第35話 着陸

「あの大臣、何が期待しているだ。ワシらの力見せつけたるぞーーーーっ」

「武装ゲリラがなんぼのもんじゃー、皆殺しにしてくれるわ」

「ゲリラなんか蹴散らしてワシらが取って代わってやるか」

 ぶら下げられた人参があまりにも大きいのか、大臣の説明が功を奏したのか、機内はイケイケムード一色になっていた。

「どうしようもねえ単細胞どもだな」

 三野はバツが悪そうに柏木を仰ぎ見るが、そのくせ三野自身も、もしかしたら行けるんじゃないかという気も捨てきれなかった。

 やがて機体は徐々に降下を始めた。シートベルトの警告ランプは装備されていないが、既に着陸を何度か経験している彼らは、借りてきた猫のように黙ってシートベルトを締め始めた。

 小窓から覗く地上は渇いた荒野しか見えなかった。滑走路らしきものはどこにも見当たらない。それでも機体は降下を続けて行く。

 すまし顔で外の景色を眺めている窓際の柏木に覆いかぶさるようにして小窓を覗き込んだ三野は背筋にうすら寒いものを感じた。

「まるで不時着でもするような感じだな」

「極秘作戦だから敵味方に関係なく、あまり人目につかないところを選んでいるんでしょう」

 その直後ドシンッと叩きつけられるような着陸が敢行された。座席の下から突き上げる衝撃が、尾骶骨から体の芯を貫く。あまりにも乱暴な着陸に文句のひとつも言いたくなるが、それに続く激しい揺れに全員、自分の身体を支えるのに精一杯になった。機体の胴体が軋みあがる音に不安を煽られる。整地されていない台地の上を走る車輪の振動と逆噴射するジェットエンジンの轟音の凄まじさは機内の叫びを軽々と呑み込んで前進を続ける。前後左右どこから襲って来てるのか判別できないGに踏ん張りどころが掴めない状態が続く。まるで現実と非現実の境目を無理にくぐろうとしているかのような感覚に陥っていた。

 耳孔の許容を越える急激な気圧の変化と相まって、どいつもこいつも恥も外聞もなく絶えず悲鳴や唸り声をあげている有様だった。ひたすら耐えるしかなかったそれは、やがて無数のメータの針がゼロに向かって行くがごとく、あらゆる振動や騒音は次第に小さくなって行き全ての数値はゼロになった。

 機内は毒気を抜かれたかのような脱力感に見舞われて静かになった。

 三野はもう二度と飛行機には乗りたくないと思った。

「帰りは船を用意してもらいたいもんだな」

 機体が完全に停止すると例の扉から出てきた米兵が、後方の開き始めたハッチから降りるように促してくる。

 別のもう一機の機体がハッチの外に見えた。向こうの機体もハッチを開き始めている。小窓からは大型のバスやワゴン車が並べられているのが見えた。

 300人が乗車できるだけの台数はありそうだが、どれも年式が古いのは一目瞭然で、砂ぼこりを纏っている車体の色はくすんでいて何色なのか解らなかった。

「チッ、こんな数の台数……、最初からそのつもりだったとしか思えねえな、それにまともに走んのかよ」

 その一方で整然と並んでいる軍用車には、さっさと降り立った何人かの米兵が乗り込んでいる。

「まさかこいつら俺たちをこんなところに置いてきぼりにすんじゃねえだろうな。冗談じゃねえぞ」

 不満や疑問を口にしても米兵は気にも留めない。言葉が通じないのは承知なのか軍用車に乗り込んだ米兵らは、軍用車を前に出して停止した。

「とっとと車に乗り込んで、着いて来いってわけだな」

 300人は、米兵の指示に従て粛々と用意されている大型バスやワゴン車に分乗すると、走り出した軍用車を先頭に一路アビエイのキャンプ地を目指して出発した。

 20人以上が乗れる大型のバスは6台用意されていた。それを6つの暴力団組織がそれぞれ一台ずつ使用し、残りのワゴン車等も6つの組織が10台ずつに割り振って乗車した。

 指示されたわけでもなく、各組織の車列が2列縦隊となって後方から大型バスが追随して行く。その塊が6つ横に並んで並走している様は、車はヤボでも士気を上げるには充分だった。

 三野はもちろん、折賀瀬組が使用する大型バスに乗車していた。柏木も一緒である。機内で、あちこちの組織に顔を売ってすっかり調子づいている三富は、バスの運転手をかって出ていた。

「三富、大丈夫か」

 運転席のすぐ脇の補助席を引っ張り出して座っている三野が呼びかけた。

「任して下さい自分、ダンプのハンドルを握った経験があるんで全然平気です」

「馬鹿野郎、おめえのことじゃねえよ。このオンボロバスは大丈夫なのかって訊いてんだよ」

「あっスイマセン。大丈夫だと思います。でも正直言ってすげえ運転しずらいです」

 まるでフラフープのように大きなステアリングにしがみ付いている三富はガタガタと揺れる車体の振動と一体になって運転していた。どこの国のメーカーか判然としないこの大型バスはパワーはありそうだが、あらゆるところにガタがきているに違いない。いつ空中分解してもおかしくないような不安を運転手の三富は感じ取っているが、本人はそれを無視していた。

 エアコンなどという代物は当然のように装備されてはいない。全開の窓から入ってくる風は酷暑をいくらか和らげてくれるが、埃っぽい大気に誰もが鼻と口を隠さずにはいられなかった。

 それでも黙っていると暑さに体力を奪われて行くような気がした。

「三富、無理するなよ」

 三野はスポーツドリンクのキャップを開けると三富に手渡してやった。

「ありがとうございます。三野さん前方に何か見えてきました」

 バスの前を先行している米軍の軍用車やワゴン車が、容赦なく巻き上げる砂埃の向こうに、ユラユラと黒煙を吐き出している煙突が出現した。

「あれは、アビエイのヘグリグ油田のものに違いありません」

 柏木が運転席の後ろのシートから身を乗り出して言った。


 キャンプ地はヘグリグ油田周辺の村落から少し離れている地域で、米軍が管轄する敷地内にあった。その中のフェンスで隔離された一画に仮設住宅が設えてある。それが懲役受刑者の一夜の宿だった。

 仮設と言っても電気や水道といった生活インフラはきちんと設備されていて、ここでもその仮設住宅は6つの列に分けられていた。

 そして現地のブリーフィングも、明朝の出発時に渡される銃火器の仕様説明も、組織ごとに別々に行われたが、説明は自衛隊によるリモート会議によるものだった。

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