第24話 GPS

 8時間近くの強行軍で千歳駐屯地に着いて、マイクロバスから降り立ったときには、北海道の夏の夜空が広がっていた。こうして日が暮れた後に外に出るのは逮捕時以来のことになる。みんな夜空を見上げて息を呑んだ。

「どうした。さっさと歩かんか、お前たち」

 輪島がバスの中から喚いている。自分たちを繋いでいる腰ひもは既に自衛隊員に引き継がれていた。

「オヤジ、達者でな」

「アホ抜かせ、どうせ釈放されてもすぐにこっちに戻って来るんだろが」

 輪島の馬鹿笑いが終わらないうちにバスは扉を畳んで発進して行った。

 2人の若い自衛隊員に引率されて歩き始めた10名の前方には、巨大な格納庫が聳えていた。

 自衛隊の職員は、刑務官と違い溌溂としていて動作にキレと張りがあるように感じられた。それでも実際の受刑者を目の当たりにするのも、手錠を掛けられた人間を引率するのも初めてに違いない。若干緊張しているようにも見える。

 刑事施設に共通してみられる、被拘束者が脱走したときの備えはないも同然だった。尤もこの時点で逃走を企てる者など、いないだろうが。

「お兄さん、俺たちはこれからあの建物の中に行くのかい」 

 三野は自分が繋がっている腰ひもを手にしている職員に話し掛けた。

「は、はいそうです」

 刑務所の若い刑務官に見られる受刑者に対する蔑みと恐れが同居した妙に背伸びをしたような態度を少しも感じないことに好感が持てた。

「俺たちは今日どこで寝ることになるのか、お兄さんは知ってるんだろ」

 三富が、あとに続いて話し掛けた。

「それはチョット僕には解りません。でも今日の移動はもうないようなので、恐らくあの中になると思います」

 若い職員は、巨大な格納庫を指差しながら言った。

「飯は食わせてくれるんだろ、俺たち朝から何も食ってないんだぜ」

「ハイッ、これからあの中でまず食事になります。先着している方たちも順次食事をしてもらってます」

 固く閉じられている格納庫の巨大なシャッターの迫力は暗闇の中で目を閉じている猛禽類に近付いてしまったような緊張感を強いられた。職員に促されて脇の通用口から中に入った。

 最初に注意を引かれたのは、全国各地から先着していた大勢の受刑者や、忙しなく駆け回る自衛隊員らによる凄まじい喧騒よりも、巨大な背景画のような大型の航空機の方だった。奥の方は照明が落としてあるので果たして何台あるのか解らないが、この格納庫の広さが東京トーム何個分に相当すると表現されるくらいの広さであることは間違いなかった。

 そして目の前ではあまりにも大勢の人間が、ブルーシートの上で腰を下ろして食事に没頭していて、奥の一画ではヘルメットに迷彩服を着た自衛隊員が大型の鍋を幾つも並べて、食事を振舞っていた。まるで被災地の公民館で被災住民に炊き出しを振舞っている姿と全く同じ絵図らだ。食事をしているのはもちろん全国各地から集められた受刑者の方である。

 香辛料の効いたカレーや豚汁のいい匂いにすきっ腹が刺激される。

「刑務所のカレーよりよっぽど旨そうだな、お兄さん早くこの手錠を外してくれよ」

 10名はまずブルーシートの空いているスーペースに促された。コンクリートに白いガムテープが張ってあり、道東刑務所10名と書かれている。

 一度では見渡しきれない数の人間が食事をしている様は中々どうして圧倒される。各地の刑務所ごとに付いている引率の自衛隊員は片手に持っているハンドスピーカーで対応していた。

 既に食事を済ませ、オリエンテーションを始めているところもあった。

 自分たちに付いている自衛隊員が裸声を張り上げた。

「皆さん、長旅ご苦労様でした。私はしばらく皆さんのお世話をさせて頂きます、村田といいます。よろしくお願いします。まずは食事をしてもらいますが、手錠を外す前に、まずこれを足首に巻いてもらいます」

 村田が掲げたのはリングだった。

「これはGPSです。因みにこれと同じものを私たち自衛隊員も身に付けています。皆さん履物を脱いでブルーシートに上がって下さい」

 それぞれが順番にGPSを装着し手錠を外している間に、他の隊員たちが電動の台車で食事を運んできてくれた。

 メニューはカレーライスと豚汁とお茶だけだった。刑務所の中でも人気のある定番のメニューだが、比べものにならないほどの旨い飯に、お替りし放題ときている。誰もがいつもの冷や飯の勢いでガッツいたものだから、舌を火傷する者が続出した。それでもみんな満腹になるまで箸とスプーンを止めなかった。

 正常な食事によって得られる精神衛生は、それまで漠然と感じていた不安のようなものを払拭するには充分だった。

 戦後の検証で日本のゼロ戦をまともなオクタン価ガソリンで性能テストをした結果、当時のアメリカの世界最強戦闘機と謳われていたP-51の性能を軽く上回ったという記録が残っているのを村田だったら知っているだろうと三野は思った。

 俺たちは戦時中のゼロ戦みたいなもので、塀の中でまともな栄養がとれなかったんだ、どいつもこいつも大人げなく飯にガッつくのはしょうがねえんだよ、と言い訳したい気持ちになる。

 各所に食事を振舞う部隊の他に、同じ電動台車で寝袋を配る部隊もいる。彼らは食事が終わった一団を見付けてはその一団の横に人数分の寝袋を配っていった。

 早々に食事を終えて下を向いている柏木は、足にまかれたばかりのGPSを見詰めていた。三野もそれにつられて何気なく自分のGPSに視線を落とした。よく見るとローマ字で自分の名前が刻印されているではないか。

 三野は頭を上げて辺りを見回した。自分たちが到着した後も別の刑務所から何組かが到着していて、あちらこちらで食事が始まっている。中には既に食事を終わらせて車座になって何やら説明を受けている一団も散見される。更には就寝準備にはいっている一団もあった。

 ここにいる全員のGPSには同じようにネームが刻印されているのだろうか、刑務所の中で募集が募られてから二週間もしていないのに、よくこれだけの数のネーム入りのGPSが作れたものだ。

 このプログラムは、柏木の言っていたようにずっと以前から計画されていたに違いない。それも誰がこのプログラムに参加するかも決まっていたことになる。





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