【短編】処女を殺す服を探す男たち

夏目くちびる

第1話

 童貞を殺すセーター、というモノがある。



 胸元や背中が大きく開いた、タイトな長丈のニットの事だ。



 男としてはにわかに信じられないが、女はこういった服装を割と抵抗なく着用して外を歩いている。つまるところ、それを見て殺されている童貞が毎日多く存在している、という事だ。



 まるで、虎の檻の中を生肉を持って歩くが如し蛮行。



 いや、淫行だが。



 そんな女を見た時、セーターに殺されるであろう童貞諸君は。



「いや、それでナンパや痴漢をされても自己責任なのでは?」



 などと、極めて主観性に欠ける、被害者の過去データに基づいた冷たい意見を述べる事であろう。



 だが、少し待って欲しい。



 これは、我々男にとって、処女を殺す服を手に入れる為のヒントになりえるのではないだろうか。



 要するに、逆転の発想なのだ。



 童貞を殺してモテる方法があるのなら、処女を殺してモテる方法だってあってしかるべきなのだ。



 街を往くビッチを見てそう思った俺は、どうにかして処女が思わず痴漢をしてしまいたくなるような、男の服装というモノを開発する事を考えた。



 さぁ、頑張りましょう。



「ぱっと思いつくのは、男が着てエロいセーターだが」


「まぁ、そうじゃないだろうな。俺たちが胸元や背中を開いても、女が興奮するとは思えない」



 とりあえず、資金やアイデアを確保する意味で、俺は同じ大学に通う親友のトオルを仲間に引き込んだ。



「同感だ。まず、処女が何に性的興奮を覚えるのかをリサーチする必要がある」


「『あなたは処女ですか?』と聞いて回るのか?」


「それが手っ取り早いけど、確実にブタ箱にぶち込まれる。相手は誰でも構わんから、とりあえず好きな服を聞いて行こう」



 という事で、俺たちは街頭で100人の女に『好きな男の服装』のアンケートを実施した。



「意外と答えてくれたな」


「世の中、捨てたもんじゃねぇ」



 その結果、モノトーンなどのシンプルで清潔感のある服装が好みである事が分かった。後は、季節色を程よく取り入れるのも効果的らしい。



「……いや、そんな事はメンズノンノでも読めば分かるだろ」


「失敗だったな。これは、彼氏に着て欲しい服だ。決して、エロスを感じる服じゃない」



 アプローチを変える必要があった。改めて、欲しい情報を確定させよう。



「『女にモテる』じゃなくて、『処女を殺す』なんだ。和食で例えるなら、寿司よりもこのわたを好む奴を探すのに近い」


「めんどくさいし、そのまま『エロさを感じる男の服装』のアンケートを実施しようぜ」



 そんなワケで、再び街へ繰り出し、100人にアンケートを取った。



「別に、大胆な露出は求めてないんだな」


「チラっと首や腕が見えるのがいいらしい。女って、むっつりスケベばっかりだ」



 特に人気だったのは、制服などのコスチュームだ。ビジネススーツという意見も多いが、それで処女が殺せるのならば、サラリーマンは苦労していないだろう。



「警察、消防、医者、アニメのキャラ。道理で、コスプレが好きなワケだ」


「男と違うのは、自分も着たがるかどうかか」


「多分、シチュエーションを重視してるんだろうな。もしも、男と同じようにセクシーさを求めるなら、理論的にチンコがもっこりしてるズボンがいい事になる」



 エガちゃん最強説、あるな。



「童貞を殺すセーターからも、それは間違いない。ならば、シチュエーションを日常的に与える制服を探すのがいい」


「女向けのAVでも見るか?」


「やろう」



 しかし、何本か見ても行為までが無駄に長いだけで、男向けのモノと大した違いは感じられなかった。



 どうやら、座礁してしまったらしい。一体、どうしようか。



「なぁ、一つ気になるんだが」


「なんだ?」


「俺らが童貞を殺すセーターを見た時、エロい以外にどう思った?」


「ビッチだなぁって」


「他は?」


「彼女にはしたくねぇなぁって」


「他」


「あざといなぁって。……あ」



 なるほど、そう言う事か。



「つまり、それだよ。フリフリのワンピースみたいに、女から見てあざとい服装ってのがあるハズだ。それが、処女を殺す武器になるんだと思う」


「じゃあ、ゴスロリチックな男の服でも探すか」



 ということで、色々と探してみた結果。



「執事かぁ」


「それも、クラシックなのがいいらしい。なるほど、悪役令嬢モノが流行るワケだ」



 ジャケット、ベスト、タック入りのシャツ、クロスタイ、手袋、ピン、ハイウェストのパンツ、革靴。



「所謂、タキシードだな」


「セーラームーンに、そんなキャラいたよな」



 女に人気のアニメキャラを見てみると、確かに執事のキャラは多い。というか、それ自体がモチーフの作品も星の数ほどある。



「おまけに、執事カフェなんてモンがあるぞ」


「メイドカフェの逆説だな。調査なんてしなくても、答えはそこら中にあるもんだ」


「まぁ、調べるのも楽しかったしいいだろ」


「言えてる」



 ただし、俺たちがこのコスチュームを着たところで、童殺セーターを着た女と同じ効果を得られるとは思えない。



「シチュエーションのせいだな」


「あぁ、そこがおっぱいと生足を見られれば喜ぶ俺らとは違う、一番の難関だ。そもそも、町中でコスプレなんてしても、ただの痛いヤツ扱いされて終わる」



 処女なんて、童貞と同じくらいめんどくさいだろうし。他の目もある。



「なら、どうする?」


「本物の執事服を手に入れるしかない」


「じゃあ、執事になるか」


「おう」



 という事で、俺たちは大学を一年休学し、海外留学でフランスに飛んで、とある名貴族の家で住み込みの執事をこなした。



「よし、執事になったぞ。頑張ったから、退職金代わりに服も貰えた」


「ついでに、フランス語も喋れるようになったな」



 これで、準備はオッケーだ。



 後は、執事服を着て電車に乗ったり、スクランブル交差点で信号を待ったりすればいい。



「腕まくりしたり、タイを緩めたりしてみよう」



 ……その結果、確かに視線は集められた。



 振り返ると女と目が合って、前髪を直す仕草を確認する事も出来た。誤魔化すように目を逸らして、しかし俺らの視界に映る場所でわざわざ立ち止まるような女もいた。



 明らかに、意識している。女がおっぱいを見られているのを知っているように、男も見られている事にはすぐ気が付く。



 男として見られてる時って、こんな感覚だったのか。



「けど、これって殺せてるか?」


「分からん。そもそも、あの子たちが処女かどうかも分からん」


「なんでだろうな、答えには近づいてるハズなんだが」


「帰国したと思ったら、君たちは一体何をしてるのよ」


「あ、キョウコ」



 キョウコは、俺たちの同期だ。頭がよくて、結構頼りにしている。



「処女を殺したくて色々と頑張ってみたんだが、どうにもうまくいかなくてな」


「説明しなさい」



 かくかくしかじか。



「なるほど。君たちが何も分かってないのが分かったわ」


「マジかよ、教えてくれ」


「ヨーツベで、配信者に盲目的になってる女の子を探しなさい。中でも、特に子供っぽい子を探しなさい」


「なるほど、文章でその人は分かるしな」


「やろうか」



 確かに、アイドル配信者とやらのやり方は、かなり金の匂いがした。こいつらのプレイに、処女を殺す術が詰まっているに違いない。



「要するに、一番売れてちゃダメなんだな」


「ファンは、育ててあげたいワケだ」


「母性本能の墓場だよ、これは」


「Vに貢いでる男も似たようなもんだろ」



 言えてる。



「つまり、なんだ?」


「こう、ちょっとイケてない感じがいいんじゃないか? 陰キャ女子が好きな男も、一定数いるだろ?」


「あ〜、『私たちでもイケる』って思わせられるラインってことか」


「多分。まぁ、実際陰キャ女子はイケないけどな」


「理想高いし、フツーにセフレいたりするもんな」



 というワケで、ちょっと猫背になってみた。フランスの主様に教えられたやり方とは違う、気怠げな健気さを演出するようになった。



 その結果、大学のキャンパス内で声をかけられるようになった。



 所謂、逆ナンだ。



「……でも、処女は殺せないな」


「みんな、フツーに非処女だった」


「もしかして、処女も非処女も大して好きに違いはねぇんじゃねぇの?」


「考えてみれば、童貞じゃなくても童貞を殺すセーター好きな奴はいるしな」



 行動すればするほど、女の好みの複雑さが浮かび上がってきて困る。一様にカテゴライズ出来る男の、なんてシンプルで分かりやすいことか。



「もう少し、頑張ってみるか?」


「いや、もう就活しねぇと」


「あぁ、そだな。幸い、ガクチカとコミュ力は、この2年でいっぱい鍛えられたし」


「それじゃ、また遊ぼうぜ」


「おう」



 そんなワケで、俺はトオルにしばしの別れを告げて、就活を始めたのだった。



 × × ×



「おはようごさいます、お嬢様」


「……んぅ。もう、何よ」


「朝食のお時間でございます」


「っさいなぁ。持ってきて食べさせてよ」


「お父様が、ご一緒したそうに見ていましたよ」


「パパはムカつくからイヤ」


「……それでは、お持ちするのでお着替えを」


「あんたがすればいいでしょ? 私、別に学校なんて行きたくないんだから!」


「承知致しました」



 ……今は、大学を卒業してから数年後の朝。



 俺は、新卒でとある官僚の家に仕える執事となっていた。



「おまたせいたしました」


「先に歯磨きさせて」


「そう仰られると思って、ここに」



 あの頃、処女を殺すつもりで培ったスキルを発揮しようと考えた結果、もう執事になってしまった方がいいのでは?という、当然の答えに行き着いたからだ。



「はい、あ〜ん」


「あ〜」



 因みに、トオルはとある社長の家に執事として仕えている。あいつも、一人娘に手を焼いているらしい。



「はい、洗面器にうがいしてください」


「べぇ〜」



 俺は、この仕事を結構気に入っている。



 元々、人の為に何かをするのも好きだったし、主様のご家族様方もみな優しい。お嬢様も、年相応のワガママだと思うし、別に鬱陶しいと思うこともない。



「いただきます、ちゃんと言ってください」


「いただきま〜す」



 ただし、一つだけ問題がある。



「よく噛むんですよ」


「うるさいなぁ」



 それは、お嬢様が処女である、ということだ。



「洗濯物、運んでおきます」


「早く戻って来てね」



 つまり。



「……ふぅ」



 執事服を着ている俺が、処女のお嬢様の尻に敷かれているということは、執事服は決して処女を殺す服ではない、という事になるのだ。



 何という悲劇か。



 俺たちの最後のモラトリアムの全てを捧げて導き出した答えは、呆気なく否定されてしまったらしい。



「悲しいなぁ」



 だから、俺は先日、久しぶりにトオルに連絡をした。



 すると、奴も似たような境遇らしく、やっぱり執事服は処女を殺せていないとの事だった。



「なら、もういっぺん考えてみっか」


「そうだな」



 そんなワケで、俺たちは再び、処女を殺す服を探す事を約束したのだった。



 今度は、お嬢様方の意見でも取り入れてみることにしよう。

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