第3話 アフリカ・スーダン②
アルセンを加えたハギギのグループ20数名は、二手に分かれて廃工場の中から、敷地の出入りが視認できる場所に隠れて陣取っていた。アルセンもハッキリしないまま取り敢えずは、ハギギの傍らに身を潜めている。
「何だ、どうしたって言うんだ。これから誰かが俺たちを襲ってくるのか」
言いながらアルセンは、ハギギに倣って渡されたハンドガンの銃口を外に向ける。
「俺たちは嵌められたのさ、実は俺にもアルセンを殺したら幹部にしてやるとオファーがあった」
「フンッ、奴らが考えそうなことだ」
マフィアの連中はハギギとアルセンを天秤に掛けていたのだ。しかしアルセンにしてみれば、それで騒ぎ立てるのはおかしかった。マフィアの一員になるのは強い方がいいに決まっている。
「だけど負けたのは俺だ。お前が奴らの所に行けばいいだけの話じゃないのか」
アルセンを見るハギギの顔には、相手を馬鹿にするような感じはない。不良移民の連中が、最も嫌うのは馬鹿にされることだと知っているのだ。逆に馬鹿にされることに慣れ過ぎているアルセンは、ハギギのそんな態度に拍子抜けして、微動だにしない感情の置き場所に困る。
「奴らは移民を自分たちの仲間にするつもりはない。移民を受け入れて将来その移民の中から組織を支配する人間が現れることを恐れているんだ」
「じゃあ何で俺たちに幹部の話を持ちかけて来るんだ。俺には必要なら武器と金も用意すると言ったんだぞ」
「お前はそれを蹴ったんだろ」
アルセンは、なぜそれをハギギが知っているのか、という単純な疑問にも気付けないほど困惑していた。
「当然だ、俺は腕だけで伸し上がってきたんだ。ハギギをやるのに今更手助けは必要ないとい言ってやったのさ」
ハギギは笑みを浮かべる。
「奴らはな仲間にできない不良移民が、街で好き勝手に暴れているのが許せないのさ。だからグループを対立させて潰し合いをさせようと目論んだんだ。それで互いが潰し合ってくれれば、それでよし。よしんばどちらかが生き残っても、そいつが弱っているうちに殺してしまえばいいと考えている。今日この廃工場でお前とサシで決着を付けることは、お前がここに来た時点で初めて奴らに伝えたんだ」
アルセンは目を剝いた。
「奴らが本当に俺たちを殺すつもりなら、もうここに乗り込んでくる頃だぞ」
立ち上がり掛けたアルセンの肩をハギギは慌てて抑え込んだ。
「だから、こうして待ち構えているんじゃねえか。いいかもう一度言うぞ、お前の命は俺が預かる。ここから無事に脱出できたとしても、俺たちはもう街には帰れねえ。だからこの後も俺に付いて来い」
不意に車の音が聞こえたかと思うとハギギの言った通り、黒塗りで大型のSUVが4台、廃工場の敷地内に乗り込んできた。
「おい、ベンティガじゃねえか。お前ら車に傷付けるんじゃねえぞ」
この際マフィアの連中が乗ってきたSUVを奪って逃げるのもありだ。
ハギギは、マフィアのオフィスで幹部のオファーを受けた際に、盗聴器を仕掛けて来たのだ。それによって連中が街に蔓延る不良移民の排除計画を目論んでいることを知った。
アルセンに話したマフィアが移民を仲間にしないと言うのは本当の話だが、実際はアルセンのグループだけを残して自分たちの支配下に置こうと考えていたのだ。だからこそアルセンには武器や金の提供を持ちかけたに違いない。
ハギギが自分の仲間全員をここに連れて来たのは、アルセンを殺すためではなくて、自分の仲間が住処ごと襲撃されるのも知っていたからだった。
ベンティガを含む4台のSUVから降りてきた10人そこそこの黒ずくめの連中との戦闘は、ハギギ1人を相手にするよりもよほど楽な仕事だったとアルセンには思えた。日頃から贅沢の限りを尽くし、ハンドガンの引き金さえ引ければそれでいいと考えている身体の鈍りきったマフィアなど殺す価値も見出せない。4台のSUVはもちろんのこと銃火器も奪い、持っていたスマホや通信端末は破壊し、仕上げは生まれたままの姿にしてやってから廃工場を後にした。
それでもアルセンの両手には撃ちまくったハンドガンの衝撃が残っていた。その両手を見詰めているとなぜか、ボンヤリと視界が揺らぎだしてくる。
「大人になったら、移民て言うだけで差別されるのはなくなると思ってたけど、そうじゃなかったんだな」
それは多くの移民2世が等しく直面する問題でもあった。そしてどんなに差別をされても逃げ場があるうちは、まだいいがそれをも失った移民2世の若者たちに建設的な活路を見出せる機会は皆無と言っていい。
マフィアにすらなることも叶わず、それどころか殺されるはずだった自分の運命を呪いたくなってくる。隣では自分をぶちのめして、命を預かると言った男がハンドルを握っている。
もう街には帰れない。俺たちはこれから一体どこに行くってんだ。
アルセンが口を開こうとする前にハギギが、前方を見据えたまま話し始めた。
「これからは俺たちの手で差別のない楽園を築くんだ」
アルセンが顔を上げ、後部座席の仲間の1人が身を乗り出してきた。
「俺たち IS の戦闘員になるんじゃなかったのかよ、ハギギ」
「最終的にはそうなるしかないだろう。けどな IS と言ったら今や2万人を越える悪党の巣窟だ。その中で俺たちは行き場をなくした元移民2世だぞ。きっと今までよりも酷い差別が待っているはずだ。その挙句に自爆テロを押し付けられるのも目に見えている」
「じゃあどうするんだ」後部座席の別の男が言った。
「俺たちの方から頭を下げて IS に入るつもりはない。奴らの方から来るのを待つのさ、アフリカでな」
「アフリカだって、これから俺たちはアフリカに行くのか」
アルセンにとっては両親のルーツでもある。
「そうだ、アフリカだ。アフリカは欧米列強の植民地政策から脱却して独立を果たしたものの未だに政治が安定していない国が殆どだ。無法地帯同然の国もあれば、どこの国の領土か主権がハッキリしていない地域も多い。内戦や国家間の紛争もあちこちで起きてる。それでいて、あと数十年もすればアフリカは世界で一番人口の多い大陸になる。そのうちアフリカ大陸が世界で一番の巨大市場になる。俺たちは、発展途上前の地で、武装ゲリラや戦闘部族を片っ端から潰して根を張るんだ」
交差点の赤信号でベンティガを停止させたハギギは、パーキングボタンを押すと上体を後ろにひねって、後部座席の連中に顔を見せた。後ろの6人の表情には不安の欠片もなく、みんなハギギの次の言葉を待っている。リアガラスの向こうには他の仲間が乗っている3台のSUVが追いつてきて停止したのが見えた。
ハギギの言葉はスピーカーをオンにした仲間のスマホから、後ろの3台のSUVにも伝わっている。
「で、俺たちはアフリカのどこで暴れるんだ」
アルセンの言葉に、覚悟を感じ取ったハギギは、応じるような視線を向けながら言った。
「俺たちがこれから向かうのは、スーダンと南スーダンの間にある無法地帯だ」
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