第20話 その先に在るもの

 2週間後、解体現場の瓦礫の撤去作業が再開した。現場には瓦礫を運ぶダンプカーが待っていた。公共施設から鳴り響く午後のサイレンと同時に、瓦礫の回収作業が始まった。2時間程するとダンプの荷台は瓦礫でいっぱいになり、現場を去って行った。その日の工事はそれで終了である。

「本当に今日はこれだけでいいんですか? 1日4~5往復すれば瓦礫の撤去作業なんて2日で終わりますよ」

「いや、お約束どおり1日1往復でいいそうだ」

「…そうですか」

「これからこのサイクルで頼む。今日の作業はこれで切り上げてくれ」

「もう少し作業を続けても、ご近所からの抗議はないと思いますよ」

「抗議があってからでは遅いですから。1日分の作業代はお支払するから」

「そんなことじゃないです。少しでも完成を速めたらと」

「大丈夫。気候が厳しくなる前に終わればいいから、ゆっくりで」

 黒田の善意の提案を頑として受け付けなかった徹人は、土中に4人が生き埋めになっていることを知っている。生き埋め救助のタイムリミットは72時間、絶食の場合でも3週間は生存の可能性がある。確実に葬り去るには最低でも3週間、彼らを土中に留まらせる必要があった。

 瓦礫の撤去作業から3週間が経ってやっと瓦礫が全てなくなり、施設の地ならしが始まった。

 土台にコンクリを敷く土を掘っている作業員が叫んだ。掘り出された土の中から死体が出て来たというのだ。死体は4体発見された。工事が中止され、再び防護壁が張られ、中で現場検証が始まった。

 鑑識官らの現場検証に香奈枝と久坂が立ち会っている最中、戸田啓蔵と仁科文隆も駆け付けて来た。

「お宅も疫病神に憑り付かれたね」

「疫病神って?」

「未だに袴田の呪いを引き摺ってるじゃないか」

「ああ、袴田氏のほうね」

「え !? 袴田氏のほうねって、どっちのほうだと思った?」

「戸田さんよ」

 香奈枝はあっけらかんと答えた。

「オレのほう !? そりゃないだろう」

「冗談よ」

 戸田が鑑識官の山下元に呼ばれた。

「戸田さんのお探しの物が出ましたよ」

 死体のすぐ近くの土中で大量の覚醒剤が発見された。

「…出たか」

 戸田は歓喜した。工事の関係で捜査が打ち切られてあきらめていた矢先である。やっと手柄になった。鑑識の現場検証や証拠収集に3日を費やし、監察に回された死体の身元も判明した。ホテル袴田の従業員・西垣安治と国際手配中の林博文、西秀英、王天佑の4名だった。4日目にやっと規制解除されて工事が再開した。

「二代目! もうこっちのペースで工事進めさせてもらいますよ。テキパキ作業を進めないと職人どもの体が鈍って頭までおかしくなる」

「頼む」

 徹人は黒田に任せた。工事は急ピッチで進められた。黒田の度重なる近隣住民への差し入れが功を奏し、特段の苦情もなく半年が経過すると、施設の完成が間近となった。


 施設名の看板が出来上がって来た。おとなしい明朝体の黒文字で、 “葬の宿『岸の駅』” とあった。香奈枝が考え深げに見つめて唸った。

「この名称は社長がお考えになったんですか?」

「いや、鞠江さんに考えてもらった」

「鞠江さんに !? 」

「 『牡丹』で外を見てボーっとしてたら、魂が抜けそうになってるって彼女に笑われてね。私なりに必死に施設の名称を考えていたんだよ」

「魂が抜けそうに !? 見たかったわ!」

 香奈枝が噴き出した。

「確かに近隣住民の皆さんの目に触れても抵抗感の少ない名称って難しいですよね」

「洒落た名称にしようと思っては見たけど、洒落ようのない施設なんでね」

「どんなのを考えたんですか?」

「従来の遺体安置施設の呼称には、非常に悩んだ跡がみられるね。結局、外国語を駆使して負のイメージに距離を持たせている業者が殆どなんだ。ただ、『禅乃楼』としては、和名で勝負したかった。しかし、それだと適当なのが浮かばないんだよ」

「和名ね…」

「出来るだけ明るい名称にしようとすると不真面目な感じになるし、厳かにしようと思うと重くなるしね」

「葬の宿『岸の駅』って、これはまじめで、とてもいい名称だと思います。鞠江さんは良いセンスしてるよね。その場で浮かんだのかしら」

「その場だね。数秒考えただけだった」

「数秒 !? 」

「ヒット曲の“白いブランコ”並みだね」

「白いブランコ !? 」

「昭和のビリーバンバンという兄弟歌手のヒット曲で、短時間で完成した曲といわれているの」

「じゃ、この名称はヒットするね」

「彼岸に旅立つ人を此岸の人が見送る駅…どこかロマンチックな気もする。このタイトルで曲を作ってもヒット間違いなし!」

「社歌でも作るか」

 ふたりは笑った。

「営業開始の寸前にこの看板を掲げようと思ってね」

「設備は整いましたから、あとは内装だけです」

「当初、『禅乃楼』別館にこの施設の部門を儲けようと思っていたんで、忠哉くんにずっと準備してもらってたんだ。お蔭でこっちの施設でスムーズに出来ることになった」

「彼ひとりで !? 」

「凄い営業力だろ」

「分からないものね」

「だから、ここの支配人になってもらおうと思ってるんだ。説明会での近隣住民の受けも良かったしね」

「不思議な子よね」

 忠哉はその日のうちに徹人の依頼を受けた。かつて飴と鞭の条件を出されて『禅乃楼』に父の遺体を預かってもらった時以来の緊張が走った。自分が新施設の支配人など務まるわけがないと固辞したのだが、徹人には “取り敢えず” だからと交わされて話は済んでしまった。

 新社屋に葬の宿『岸の駅』の看板が掲げられた。『禅乃楼』別館には、鞠江を中心に永久子とくぬぎ母娘が配置され、葬の宿『岸の駅』には香奈枝と忠哉が配置された。仕事終わりには今までどおり本館の徹人の書斎に集まり、不定期ではあるが以前より頻繁に作戦会議が開かれるようになった。忠哉は、どうやら徹人にとって『岸の駅』もゴールではなく、何かもっと重大な目的に向かっているような気がした。

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