仕留めてやる。

 しかしその意気込みも一瞬で霧散する。

 迫って来た一団は20メートルも離れていないところで停止して横並びに対峙していた。車両の数も人間の数もこっちの半分といったところだが、彼らが車両から身を乗り出して構えている銃火器の銃口や砲塔の全てが、青木自身に向けらていた。

 NGSWさえあれば何も怖いものはないと信じ切っていた自分を、激しくなじりたかった。全身が痙攣したように震えだしている。唐突に出くわした命の危険は現実感を欠いていた。

 どうせやられるなら何人か道連れにしてやる。そう思っても身体が言うことを効かない。トリガーを絞るのにもどこに力を入れたらいいのかも判らない。下半身の制御も利かなくなり股間に生暖かい湿り気が広がって行く。目を閉じた。

 なぜか三葉会の川島が、この事態を知ったらどう思うだろうかと考える。

 この3日間の強行軍は一体何だったのか。

 キャンプ地で僑栄会の阿久井という男が戸高に反折賀瀬の話を持ち掛けてきたときに同席していた。そのときどうして自分は反対しなかったのだろう。いや反対なんてできる立場じゃなかった。そもそもこのプログラムに参加希望など出さなければ良かったのだ。だけど刑期はまだ5年も残っていたのだ。放免が掛かっていては無理もない。

 不意に事件の裁判の時のことを思い出した。

 情状証人に立った嫁が検察官に屈辱的な尋問を浴びせられたことに腹を立てて飛び掛かろうとしたところを取り押さえられた。アクリル板のないところで嫁と会ったのはあれが最後だった。

 その嫁が出産するのに立ち会ったこともある。

 新しい命に得も言われぬ愛おしさを感じた。そのとき同時にお袋や親父も生まれたばかりの俺を抱いてきっと同じことを思っていたはずだと確信した。

 そして自分の赤ん坊に、平凡でいいから真っ当に生きて欲しいと願った。

「少なくとも俺みたいになるんじゃねえぞ」

 青木は全てを振り切って刮目する。震えは止まっていた。

 立ち上がって、傍らに置き去りにされているNGSWを引き寄せ2丁のNGSWを左右に抱えると前方に躍り出る。

 飛んで来た銃弾が青木の肩や太ももを貫いて行く。それでも青木は冷静だった。至近距離まで駆けて行った。

 昔の映画で女子高生がマシンガンを打ちまくるシーンを思い出していた。

 引き金を絞った。

 絞りながら銃口を次々とジープやトラックに向けて行く。

 青木の咆哮だけが轟く。

 安全装置が解除されていない2丁のNGSWは沈黙を守っていた。

 咆哮は蜂の巣にされて行く青木の最後の断末魔だった。

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