第26話 49+1

 千歳駐屯地の航空機格納庫内で一夜を過ごした300名の懲役受刑者が、掲げられた6枚のプラカードで大まかな班分けができてしまう事実に、三野の確信が裏付けられることになった。

 そのうちの1枚には、「折賀瀬組」と記されていた。他のプラカードも暴力団の組織名とご丁寧に代紋まで表示されている。組織名はどれも日本を代表する広域指定暴力団のものに間違いなかった。

「昨日、三野さんが言ったことは本当だったんですね。私も今日の朝になって知りました。ここにいる300名全員は、あのプラカードに表示された組織に所属されている方々のはずてす。さあ皆さんもご自分の所属されている組織名のプラカードのもとに行って下さい」

 プラカードを持っている自衛隊員が村田の言ったこととほぼ同じことをスピーカで叫んでいる。

 全国からバラバラに集められた大勢の受刑者を一気に班分けするのにこれほど効率的で、その後の指揮系統もしっかりとさせる方法は他にないのではないか。移動の際に肩がぶつかり合って剣呑な雰囲気になっているのは、あちこちに散見されたが、こんなことで衝突をして後れを取っている場合ではないとばかりに罵詈雑言を散らしながらも、それ以上の揉め事に発展することはなかった。

「村田君」三野はもう一度彼を呼んだ。「どうやら俺たちとはここでお別れだな」

「はい、そう言うことになります」

 三野は腕からクロノグラフを外した。

「腕時計を交換しよう、物をもらうのはどうせ禁止されているんだろ。交換なら構わねえだろ」

 村田の腕に巻かれているのは若者らしいGショックの時計だった。三野の時計と比べれば金銭的な価値は差があり過ぎるが、愛着や思い入れはありそうに感じられる。それを取り上げるつもりはなかった。

 返答に困っている村田に三野はクロノグラフを押し付けた。

「任務が終わってここに戻ってきたときに変わりの時計をくれよ。世話になったな。また会おう」

 三野は村田の返事を聞かずに、傍らで何か言いたそうにしている三富の肩を掴んで、折賀瀬組のプラカードが立っている方向に向かって歩き出した。

 突然高価な腕時計を押し付けられた村田隊員は困り顔をしていたが、辺りを見回すと自分と似たような困り顔をしいている同僚がそこらじゅうにいるのに気付いて幾らかホッとしたのは、きっと問題になって返却ということになるからだ。それでも村田隊員は、三野の気持ちが嬉しかった。

 気骨を感じる若い者に、何かしてやりたいと思う気持ちが生じるのは、どこの世界の人間でも同じようだ。

 それぞれのプラカードの下では、集まった者から自分の所属団体の組や会の肩書の名乗り合いが始まっていた。中には名乗るまでもないほどの有名人もいるようだ。三野自身も業界ではそうした有名人の1人だった。

 組織内のヒエラルキーで自分がどの地位にいるか確認し合うと、序列が下の者は一歩下がって列の後ろへと回る。それが自発的に始まり整然と列が整っていく頃合いで、10名づつの列を作ってくれと指示が出された。終わってみればどの組織もピッタリ5つの列が出来上がっていた。つまり一つの組織が50名という計算になる。

 年齢層はザっと見たところ20代から40代後半までと言ったところだ。

 三野は折賀瀬組のプラカードの先頭に立っていた。いち早く50名ごとに集められていることに気付いて、これが数日間の間に決められたことではないと確信すると同時に、堅気である柏木の行き場がないことに気が付いていた。

 しかし有名人の三野のところに挨拶に来る大勢の人間を相手にしているうちに、柏木のことを一寸失念し最早完全に見失ってしまう。三富に柏木の行方を聞こうにもほとんど列の最後尾に並んでいるので聞きようもなかった。

 そうこうしているうちに格納庫内の照明が点灯し奥の方まですべて明るくなった。そしてずっと沈黙していた航空機が唸りを上げ始めた。

 300名の喧騒が歓声に変る。

「一機につき150名が乗れるようになっています。航空機に近い団体から搭乗を始めてください」

 指示によると折賀瀬組は、後ろの航空機になるようだった。

 不意に後ろから肩を掴まれて振り返ると柏木の姿がそこにあった。

「柏木さん、どこに言ったのかと思ったよ」

「三野さん、折り入ってお願いがあります」

 柏木は珍しく余裕のない表情を浮かべていた。三野は柏木の言いたいことが解っていた。

「こうなることまでは予想していなかったようですね。ここはひとつ俺と5分の兄弟分として塀の中で縁を持ったことにしましょう」

「さすが三野さんだ察しが早い、それに折賀瀬組だけが49人しかいないようなので、さっそく私はこの列の最後尾に並んでおきます」

「いやいや、何を言ってるんですか、俺の隣にいてください。俺の5分の兄弟分なんですから。それに後で知っていることを全部話してもらいますよ」

 柏木は一瞬躊躇いを見せたが、溜め息をひとつ吐くと諦めたように首肯した。

「わかりました、恐らく我々はこれから米軍の横田基地に向かうことになるでしょう。そこから改めて目的地に向かうことになります。目的地は私が知っている範囲では中央アジアになるはずです」

 三野は驚愕する自分を隠すのに苦労を強いられた。

「人命救助ってのは日本人じゃないのか」

「私の持っている情報は古いので変わっているのかも知れませんが、真の目的は人命救助ではありません」

 一機目の航空機に搭乗が始まっていた。旅客機のように一列搭乗ではなく機体後部の物資搬入口が大きくゲートを開いているので、列を崩さずどんどんと乗り込んでい行く。

「間もなく我々も搭乗ですね。あとは中で話します。行きましょう」

 自衛隊員に誘導されて三野が歩き始めると組織の列は5列縦隊のまま前に進んだ。しきりに後ろの様子を窺っている柏木につられて三野も振り返ると、列の後方で三富が少年のような笑顔で両手を振りかざしていた。

 三野と柏木は目を見合わせて微笑むと軽く片手を挙げて三富に応えてやった。

 一つひとつの節目でもう後戻りはできないという思いが強くなっていく。塀の中に比べると移動の際の動作にうるさいことは言われないのだが、それでも整然と指示いに従いほとんどの者が理性的に振舞っているのは、いまだに明確にされていない目的地や活動内容に対して、それでも前に進むためにある程度の沈黙を必要とする覚悟がそうさせているに違いなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る