第26話 墓参
葬の宿『岸の駅』で鈴乃の経を聞きながら、忠哉は両親のことを思い出していた。久しく墓参りをしていない。鞠江と結婚後も、愛絆が生まれてからも墓参りをしていなかった。多忙など理由には出来ない。思えば、父の死をきっかけに『禅乃楼』との縁が出来た。医師に父の死を告げられ、葬儀屋には預かる事を断られ、このご時世が火葬待ちの遺体で満杯だと知った。両親と住んでいたマンションは規約で遺体を入れることも出来ず、追い詰められて夕暮の『禅乃楼』の前に立って居た。老舗旅館のくぐり門の敷居が高く、入るのを躊躇している時に社長の徹人に声を掛けてもらったのが始まりだった。その延長線上に鞠江との結婚もある。忠哉は墓参りに行かなければと思った。経を終えると鈴乃は忠哉に振り向いた。
「そうよ、思い立ったが吉日よ」
忠哉の心を見透かしていた鈴乃は、足早に去って行った。
年中無休だった『禅乃楼』別館が初の休館日となった。朝早く家を出た忠哉と鞠江は、愛絆を連れて西園寺家の墓参りに向かった。
一方、徹人と香奈枝も梨咲を連れて、破損後初めての墓参りだった。勿論、宮園家の墓石は破壊の被害に遭った後、既に新たに建立し直されていた。墓地は閑散としていた。少し先で数組の墓参の人々が集まっている程度だった。陽が高くなる前の墓地は線香の香りが小気味良かった。ふたりが先祖に向き合いゆっくりしていると、梨咲が呟いた。
「来るよ」
香奈枝は梨咲を抱いて墓石の陰に立った。数組の墓参客が次第に一つの群れとなって宮園家の墓石に向かって近付いて来た。彼らは『日吉組』を離反して結成された『
「宮園、おまえも墓に入ってもらおうか」
その時、組長だった日吉武尊が現れた。
「やはり来たか、おまえら。滝澤、素人さんに悪さするんじゃねえ」
「時代錯誤なんだよ、爺さん」
滝澤が指示を出すと寿会兵隊の斎藤秀一がいきなり日吉武尊に襲い掛かった。しかし、武尊の得意技 “指殺し” で一瞬にして斎藤は両目を潰されてのた打ち回って喚いた。
「この御人方に手出しすることは…」
日吉武尊が言い終わらないうちに滝澤の銃弾が日吉武尊の頭部を襲った。
「許さねえってか」
「滝澤!」
「爺さん、てめえの戯言は聞き飽きた。てめえら早く片付けろ!」
元日吉組舎弟頭の佐竹巖ら残党一味が徹人を取り巻こうとするや、突然、滝澤と佐竹が徹人の足下に倒れ込んだ。その背中の急所には矢が刺さっていた。一味はいきなりリーダー二人が倒れて狼狽えた。続け様に寿会メンバーが次々に首や腹部に矢を受けて倒れ、地べたで苦しみもがき、動かなくなった。残党頭の小原完が怖れを成し、仲間を振り切って全速力で出口に向かって逃げ出すと、連中も一斉に後に続いた。そこに忠哉と鞠江が弓を構えて現れた。
「お客さん、順番守ってくださいよ。次は誰の番です?」
連中は後退った。
「では、こっちで決めましょう」
忠哉の矢が容赦なく小原の鳩尾を襲った。小原の苦しむ姿を後目に胤を返して逃げようとすると久坂と安藤が立ち塞がった。半グレグループ『寿会』の渋井らは腹を決めて忠哉と鞠江のほうに反撃に移って来た。ところが既に発破技士の支倉宗孝がダイナマイト・プランジャーの取っ手を握って待っていた。怯んだ残党が逃げようとする先目掛けて点火ダイナマイトを容赦なく投げると、渋井や横井ら数人が爆死した。
「もう一丁行くよ」
支倉は更に逃げ惑う連中に点火したダイナマイトを投げ付けて爆死させた。久坂と安藤が馬乗りになって殴り続けた兵隊の顔はどれも原型を失っていた。死体処理班となった牧口常三と小松憲は墓地でマグロ状態になった死体を次々にキャラバンに詰めていた。
「こいつら幸せだ。どうせ戸籍上存在しない密入国連中。火葬してもらうだけでも有難えだろ」
「火曜日だっちゅうのに鈴乃さんの火葬炉はフル操業だね」
「墓参りが連中を誘う罠だなんて、これっぽっちも疑わないとはね」
「無計画で社長を襲おうとするからだよ」
「だけど組長は流石お見通しだったね。ここに来るとは思わなかったよ」
「それより、連中に黙っていたことが男気だね。逆に社長を守ろうとしてくれた」
「古き良き時代の香りがするね」
久坂が、終始逃げ回っていた半グレメンバー最後のひとり・縞英二の死体を引き摺って車に近付いて来た。縞は組長・日吉武尊の愛人だったラウラと柳井一二三との間に生まれた子である。柳井が自分の鉄砲玉に仕込もうとしたが愚にも付かない屁垂れ野郎に育った。縞の死体を荷台に放り込んだ久坂は振り返った。その視線の先には、日吉武尊のそばに膝を付く徹人が見えた。
「久坂さん、組長は無事なんでしょうか?」
「もうちょっと待て」
日吉武尊は徹人の膝で虫の息だった。
「申し訳なかった」
「すぐに救急車を!」
「呼んじゃならねえ。今日の事は闇から闇に…」
日吉武尊は息絶えた。久坂が寄って来た。
「徹ちゃん、組長のご遺体、どうする?」
「どうもしない。連中と同じく鈴乃さんの火葬場だ」
「だよね」
「牧口! これが最後の一体だ!」
最後の遺体である日吉武尊の遺体は、徹人が自ら荷台に入れた。
「どれ、火葬場に向かうか!」
牧口は連れた香奈枝と梨咲を同乗させ、クズどもの死体でいっぱいになった冷凍車を火葬場に向けて出発させた。
「急いで墓地を掃除しよう」
「黒田社長が始めてます」
見ると専門機材で掃除を始めていた黒田が微笑んで手を振っていた。徹人はふと愛絆のことが気になった。
「忠哉くん、愛絆ちゃんはどうした?」
「黒田社長の計らいでくぬぎちゃんの付添で一足早く『禅乃楼』に」
「そうか」
「香奈枝さんから連絡があって、もう『禅乃楼』で合流して、愛絆は梨咲ちゃんと遊んでいるそうです」
「そうか、じゃ、我々も引き上げよう! いいかな、黒ちゃん」
「任しとけ!」
徹人らが去って数分も経たないうちに、墓地に警邏の巡査が3名やって来た。掃除の黒田が職務質問をされた。墓地に異常な騒ぎを感じた近所の住民の通報があったという。黒田はいつもの低姿勢で応えた。
「申し訳ありません。お騒がせしております」
「揉め事とかはなかったですか?」
「揉め事というか、いつもよりお墓参りの方々の出入りが多くて、子どもたちが花火で遊んでましたんで危なくて…今、片付けている所です」
「他には?」
「子どもたちが飽きて走り回って燥いでいただけで…私は掃除に掛かっていたものですから」
「墓地はきれいですね」
「まだ半分も済んでませんが、この墓地はいつも左程汚れてはいませんで助かりますが、花火は困ります。線香より火薬の臭いが強くなってしまいますから、仏様に申し訳なくて…」
巡査はざっと墓地を見回して警邏を済ませ、黒田に軽く会釈して去って行った。黒田が機材を退けると、そこには血溜りがあった。それを急いで掃除し、特殊な洗剤で洗い流したあと、一帯にコーティングを施した。このコーティングは「事故物件」用の掃除液として黒田の会社が独自に開発したものだった。墓地の片付けが終わり、黒田は撤収のために社員を呼んだ。
「社長、この墓地に何かあるんですか?」
「どうしてだ?」
「何かある時、社長はいつもひとりで作業しますよね」
「じゃ、教えてやろう。この墓地に長居すると悪霊に憑りつかれると謂われているんだ」
黒田の一言で社員たちは速やかに撤収し、墓地を後にした。
静けさを取り戻した墓地に、隣接する田耕寺の住職・田慶が佇んでいた。この墓地の周辺一帯の持ち主は宮園家の所有で、周辺一帯には墓参客の足元を見て高値で商売する花屋も飲食店もない。そうした商売の禁止区域だった。田慶はゆっくりと墓地を見回り、寺に戻って行った。
田耕寺の寺男兼墓地の管理を任されている兵頭多喜男は古くから田慶の指示で墓地の隅に花畑を拓き、墓参客に無料で提供していた。黒田とも親しい間柄だった。
「お騒がせしたな、多喜男さん」
「若主人のこたあ、見ざる聞かざる言わざるよ、黒田さん」
「周りには随分民家が建ったな」
「鐘がうるせえの、窓から線香の臭いが入るのと口うるせえのがいる」
「田耕寺の和尚はどうしてる?」
「田慶和尚は長生きだ。百歳を越えてもぴんぴんしておられる。地獄耳のくせして口売るせえ住人の声は一切聞こえないらしい」
ふたりは笑った。
「多喜男さんに土産を持って来た」
「オレは酒は呑まんよ」
「酒じゃない」
黒田は包みを出した。包みを開けると、油紙の中から黒光りするものが現れた。
「久し振りに若主人から預かって来た」
「そうか」
兵頭は黒田を伴って階下に降りた。頑丈な柵が開くと薄暗く細長い部屋が現れた。その壁には細長い箱がいくつも並べられていた。兵頭はひとつの箱の鍵を開けた。蓋を開けるとランダムに揃えられた銃が現れた。黒田の銃を受け取った兵頭は無造作にその一角に納めて蓋をし、鍵を掛けた。
「若主人のやんちゃは止まんね」
「この国は信用出来ないからね」
「ぶれない目的は一つだね」
「そう、若主人の夢は民間軍事会社…それは我々の夢でもある」
地下室の中でふたりは自衛隊時代の話に花を咲かせた。
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