第28話 乗り換え

 機内での挨拶に付いて回った世間話はもっぱらどこの被災地に派遣されるかである。大方の予想は東北大震災による津波災害にあった沿岸地域のまだ片付いていない瓦礫の撤去作業にともなう行方不明者の捜索ではないかというものだった。ところがこの輸送機が向かっているのは米軍の横田基地だと言うことが腑に落ちないところでもあった。

「まてよ、行く先が東北の被災地ならよ、わざわざ全国から千歳に集める必要はねえだろ」

 刑務所生活の繰り返しで娑婆の時事に疎い再犯受刑者の考えだすことは概して的外れなことが多い、そして最終的にはそもそも論に立ち返り、話を堂々巡りさせるのが関の山だった。

 そして三野の予想通り、柏木からゆっくり話を聞く暇もなく、300名の懲役受刑者を乗せた2機のC-2輸送機は昼前に米軍の横田基地に舞い降りた。

 着陸したC-2輸送機は自走して米軍基地の格納庫へと誘導されて行く。

「そりゃそうだけどよ、まだ東北って決まったわけじゃねえだろ、ていうか横田基地ってことはもう東北って線は薄いんじゃねえのか」

「アホ抜かせ、日本の制空権は未だに米軍が握ってるの知らんのか、ここから東北に行くのだってまだ十分に可能性は残っとるわ。それに東北の他にどこがあるっていうんだ。まさか北朝鮮の拉致被害者の救助に行けって訳でもあるまいし」

 手持ちの拙い情報だけで考えを巡らせて無難な答えをひねり出さないと気が済まないのは、どこの刑務所の懲役でも一緒だった。

 それでも米軍の基地に着いた以上は、間もなく解ることだ。三野は傍らの柏木がどんな顔をして周囲の会話を耳にしているのか気になって横を見遣る。すると柏木は三野に顔を寄せた。

「我々が千歳に着いたときは、もうほとんどの地域の便は到着していたでしょう。全国に散っている300人が最速で全員集まるのが千歳なんです。われわれ北海道組以外は飛行機で来ていたはずです。その理由は300名分の誓約書が最短最速で集めたかったからです。その誓約書がないと、米軍の協力が得られないからです。ここからの移動は米軍の力を借りるしかありませんからね。他にも理由はいくつかありますが、そこの誰かが言った制空権の事情も含まれます」

「なるほどな」

 三野と柏木の会話は自走するC-2輸送機のエンジン音で掻き消されて誰の耳にも届かなかった。そして柏木の話は機長のスピーチで遮られる。

「皆さん、お疲れさまでした。これから皆さんはこの機を降りた後、今度はそのまま米軍の航空機に乗り換えて頂きます」

 また飛ぶのかよ勘弁してくれよ。と言った野次が飛び交うが機長のスピーチはお構いなしに続く。こうして全体への指示が一方的に行われるのは、懲役の不満や屁理屈を聞いていたら切りがなくなるのを知っているからだろう。

「尚、乗り換える米軍の航空機は、設備の整った航空機であり機内での昼食後に、設置してあるスクリーンを通して、本プログラムの執行責任者から社会貢献プログラムの趣旨説明や詳しい派遣先、またはその任務についての告知がありますのでよく聞いておいて下さい。これで私からの説明は終わりですが、皆さんどうか任務を全うし、全員怪我無く無事で帰還し社会復帰されることを願っています。それでは行ってらっしゃい。以上」

 スピーチが終わった時はもうジェットエンジンは停止していた。

 そして機体後部の搬入口が開き始める。外に立って懲役受刑者たちを出迎えたのは屈強なアメリカ人兵士である。ハッチが完全に開くと数人がドカドカと中に入って来て全員降りるようにと早口の英語でまくし立てられた。スタンドアップやゴーアウトだの簡単な英単語はなんとなく解る。どうやら自衛隊員のように優しい扱いをするつもりはないようだ。C-2輸送機から米軍の航空機の搭乗口まで左右にずらりと並ぶ米軍兵士は、全員ライフルを手にしている。その間をゾロゾロと歩かされる気分は、まるで捕虜の引き渡しの当事者になったようなある意味、屈辱的な気分にさせられるのだった。ここでも言葉が通じにくいがために一方的な指示は継続されているのと同じだった。まるで人権を無視したやり方は刑務所生活で慣れているとはいえここまで徹底されると、まだ受刑中の身だということを実感させられる。

 それでもアメリカ軍が移動に用意した航空機は自衛隊のC-2輸送機とは違い、有人飛行で使われるもので、機体のカラーは軍用機そのものだが搭乗してみてると旅客機のそれと変わらないエコノミークラスのようなゆとりがあり、席に着くなり昼食としてファストフードのハンバーガーが二個とコーラが給与された。まったくもって捕虜を扱うような米兵の態度に、それでも腐った態度を示すものは皆無だった。米軍が用意した航空機も150名づつが2機に分かれて搭乗した。そのまま乗り換えた形なので、目的地までは先ほどのような挨拶周りに忙殺されなくて済むことになる。三野にとってはそれが唯一の救いだった。

 自衛隊のC-2輸送機よりはふた回りは大きい機体は、ゆっくりと動き出し格納庫を出庫した。どの席からも移り行く外の景色が確認できるのは有難い。

 機内の壁時計が午後の一時を差すと同時に照明が暗くなり正面に設置されているスクリーンが明るくなった。

 おぉ、と歓声が上がる。

 画面には執務机に置かれたカメラの角度を合わせている年配の男が映し出されたからだった。機内がザワついたのは画面の男が、メディアで露出することの多い知った顔だったからに違いない。若干下から捉えている構図と深みのない画質からノートPCのウェブカメラからの通信だということが推測できる。

 画面の男は自分の姿が映っていることに気付いていないのか視線はカメラのレンズを捕えていない。何か指示を出しているようで、その度に画角が微妙に調整される。それと同時に横から手が伸びてきて小型のマイクスタンドが置かれた。画面の外では何人かのスタッフが忙しなく動き回っているようだ。そして画面の男の『席を外してくれ』という口の動きが判別できた。どうやら用意ができたようだ。

 画面の男は居住まいを正し、キーボードを打つと音声が入いる。初めて聞こえて来たのは、この男の咳払いからだった。


「あぁ皆さん。こんにちは、私は法務大臣の勅使河原といいます』

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