第40話 復讐
何が起きたのか判然としないまま、それでも三富はNGSWのスコープを覗きながら別の人間に狙いを定める。しかしその男も三富が引き金を絞る前に地面に崩れ落ちた。何度か同じことを繰り返した後に三富はようやく顔を上げNGSWの銃口を下ろした。
そこには20人以上の劉聖会の幹部を至近距離で撃ち殺した三野の姿があった。
三野は、呆然とする三富の手からNGSWを取り上げた。
結局、三富が引き金を絞ることは一度もないままに終わった。
「すいませんでした。俺のために……」
三野が自分の代わりに手を汚したのだと理解が追いついてくるのに、さほど時間は掛からなかった。
「いいか三富、復讐は自分の手でするな」
どうしてそう言えるのか答えを言わないまま三野は車に乗り込んでしまったが、不思議と落ち着きを取り戻している今の自分には、それが判るような気がした。それでも入江を失って心にポッカリと空いた穴はそう簡単には埋まらない。しかしこの穴は時間が経てば、少しずつ小さくなっていく類の穴だということが判るほどに三富は正気だった。
もしあのとき自分で引き金を絞って復讐という狂気を完遂していたとしたら、その後自分がどうなってしまったのか想像がつかない。後から三野に命拾いをしたと声を掛けられたが、命拾いをしたのは自分の方ではないかと三富は思った。そして三野によって救われたこの自分の命は三野に捧げようと決意をした。
恩に報いるという純粋な気持ちが今の三富を支えていると言ってよかった。
折賀瀬組の本体は、僑栄会と劉聖会の物資を吸収した。これによって車両は大型バス3台にワゴン車が30台に増した。その中には5団体が連絡を取れるように周波数を合わせた通信機も含まれている。
早朝、先に出発をした3団体はまだ僑栄会と劉聖会が壊滅したことを知る由もない。このまま後を追いかけて無線機の通信圏内に入れば、油断させて不意打ちを仕掛けるのも可能だ。連絡用の周波数が分かった今、僑栄会と劉聖会が寝返ったと思わせる方法もある。
手に入れた大型バスは細川と内山に一台ずつ与え、それぞれ5名ずつ若い衆を付けた。三富が運転する大型バスには大量の物資を積み込んでいた。そして残りの者は、ほとんどが1名か2名でワゴン車に乗り込んでいた。
三野は柏木が運転するワゴン車に乗っている。
並走する3台のバスを囲むようにして隊列を形成する折賀瀬組はダルフールに向けて、先行している3団体連合組織を追うことにした。
「三野さん、どうぞ休んでください。疲れたでしょう」
強烈な陽射しは傾くことによって幾らか和らいでいた。それでも斜めから差し込んでくる西日は、ハンドルを掴む柏木の肘を焦がしにかかる。柏木はシャツの袖を下ろした。
廃村に隠してあった僑栄会の車両を発見するのに時間は掛からなかった、しかし何台かの車両の鍵を探すのに、改めて50人からの遺体を検分する羽目になったことと、隊列を編成し直すのに思わぬ時間を食った。それでも柏木が言ったのは、それに伴う疲労を慮ったのではなく、20人からの劉聖会幹部を撃ち殺したことによる精神的なショックを心配してのことだった。
一方の三野は柏木の顔色が悪いことに気付いていて、その意味が直ぐに理解できた。
「大丈夫ですよ柏木さん。別に人を殺し慣れている訳じゃありませんけどね」
柏木はハンドルを握って前方を凝視したまま頬を引き攣らせている。つまるところ柏木はドン引きしているのだ。
無理もない。ほんの数分のうちに無抵抗の人間を無慈悲に、それも20人も撃ち殺して平気でいられる人間と一緒にいるのだから。
「三富さんのため……、だったんですよね」
柏木も、三富と入江の経緯を聞いていた。
その三富がライフルを構えて劉聖会の幹部たちに近付いて行くのを、最初に発見し三野に知らせたのは柏木だった。
三野は黙っているが、僅かに顎を引いたようだった。しかしそれが問いかけに対しての肯定だったのか定かではない。
「柏木さん、日本は仇討ちだったら許される時代があったのを知ってますか」
アフリカの大地を疾走している最中に、それはひどく突拍子もない話に聞こえた。それでも柏木は話の繋がりを深堀りして考えずに、三野の話に黙って同調した。
「でも仇討ちや復讐は決して殺された人間のためなんかじゃない。所詮は自分自身のエゴでしかないんです。それを果たした後に何が残ると思いますか」
スッキリとした爽快感が残るわけではないのは想像に難しくないが、そもそもそんな経験がないので解かりようもない。
「そんな難しいことじゃないんです」
三野は、知的優位なものが知識を分け与える喜びに浸っているかのように言った。
「何も残らないんです。本当に無になるんです。仇討ちや復讐を成す仕事はそれほど人としての何もかもを必要とするんですよ。人間としての姿かたちは残っても、中身は底なしの虚無になっている」
そう言われてみれば腑に落ちるところもある。確かに仇討ちを果たしても、殺された大切な人が生き返りでもしない限り、元には戻れないだろう。
「何となく分かる気がします。廃人同然になるんですね」
「三富を、そうさせたくなかったんです」
だから代わりに撃ったというのか20人もの人間を。
「自分でも些か驚きました。咄嗟だったんです。三富を復讐の狂気から救うには、あれしかなかったんです」
咄嗟とは言えそれができてしまうのが理解しがたいと、拒絶するかのように思い込もうとしている自分のこの感情は、そこに辿り着いた三野に対する悔しさのない嫉妬だということに柏木は気付いていた。
「お陰で仇討ちが文化として残らずに廃れたのも理解できたし、純粋な大義は人を壊さないということも身をもって知りました」
自分のエゴで人を殺めれば、それを果たした者の精神は崩壊するが、人を救うための行為は、例えそれが殺人だとしても正当化されるということなのだろう。大義に守られた精神の主体は些かも揺るがないということを三野は体現したのだ。
一般市民が街で人を殺せば殺人で逮捕されるが、戦争で人を殺せば英雄になるとはよく聞く話だが、そこに理由があろうとなかろうと人は人を殺す生き物なのだ。それ以前に人は他の動植物を殺して生き長らえているではないか、人は生きるためにその都度、正当化して自身を守っていることを現代社会は内包し人々はそのことを意識する必要もなくなっている。殺人という行為は人間本来の姿を如実に浮き彫りにするだけなのかも知れない。
この先、人に銃口を向ける場面が待っている可能性は高い。そのとき自分自身を守るために、その行為を正当化できるのか柏木は自信がもてないままハンドルを握り続けていた。
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