第12話 接点

 香奈枝が袴田の覚醒剤ルートを追っていて偶然にも後藤田弥栄子の殺人犯を浮上させて来た。

 警察は疑いを持ったホテル袴田従業員の西垣安治をマークしていたが、袴田の覚醒剤ルートはそこでぷっつり途絶えていたため、西垣は泳がされている状態だった。しかし、香奈枝はその逆を考えた。そこでホテル袴田からチェックアウトする宿泊客を片っ端から付けた。チェックアウト後の宿泊客は殆どが駅に向かう中、ある外国籍らしき男は浅草の格安宿泊所「草乃」に入って行った。香奈枝は「草乃」を張った。


 2週間ほどしてその男は宿から出て来た。後を付けると、またホテル袴田に入り、翌朝、チェックアウトして格安宿泊所「草乃」に戻った。浅草の格安宿にチェックインしていながら、約2週間サイクルで繁華街の一般宿に重複して宿泊するのは、いかにも不自然な行動だった。

 男が動きそうな10日後辺りから、香奈枝は小松と安藤を伴って「草乃」を張り、男がホテル袴田に向かうのを待った。男は何の警戒心もなく出て来た。人気のない路地に入った時、“今だ!” とばかりに小松と安藤が男を襲った。ガムテープで目と口を覆い、あっと言う間に手と足を結束バンドで拘束した。上着とズボンから大量の覚せい剤が出て来た。香奈枝は男のポケットから名刺入れがはみ出ているのに目が止まった。塗れていた名詞の中に “おやっ” と思う名前があった。“後藤田弥栄子” である。香奈枝はピンと来た。その名詞を抜き取って男に見せた。

「あんた、この女を殺ったね」

 男は目を逸らしてだんまりを決め込んだ。

「你杀了这个女人,不是吗?」

 男の反応に香奈枝は確信した。

「明日、後藤田さんを呼びましょう」

「だな…こいつは?」

「おまわりに」

「だな」

 安藤が覚醒剤を自分のポケットにしまおうとしているその手を香奈枝が掴んだ。

「放しなさい…もう帰っていいわ」

「嘘 !? 」

「これ、結構な金になる」

「捕まって我々と永久に縁を切りたいなら止めないわ」

 安藤は渋々覚醒剤を放した。

「触ったとこの指紋拭いといてよ」

 すぐに香奈枝はボイスチェンジャーで110番通報した。“人が拘束されて倒れています。場所は…”・・・連絡を終えた香奈枝は、さっさとその場を離れた。小松は男の周りに散乱している覚醒剤をまだ惜しげに眺めている安藤をこずいた。

「それ、体に悪いよ」

 安藤は溜息まじりにニヤけて小松に従った。


 報復の依頼者・後藤田信和が『禅の楼』に呼ばれていた。徹人が後藤田に男の持っていた “名詞” を差し出した。“アロハ生命保険 浅草支店 後藤田弥栄子” の文字が印字されていた。

「妻のです。どこに…誰がこの名詞を !? 」

「簡易宿泊所に滞在している外国籍の男です。恐らく不法滞在です」

「その男は今どこに?」

「所轄に勾留されています」

「…その男が犯人だと?」

「その可能性があります。恐らく強制送還になると思いますが、日本の警察は数日以内に強制送還の名のもとに、覚醒剤の件は無罪放免で出国させると思います」

 後藤田信和は考えていた。

「今日、お支払して行きます」

 そう言って帯封の札束を卓上に置いた。

「…承知しました。奥様のご遺体お引渡しの準備が出来ましたら、こちらからご連絡差し上げます」

「宜しくお願いします」

 後藤田信和は肩の荷を下ろして去って行った。


 数日後、外国籍の男は公安らに付き添われて出国ゲートに向かった。その様子を後藤田信和は遠くから見ていた。後藤田の後ろには小松憲と久野香奈枝が付き添っていた。ゲート前で突然男が苦しみ出し、口から泡を吹いて倒れた。公安らが男の死を確認した。後藤田の恨みが頬を伝い、二人に促されながらその場を去った。


 鞠江がいつものようにフロントに立っていると、逸子が声を掛けて来た。

「鞠江さん」

「はい」

「そろそろ安置室の掃除をやってみる?」

 今まで鞠江は、フロントと忙しい時の本館の手伝いと、安置室以外の場所の掃除を受け持っていた。

「抵抗があれば無理しなくていいのよ」

「全く抵抗はありません」

「鞠江さんらしいわね」

「私、前からやらせていただきたかったんですけど、安置室は私如きが入ってはならない聖域じゃないかと思って…」

「そんなことはないわ。ご遺体の安置されている部屋だから嫌なのかなと思って言わなかっただけよ」

「なら、やらせてください。可能なら他の部屋も」

「そのうちね。でも暫くは後藤田弥栄子さんのお部屋をお願いしたいの。ほら、もうすぐここを発たれるから」

「分かりました」

 鞠江は逸子に渡された安置室の鍵と掃除のマニュアルを持って後藤田弥栄子の部屋に入った。整然とした部屋には、遺体は見当たらなかった。全て壁に収納され、面会の折には電動式で遺体や水回りが現れるシステムになっていた。鞠江はマニュアルに沿って後藤田弥栄子の部屋を掃除し始めた。

 人の気配で振り向くと、梨咲が立っていた。

「梨咲さん…どうしたの?」

「驚かないの?」

「驚いた方が良かった?」

「叔父さんを疑ったら駄目」

「叔父さん !? 叔父さんって宮園朔太郎さんのこと?」

 梨咲の幻影が薄くなり、完全に見えなくなった。

「…どういうこと?」

 鞠江は梨咲の幻影との会話をもう一度思い出していたが、あっと言う間の出来事で、これまでの梨咲に対する鞠江の情報量では限界があった。社長のアシスタントをしている忠哉ならもう少しは情報を持っているかも知れないと、諸々忠哉に相談してみることにした。

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