第41話 連合3団体

 米軍のキャンプ地から1,000㎞の行程は実に丸三日間を必要とした。この時点で武装ゲリラが犯行声明を拡散してから一カ月が経過している。

 社会貢献プログラムに参加している懲役受刑者は、その立場からも事態の進捗状況を知る機器や端末を持たされてはいない。その上で彼らは犯行グループが根城にしているダルフール市街に潜入し、自力で作戦を立案して人質を救出するしかないのである。日本とアメリカの両政府が犯行グループの要求を呑むつもりがないのは了解事項であるため人質が円満に解放される見込みはなく、作戦が中止に追い込まれることがあるとすれば、交渉の引き延ばしにしびれを切らせた犯行グループが人質を殺害してしまったときだ。万が一そうなってしまったときは、作戦中止のアラームが通信機から鳴ることになっている。そのときは速やかにアメリカ軍が武装ゲリラに対峙することになっていた。

 しかし犯行グループが簡単に人質を殺害した例はこれまでにほとんどない。犯行声明の拡散は相手国に対して宣戦布告したも同然であることから彼らも人質の扱いには慎重になるのだ。人質を取って自らの思想を主張し、国際社会に警告するに加えて、強く金品も要求する場合、往々にして交渉が長引くことが多い。半年以上になるのも稀ではない。やがていくら交渉しても金銭が引き出せないと判断した犯行グループは人質を殺すことなく解放してしまうケースが多い。殺害してしまうと手痛い報復が待っていることを知っているからだ。それに加えて交渉中は彼ら自身の身の安全が確保されているとも言えるし、この間に全く別の手段で彼らなりの利益を得ている可能性も指摘されているが、だからと言っていい加減な交渉引き延ばし工作は禁物だ。彼らは自爆テロも辞さない連中だということを忘れてはならない。あからさまに大挙してダルフールに押し寄せ、彼らを刺激するのは避けなければならなかった。

 キャンプ地から先発した3団体の連合はダルフールから20㎞ほど離れた地点に到達していた。

 出発前に用意された衣服は、国連の人道支援によって先進国から寄付された古着が採用されていて、1,000㎞の強行軍と灼熱の陽射しが、懲役受刑者とはいえこの国では垢抜けて見える外見を劣化させ、更に酷暑の中で体力の消耗を抑えた無駄のない足運びは、いかにもダラダラと見えるのだが、その姿こそ現地の人間を彷彿とさせる姿に変貌させていた。

 彼らはそんな互いの容貌を揶揄し合った。

「お前ら調子に乗るな。現地の人間からしたらこれでも俺たちは得体の知れない外国人にしか見えねえんだよ」

 だから下手に市街地にもいけねえんだ、と付け加えたのは三葉会を仕切っている川島という男だった。

「情報屋の類もいるだろうからな」

 九誠連合会を預かっている鬼塚が付け加える。

「だからって、いつまでもこんな何もない荒野に留まっているわけにはいかねえだろ。それとも僑栄会と劉聖会が来るのをここで待つのか」

 極新会の戸高は、貧乏ゆすりをしながら爪を噛んだ。

「それじゃあ先行した意味がねえだろ、それにこの大所帯だ目立ってしょうがねえ。俺たちだけで早く終わらせて、さっさと日本に帰ろうぜ」

 この三人の会合は最初に風呂敷を拡げた川島が、自ら店じまいをするのが常だった。頭を揃えた連合であるはずなのに、川島の態度はどこか一段高い所から見下しているようで、鬼塚も戸高もそっけない素振りをしているが内心は据えかねる思いを募らせていた。しかし日本での勢力図からいうと僑栄会や劉聖会に次ぐ規模を誇る三葉会という看板を無視するわけにはいかないという事情もあった。

 反折賀瀬をまとめ上げた僑栄会と、関東ではナンバーツーの劉聖会という2大組織が他の3団体を先行させておいて、折賀瀬潰しに自ら出向いて行ったのは、ひとえに武装ゲリラに対する認識を甘く見積もっていたからに違いない。彼らにとっては折賀瀬組の方がよっぽど脅威だったのだ。

 犯行グループは100人にも満たないゲリラだと予め聞かされていれば尚更のことである。

「要は俺たちの正体がバレなきゃいいんだろ。だいたいこんな格好してんのは、そのためなんだからよ」

 川島はカーキ色のカーゴパンツに赤と紺のチャック柄のオープンシャツを羽織っていた。いずれも薄汚れた古着である。暑苦しいが強烈な紫外線から身を守るためには致し方ない。ここ数日の発汗を吸った布地は古着特有なのか若干かび臭いが、いちいち気にしてはいられない。

 川島はこの数年の拘禁生活によって娑婆では100キロを超えていた肥満体は嘘のように半減し、地道な筋トレが40代間近とは思えない、まるでアスリートのような筋肉質の体型を作り上げていた。オープンシャツから覗くアンダーシャツは、盛り上がった胸筋によってはち切れんばかりで存外、着ている衣服を嘆いているようで自慢の胸板をこれ見よがしに見せつけているだけなのかも知れない。

「けどよ、いきなり150人で乗り込んで行くのは得策とは言えねえ。まずは俺が何人か連れて偵察に行ってくる」

 そういうなり川島は配下の者を3人ほど連れてワゴン車に乗り込み、すぐに戻ると言い残して出て行ってしまった。

 川島とはここ数日の付き合いだが、率先して前に出るというよりは大物気取りで、若い衆を顎で使い自分は安全圏から動かないタイプだと思っていた鬼塚と戸高は、半ば呆然としたまま、川島が乗り込んだワゴン車を見送った。

 川島の意外な行動をどう表現すればいいのか2人は発言に困りつつ顔を見合わせた。川島の奇異な言動に2人が言及しないのは、いつ何時揚げ足を取られる判らないからだ。お互いまだそこまで気を許した仲ではなかった。

「ところで、折賀瀬潰しはうまく行ったと思うか」戸高が話を変えた。

「行ったんじゃねえのか。いくら折賀瀬って言ってもよ。武器を持った人間が倍もいたら負けるはずがなかろう」

 鬼塚の視線は常に手にしているNGSWに向いている。合法的に銃を所持できる解放感に鬼塚は満足していた。この数日間、暇さえあれば銃身を磨いているか、スコープを覗き込んでは辺りを見回して標的を探している。尤も銃火器を手にして鬼塚のように気持ちが大きくなっていない者はここにはいない。誰もが無敵になった高揚感を享受していた。

 それであったから鬼塚の負ける訳がないという根拠薄弱な言葉を耳にした他の者たちも頷くだけで否定する者はいなかった。だいたい戸高にしても本気で心配などするわけもなく、仮に折賀瀬潰しが失敗したところで、次はここにいる150人で掛かればいいと考えているに違いない。

「それもそうだな。おい、お前ら川島から連絡が入ったらすぐに出発することになるかも知れねえ、いつでも出れる準備をしておけ」

 オウッ、という掛け声とともに各組織の若い者が慌ただしく動き出した。自分の一声で集団が動き出す快感に戸高は満足した。そして自分も大型バスに乗り込もうと色褪せて錆の浮いたスチールの手すりを掴んでステップに足を乗せた時だった。

「何かこっちに向かって来るぞ。すぐに戸高の兄貴と鬼塚の兄貴に知らせろ」

 それが聞こえた戸高は上体をひねって、目を細くした。

 地平線の一部がぼやけて見えたが、それは砂埃が彼方で舞い上がているせいだと分かる。大地の熱がユラユラと大気を歪めていてハッキリとはしないが、複数の車両が固まってこっちに向かって来ているのは明らかだった。

「僑栄会と劉聖会じゃねえのか」

 戸高は自分の通信機の周波数を組織間で連絡を取るための周波数帯に変えた。しばらくして通信機に口を近づける。

「極新会の戸高だ。折賀瀬は潰したか、どうぞ……」

 戸高は徐々に近づいて来る一団を睨みながら、何度か同じ言葉を通信機に吹き込んだが応答はない。隣のバスの様子を窺うと、中で鬼塚が同じようにして通信機に話しかけているのが見えた。

 ジワッと浮き出した汗が薄い頭髪を掻き分けて眉間の間を流れ落ちる。

「折賀瀬だったらどうする」

 鬼塚がバスから降りてきて喚いた。戸高もバスから降りた。

 3団体分の車両が並んでいる様は、不毛の荒野にはいかにも不釣り合いに見えた。まるで高速のサービスエリアで休憩している観光バスのようだ。この期に及んで戸高はそんなことを思っていた。精神的にもまだそれだけの余裕があったのだろう。戸高と鬼塚はいかにも悠然とした態度で、群がっている若い連中に分け入って行った。

「もういい加減に、交信できてもいい頃だろ。それがないってことは折賀瀬の連中かも知れんぞ」

 それならそれで高揚した気分を爆発させるときが来たというものだ。一気に慌ただしさが増す。好き勝手に止められていたワゴン車が、大型バスの盾になろうと囲みだす動きを見せた。。

「折賀瀬と考えた方がいいだろ」

 自ら陣頭に躍り出てNGSWを構えた戸高が言った。横には入念に手入れをしたNGSWを構える鬼塚もいる。

 それを見かねた若い衆が2人のもとに駆け付ける。

「ここは自分たちに任せてください。2人に万が一にあったらだれが指揮を執るんですか」

「馬鹿野郎、俺は川島とは違うんだよ……おっとこりゃあ失言だったな」

 戸高は周りに三葉会の者がいないか見渡す仕草をすると、鬼塚には上目遣いで首を竦めて見せた。

 鬼塚はニヤリと白い歯を見せる。

「まさか川島の野郎、折賀瀬がくると当たりを付けて逃げ出したんじゃねえだろうな。でもよ戸高、若いのが言うのも一理あるぞ。俺たちは下がっていた方がいい」

 この期に及んで揃って川島批判を口にした2人は、相手が迫りつつある緊張状態もあいまってか初めて意気投合した。それが証拠に2人は後方に退くと同じバスに乗り込んだで、揃ってバスの窓からNGSWの銃口を突き出しながら、ここ数日の川島の態度について罵り合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る