第6話 アフリカ・スーダン⑤

「井上さん、単刀直入に言わせてもらうが」

 アルセンは、いきなり日本語を使いだしたハギギに驚きを隠せなかった。それは、相手の井上も同じことだった。

「驚いたな日本語が話せるんなんて」

 異国の地で同胞に会ったような安堵感を示す井上を無視したハギギの次の言葉は、井上の表情を凍りつかせるものだった。

「俺はあんたが、ただのジャーナリストじゃないと思っている。あるいは、この地に投資を検討している日本やアメリカ企業の人間でもない、ここはまだあまりにも不毛な地だ。ずばり言わせてもらうと、あなたはこの地で国連がPKO活動をするのに有益且つ安全な地なのかどうかを判断するために、国連から派遣されてきた調査人なんじゃないのか」

 ハギギは井上から目を反らすことなく缶ビールをひと口飲んだ。その答えは井上の凍りついた表情が物語っている。

 井上はアビエイで起きていると言われている事実上の紛争状態が果たして、どのようなものか見極めにやって来たのだ。井上の報告次第で国連がスーダンにやって来て人道支援活動を開始する。それは恐らく油田開発に投資している中国の働きかけによるというのもあるのだろう。しかもそれが決まれば日本の自衛隊も派遣されて来るであろうことは、ここにいる日本人の井上の存在がそれを示唆してることは想像に難しくなかった。

「いや、そこまで見透かされているとは驚きました。私はこのアビエイで起きている武装グループ同士の戦闘にイスラム原理主義者が関与しているのか確かめに来たのです」

 井上は時折りアルセンにも視線を向けて話しを続けるが、アルセンには日本語がわからなかった。

「本来、国連の人道支援が必要な国や地域は必ずと言っていいほど、内戦や紛争を抱えているものです。そもそもそれが原因で人道支援が必要になっていると言っていいでしょう。そのため国連の人道支援は常に戦闘と背中合わせの場所で行われています。我々は少なからず死に対しての覚悟は持っていますが、だからと言ってどんな紛争地帯にでも行くのかと言ったら現実問題としてそうは行かないのです。我々としては人道支援隊の安全を最優先に考えなければならない。そこで一番に憂慮されるのは、イスラム国の存在です。彼らはその支配を世界規模に拡大させることを標榜しているのはご存じでしょう」

 ハギギとアルセンは否定も肯定もせず井上の話に聞き入いっている。

「その思想に共鳴した過激派も各地で IS と同様の行動を起こしています。つまりテロ行為です、彼らは国連を敵と見なし無差別に攻撃を仕掛けてきますから」

 そこまで聞いたハギギは、納得の表情で井上の言葉を引き継いだ。

「だからこそ、イスラム過激派が暗躍している地帯は危険だから人道支援隊を派遣させるわけには行かないと言うことだろ」

 井上は深く首肯して見せる。その力強い眼差しからは最早ハギギらに危険な思想がないことを確信していることが窺える。何かの商談でも決まっていたなら握手でも求めて来そうな様子の井上は残りのビールを旨そうに飲み干していた。

 これを機に若干緊張気味だった場の雰囲気は和らいで、いくらか砕けた話もするうちに、入れ替わり立ち替わり武装グループのメンバーが顔を出し始めた。

 彼らは、2人の部外者を認めると一様に怪訝な表情を浮かべたがその度にハギギが事情を説明し2人を紹介した。そして夜更けまでにはメンバー全員と顔を合わせ終わっていた。

 ハギギの話によるとどうやら南スーダン側も事情は似たようなものらしい。いくら政府がバックアップしているとはいえ物資がそう潤沢でないのは一緒で、ハギギたちでさえライフルの弾数を気にしなければならない現状だという、しかしそれは彼らが政府からの信用が十全ではない証左かも知れない。

 とにかく近頃は牽制し合うばかりで怪我人も出ていないと言う。話の成り行きで井上は明日にも現場に同行することになってしまった。

 ここで今晩、ソファーの上に横になると言う予感は現実になるどころか、それから5日間もハギギらと寝食を共にすることになっていく。

 武装グループのメンバーは 20人程度と言うことだったが、その内の半数はアビエイの発展に共なって首都ハルツームから移り住んできた若者たちだった。中には既婚者もいるようだったが、いずれも単身で来ている者しかいない。

 すっかりグループに打ち解けた2人の外国人は終始陽気な彼らと行動を共にし広大な敷地内でサッカーに興じたり、夜は毎晩のように酒盛りをした。

 灼熱の大気は陽が沈んだあとも存分に顕在しているはずだったが、コテージのような建物をバックに雄大に広がる星空の下で野外に出したカウチに深々と座り、缶ビールを傾けていると、その暑さは少しも気にならない。それどころか涼しさまで感じるほどだ。

 井上が貸した ipad の液晶画面の光に、背中を丸めたアルセンが少年のように目を輝かせている。その後ろで画面を覗き込んでいるのは、ケル・ブルックという男だった。ハギギにとってアルセンが弟ならケルは右腕のような男で、このケルがハギギの打ち出した方針を実現させるのに欠かすことの出来ない存在だということを井上は認識していた。

「アルセン、変なサイトは開かないでくれよ。帰ったら女房のチェックが待っているんだからな」

 井上は星空を見上げたまま言った。

「安心してくれ、俺が後ろからシッカリと監視をしておく」

 ケルはウインクして見せるが、それは少々頼りない監視であることを井上を含めた周囲の者たちも知っている。

 ケル、昨日一緒にエロサイトを見ていたじゃないか、と誰かの声がすると辺りにドッと笑い声が弾けた。

「ひとつ聞いてもいいですか」

 井上がハギギに訊ねる。

 缶ビールを片手にハギギが井上に顔を向けた。

「あなたは見た感じだと、中東の生まれのように見える、他のメンバーも半数は明らかにアフリカの出身じゃない。そのあなた達が、どうしてこの地を選んだのですか」

 ハギギは、ゆっくりと缶ビールを飲んで、空になった缶を、ゴミ箱に放り投げた。

「アルセンやケルは同じ街で生まれ育った移民2世だ。国はヨーロッパのどこかの国と言うことにしておこう。その国の移民受け入れ政策は、一部の政治家の利権とその国の目先の面目を果たすのに利用するためだったとしか言えない欠陥だらけの政策だった」

 アルセンやケルの周囲で、はしゃいでいる若者たちもいれば、目敏くハギギの空いた手に冷えたビールを届けに来る者もいた。缶ビールを受け取ったハギギは話を続ける。

「政府は国民の間に生まれる移民に対しての排他的な感情に全く無頓着だった。と言うより最初から政府も道義的に移民の受け入れを決めたわけじゃなかった。ある意味でかつて植民地化した現地の人間を身分はそのままにして自国に受け入れたようなものだ。それが証拠に、職場や学校はもちろんのこと地域社会のあらゆる分野に差別は及んでいる。公には公言していないが移民は立ち入りを拒否しているレストランなんかはザラにある。そんな社会の中で2世を生んだ家庭はどうなると思う」

 ハギギは缶ビールのプルトップを引いて口を付けた。

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