第38話 300−100

 折賀瀬組を挟み撃ちにするのは当てが外れたが、これで僑栄会と劉聖会を合わせた総勢100名が折賀瀬組を待ち伏せすることになった。折賀瀬組の一団が何も知らずにこの廃村に入ってきたら先頭車両から最後尾のバスまで全て蜂の巣にしてやるつもりだ。

 阿久井の脳裏には絶えず、三野から工場を追い出されたときのことが浮かんでは消えを繰り返していた。あの日からずっとこの調子だった。その度に奥歯をギリギリと噛み締め額に青筋を立ててきたが、あの恨みを晴らすときがこんな形で巡って来るとは思ってもみなかった。

 阿久井は、目視できるまでに迫ってきている一団を眺めながら不敵な笑みを浮かべる。

「行くぞ」

 若いのにそう告げると車に乗り込んで一団を迎えに出る。

 劉聖会を仕切っているのは船井という男だった。劉聖会の中では大幹部と言うわけではないが、本部が置かれている横浜では有名な男で、横浜出身の阿久井とはよく知った仲だった。

 村落に差し掛かるところまで車で行くと降りて行って、向かって来る一団ともう一度交信する。

「まずは、折賀瀬組の連中に気付かれないように車を隠さなきゃならん、ここで待っているからワシの車に着いてきてくれ」

 阿久井は一団に向かって大きく両手を振って見せた。先頭車両はまだ2,300メートル先だが、チカチカとパッシングを返してくる。しばらく眺めていると5台のワゴン車と大型バス1台の姿がハッキリと見えてきた。

 日本では紫外線など気にしたこともない阿久井だが、この殺人的な陽射しには辟易する。車から降りた途端に思考の半分はそんな思いで埋め尽くされる。加えて三野を血祭りにするチャンスがこんなにも早く、そして簡単に巡って来たことに興奮していた、というのもあったに違いない。阿久井は合流しようと迫ってきた一団の車両の数が若干少ないことに違和感を覚えなかった。そして着いて来いとばかりに乗り込んだ自分の車が、600メートルまでレベル4の防弾装備を貫通するパワーを発揮するアメリカ軍の次期アサルトライフルと称されるNGSWの銃撃に晒されたことに気付く間もなく、自身も脳天を撃ち抜かれて即死した。

 この予期せぬ襲撃を近くの茂みの中で目撃した僑栄会の組員は、同じNGSWを携行しているにも拘らず我先にと逃げだした。ワゴン車5台と大型バスは廃村に突入するや逃げ惑う彼らを容赦なく車両の下敷きにし、あるいは撃ち殺して回った。


 僑栄会の組員を蹂躙したのは、間切れもなく折賀瀬組の一団だった。細川と内山がその指揮を執っていた。

 廃村に突入した車両に乗っていたのは10人にも満たない人数だった。

 この後、三野の率いる本体がこの廃村を大きく迂回して反対側から突入してきた頃には、僑栄会の藤本京太郎はもちろんのこと誰一人として息をしている者はいなかった。

 文字通りの皆殺しだった。

 対して折賀瀬組の被害は皆無に近い。


「全員殺してしまう必要があったんですか」柏木が三野に訊ねた。

 僑栄会の組員の死体があちこちに転がっているのを目の当たりにした柏木の顔面は蒼白だった。しかしそんな顔をしているのは柏木だけではない。いくら日本最大の暴力団組織とはいえ50人にも及ぶ大量殺戮ともいえる経験など誰一人としてあるはずがない。人を殺めること自体ここにいるほとんどの者が初めてなのだ。指揮を執った細川と内山でさえ初めての経験だった。大半の者がそのむごたらしい所業に興奮しているのか、あるいは50人の命を奪った罪の重さに打ちのめされているのか判別が付かない顔色をしている。

 遂に人殺しの仲間入りをした自分という人間の精神構造が試される時がやって来たのだ。奪った命の重さに抗って生きて行くのか、はたまた人の殺すことなど腕にとまった蚊を平手で叩いて潰し殺す程度にしか思わないのか。

 抗って生きて行くということは、この先ずっと精神崩壊と背中合わせで生きて行くことを意味していると言っていい。果してどうなるのかは自分で決められることではい。こればっかりは生まれ持った性質に左右されるのだ。その答えは時期に明らかになる。

 細川と内山は今、自信満々で挑んだ試験の合格発表を待つような顔付きをしていた。

 そして、この廃村に後からやって来た三野の身の上にも降りかかる審判でもあった。それを承知で三野は柏木に答える。

「このプログラムに参加している連中は、比較的若い世代が多いのはご存じでしょうけど、若いってことは将来的に組織の看板を背負って立つ者も出てくる可能性のある連中ってことでもあるんです。千歳に集まったときザっと見たとことろ将来有望株として雑誌に載っていたことがある人間もチラホラと見掛けましたからね」

 少し離れたところで細川と内山が死体の数を数えている姿が見えた。

「そんな連中と中途半端に揉めたまま日本に帰ったら、それこそ抗争の火種になる。喧嘩するならそれなりに腹を括らなければなりません。それにプログラム中の出来事に日本政府は一切関与してこないはずですから罪には問われない。それならば死人に口なしってやつです。少なくとも奴らはそう考えて折賀瀬組を潰そうとしたんでしょうし、細川と内山にしても、そう思って皆殺しにしたんでしょう」

 まさかのっけから、こんなことになるとは思ってもいませんでしたがね。という言葉を三野は飲み下した。

「若頭、僑栄会の奴らはキッチリ50人、やりましたぜ。そっちはどうだったんですか」

 三野にそう報告しにきた内山は肩口に3丁のNGSWアサルトライフルを担いでいた。片手には釣り竿のように長い枯れ枝が握られている。この枝で死体を数えていたのが目に浮かぶ。

 そっちはどうか、というのは劉聖会のことである。自分たちはキッチリと僑栄会を片付けました、若頭の方ももちろん手筈通りに殺ったんですよね、と内山の目がそう言っている。

「ああ、主だった幹部は全員殺った。残ったチンピラども数人は武装解除して徒歩で米軍のキャンプ地に帰した」

 それに加えて、僑栄会と共謀し折賀瀬組を襲う計画を企てたが返り討ちにあった、という経緯を書面にし、生き残った下っ端に署名と血判を押させていた。日本に戻ったとき折賀瀬組に非がないことを証明する為だった。

「三野さん、俺……」

 三富だった。酷く浮かない顔しているのは無理もなかった。

「三富、お前のお陰で俺たち折賀瀬組は命拾いをしたんだぞ」

 三野は、三富の肩を叩いてその活躍を労うと、僑栄会がどこかに隠しているはずの大型バスとワゴン車を、他の連中と一緒に探してこいと命令した。

 休ませようと思ったが、今は何か仕事を与えておく方がいいと判断してのことだ。

 今後少なくとも数年の間は、三富には精神崩壊との戦いが待っているのが目に見えていた。

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