春だから、変わろうぜ!
秋野凛花
春だから、変わろうぜ!
髪を切った、そして赤く染めた。メガネをやめ、コンタクトにした。古い服は、全て一掃。ファッション雑誌を隅から隅まで読み、知識を蓄え、実際に店で店員さんにもアドバイスを貰い、自分に最高のコーディネートにした。
僕は……いや、俺は、変わった。
もう誰にも、俺は縛れない。
もう今までの、誰かの言いなりになってばかりの自分ではない!
これはからは、自分のために生きるんだ!
と、決心したところまでは良かった。
「いやぁ〜、手伝ってもらっちゃって申し訳ないね〜、ははは〜」
「は、はは……」
目の前には、気の弱そうな太い黒縁メガネの男の人。……俺は、この人と何故か今、泥だらけになっている。
事の顛末は、数分前に遡る。俺が家へ帰ろうと歩いていると……後ろから、情けない悲鳴が聞こえたのだ。
「ほえぇぇぇぇ〜〜〜〜……」
といった具合に。
その後、ボシャン! なんて盛大な音が響けば、誰だって気になるだろう。俺はいやいや振り返った。絶対面倒事だと、わかっていたけれど。
すると目の前には、田んぼに頭から落っこちている、男の人。
……漫画か!? 漫画なのか!?
っていうかあれ、息詰まって死ぬんじゃ……!
思わずサァッ、と顔が青ざめるのがわかる。明日の朝刊、男性が田んぼに顔を突っ込んで死亡。近くに男子高校生が居たようだが、手を貸さずに……警察は男子高校生の行方を追って……。
「……ああもう!!」
俺はせっかく買ったばかりの服にも関わらず、田んぼにダイブ。無い力を振り絞って、懸命に男の人を引き上げた。
「……ぷはぁっ! はぁ、はぁ……た、助かりました……」
「……いえ……でも、何で田んぼになんて落ちて……」
「はは、少し蹌踉めいてしまいまして……ああ!?」
「わぁっ!?」
男の人が盛大な悲鳴を上げるものだから、俺は思わず飛び退いて、手を思いっきり泥の中に突っ込んでしまった。うっ、ドロドロする……。
「な、何ですか……」
「メガネっ! メガネを落としてしまいました! ああどうしましょう……! あれがないと何も見えなくて……!」
「メガネ……」
涙目になる男の人に対し、俺ははあ、とため息をついてから言った。
「……手伝います、探すの」
「えっ……本当ですか!? あっ……ありがとうございます! 本当に本当に……! ありがとうございます……!」
「あの、お言葉ですが、それ米の苗です」
俺はこっち、と言うが、男の人と俺の目が全く合わない。また米の苗に話しかけている。……本当に見えないんだな……早く見つけなければ……。
あれ? と男の人はキョトンと首を傾げる。それを横目に俺は、泥の中に再び手を突っ込んだ。もう汚れてしまったのだ。抵抗はない。
そして何とかメガネを見つけ出し、現在に至る。
「………………疲れた………………」
「だ、だよね!? 本当にすみません!! ……ハッ、何かお礼をしなければ……!!」
「え、いや……いいです、そんな、気にしないで。それじゃ」
俺は田んぼから上がってすぐ、そう言って走り去った。ちょっとぉぉぉぉ!!!! という叫び声が後ろから聞こえたけど、無視無視。
……うっ、また人のために動いてしまった……!!
近くの川で体を洗い、他にも買っていた新しい服を着て、俺はまた帰路に着いていた。何故川があるかって? ここisド田舎だからだ。
「あらら〜」
すると横から声が聞こえた。今度は何だ……!
そう思って横を見た、その瞬間。
「へ」
目の前の光景に、思わず変な声が出る。そこには。
俺に向かって落ちてくる、大量のりんご。
本当に、数え切れない。十、二十、三十……いや、まだまだある……!!
「あ〜、そこの人〜、止めて〜」
「絶対無理だろぉぉぉぉ!!!!」
おばあさんののんびりとした声と、俺のその悲鳴を最後に、俺はりんごのシャワーにまみれた。
「すみませんねぇ、大丈夫でしたか?」
「だ、ダイジョウブデス……」
おばあさんの問いかけに、俺はヘロヘロになりながら答える。何とか、何とかやった。なるべく全部、落ちてくるやつは取った。今までこんなに動いたことがあっただろうか、いや無い(反語)。絶対に明日、筋肉痛だ……。
「本当にありがとう、助かったわぁ」
「い、いえ……」
「これはお礼よ、受け取ってちょうだい」
「いや、お構いなく……」
俺は顔を上げ、思わずえっ、と悲鳴を上げた。
そこには、大量のりんごをその細長い腕で抱えた、おばあさんがいたから。しかも、満面の笑み付き。
「そんなこと言わずに、受け取ってくださいな」
「え、い、いや、無理……」
「そんなこと言わずに〜」
「ほ、ほんといいですから!!!! あっ、じゃあ一個! 一個だけーーーー!!!!」
何とか押して、打ち勝った。一個のりんごを手に抱えながら、俺は家までの道を歩く。……あの量を持たされなくて良かった……。あれは冗談じゃなく、死ぬ。
そして、俺は。
「ぴぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「……………………」
……今度は何だ!!
目の前に、座り込む幼女。服は薄汚れていて、膝にはジワリと血が滲んでいる。……転んだのか、痛そうだな……。
……まあ俺には、関係のない話……。
「びぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「……………………」
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「……………………」
「変なお兄ちゃんが私のことをやらしい目で見てるよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「見てないからぁぁぁぁぁぁ!!!!」
立ち去ろうとした瞬間、幼女がそんなことを叫ぶため、俺は勢いよく振り返った。もう一度言うが、ここis田舎。そんな噂が広がろうものなら、俺は死んでしまう。こいつ、俺に助けてもらう気満々だよな!?
「あーわかった! 何ですか、どうしました!?」
「擦りむいた! 抱っこ!」
「……強かに生きていきそうだな……」
恐らくこの子、ちょっとやそっとのことでは死なないのだろう。達者で生きろ。
だが今はここで去ると俺が死ぬ。社会的に。ので、彼女の前に座り込んで、あー、と呟いた。……俺、体力無いのに加えて、さっきのりんごシャワーのせいで疲れ果ててるっていうのに……。
ため息を付き、幼女を持ち上げようと。
「………………」
「お兄ちゃんー、力無いんだね」
「そうだね……生まれて十五年、人なんて持ったことないもん……」
俺の細い腕はあっという間に限界値をカンストした。痛い。こんな幼女すら持ち上げられないのか、俺は。
するとその幼女は、まるで俺に絡みつくようにしがみつき、ササササッと背中に登ってきた。虫か? 虫は苦手なんだけど。
「はい! 出発ー!」
「ええ……」
「文句言わないの!」
「幼女に叱られる俺これは如何に」
「幼女じゃない! りんご!」
「りんごちゃんー……」
先程のりんごシャワーを思い出して、思わず震える……って、はっ!? そういえば、さっきもらったりんごは一体どこに……!?
と思っていると、頭上からシャクリ、と爽快な音がした。顔を上げると、俺の肩に座る幼女……もといりんごちゃんが、瑞々しいりんごを頬張っていた。共食い……じゃない、いや、何で食ってんねん。
「むっ、これは……!」
「え、身内だった?」
「うん!」
皮肉を込めて言った言葉は、あっさり肯定されてしまった。え、身内? に、うん! って何。りんごちゃんはりんごの精なのか? だから身内なのか?
これが漫画なら、俺の頭の上には「?」が飛び回っているだろう。そんな状態だった、これは。
「てんめーーーー!!!! 俺の妹に何してやがんだーーーー!!!!」
「げふっ」
背中に衝撃が走る。真っ先に気になったのは、俺が肩車していた(※させられていた)りんごちゃんである。しかしりんごちゃんは華麗に俺の肩から飛び退き、体操選手並の美しいフォームで着地をしていた。忘れていた。あの子、強かなんだった。
そして飛び蹴りをされた俺は、顔面から地面に伏せる。すると背中にまた衝撃が。勘弁してくれ。俺のほっそい骨なんて、すぐポッキリいっちゃうんだから!!
「お兄ちゃんだめー。その人、いい人」
「え? そうなの?」
りんごちゃんの言葉に、背中に置かれていた足が退けられた。俺はしばらくしてから、ゆっくりと体を起こす。……そこには、しゃがみ込んで俺の顔を覗き込むりんごちゃん。そして、こちらを訝しげな表情で見つめる高校生がいた。たぶん、俺より年上。
「痛いの痛いの、飛んでいけー」
「いや……ごめん、痛」
「俺の妹がやってくれてるんだから、痛いのが吹き飛ばないわけねーよなぁ?」
「めっちゃ元気になりましたぁ!!!!」
りんごちゃん兄(なのだろう)の発言に、俺は飛び起きた。うん、痛い。でもりんごちゃん兄が怖い。というか、りんごちゃん兄が何もしなければ、俺無傷だったのに。
「誘拐じゃねーなら何なんだよ、りんご」
「私、怪我した。この人、家まで連れてってくれる」
「ほーん」
「……あの……」
「あん? 何だよ」
「いや……お兄さんが来たなら、俺もう行っても良いかなぁって……」
俺のその言葉に、りんごちゃん兄は、はぁぁぁぁ!? と、雷も黙る唸り声のような、そんな声を上げてきた。お腹に響く。怖い。
「てめー、りんごが連れてけっつったんだ。途中で投げ出すとか、ありえねぇよなぁ?」
「はいそうですね誠に申し訳ございません!!」
「おうおう、わかってんじゃねぇか」
そしてりんごちゃん兄は、さぁて行くか、とりんごちゃんを抱っこする。……って、え? この流れだと、俺がまた抱っこするんじゃ……?
「何ボサッとしてんだ!! 早く来い!!」
「ひっ! す、すみませんっ!」
駄目だ、りんごちゃん兄怖すぎる。俺は慌てて、彼らを追うのだった。誰かの言いなりになってばかりにはならない、自分のために生きる、そんな当初の目標など、もはや記憶の彼方に飛んでいっていた。
「おうちー」
「ああ、着いたな」
「…………………………」
のんびりとした兄妹。俺は絶句。何故なら。
「大、豪、邸…………」
「何またボサッとしてやがんだ。早く入れ」
「いやいやいやいや!? 何で!?」
「何でってそりゃあ……」
こんないかにも「金持ちです」って家、俺が入ったら中の物を壊しかねない、っていうか胃が痛い。もう既に痛い。ついでに背中も痛い。こんな状態で入ったら、もっと痛みが酷くなる、悪化する。無理無理無理……。
「あれ? そこにいるの、
その声に。
俺の全身が、ゾッと泡立つのがわかった。
「あ、ほんとだー」
「髪色変わってるから気づかなかったわ」
「んなとこで何してんの〜?」
ドッ、ドッ、と、心臓が音を立てている。嫌なのに、振り返ってしまう。そこでは、見慣れた……見慣れてしまった、顔ぶれが。
「あっ、もしかしてそれ、高校デビューってやつ〜?」
「やめとけやめとけ! 似合ってねぇから!」
「ダッサ〜」
クスクスと、笑い声が、耳に響く。何か言おうと思って、口を開いても、出てくるのは掠れた息のみ。あれ、何でかな、口の中が、乾いている。
……変わるって……変わるって、決めたんだ。俺は、俺は……!!!!
「なー猪尾くん、今ちょっと手持ちなくてさぁ、金貸してくれよ」
「ばっか、キモ尾くんだろ? 間違えたら可哀想だってぇ」
「ああ、そーだったわ」
笑い声、蘇る記憶、変わらなければ、誰かの言いなりには、自分のために、もう嫌だ、僕は、誰かのために生きるのは……!!
「人んちの前でゲラゲラうるせぇんだよテメェらはよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
すると、そんな声が耳をつんざき。
目の前から、人一人が消えた。
「…………へ?」
「ったくよぉ、ごちゃごちゃごちゃごちゃ御託を並べやがって、んなあからさまな悪口何だ? お前らは女子なのか? 裏でネチネチ言う女子なのか? ん?」
「お兄ちゃん、今はじぇんだーれすの社会だから、そういう発言は控えたほうがいいよ」
「ああ、そうか。りんごは博識だなぁ」
…………えっ、何この人たち、怖い。
ポカーンとする俺を他所に、りんごちゃん兄はボカスカ俺の前に立つ人を殴りまくって、漫画のように山のように死体(※死んでません)を積み上げていっている。け、喧嘩、強……。
「あ、あいつ、まさか……」
「な、何だよ!」
「伝説のヤンキー、
……伝説のヤンキー?
「うっわ、それ、まじかよ……!!」
「間違いない! くっ、まさか猪尾、こんなやつを手駒にしてるとは……!」
「いや全然知らないんですけどぉ!?」
「仕方ねぇ! おい! ずらかるぞ!」
そいつらの中で話がまとまったようで、比較的怪我の少ない人が、負傷者を抱きかかえて去っていく。……俺はただ、ポカーンとしていた。
「てめーら! 逃げんじゃねぇ!!!!」
「こら、うるさいぞ」
「どうしたの? ゴウ」
「あ……ばあちゃん、父さん」
りんごちゃん兄──ゴウさんと言うらしい──は、そう言って振り返った。続けて俺も振り返り、そして……。
「あっ、君はさっき、メガネを拾ってくれた……!」
「おやおや、とても謙遜する子じゃあないか」
「さっきの……!?」
そこには、さっきメガネを泥の中に落とした男の人、そして、りんごシャワーを浴びせてきたおばあさんがいた。ど、どうしてここに……!?
「何だお前、どういうことだ」
「お、俺が聞きたいです……」
つまり。
俺が今日巡り合って助けた(※巻き込まれた)人たちは、全員身内……この大豪邸、九頭竜家の人たちだったらしい。そしてゴウさんはやっぱり、伝説のヤンキーだそうで。
……あ、駄目だ。頭も痛くなってきた。
「んで、あのいけ好かねークソガキ共は何だったんだよ、テメェの友達か?」
「……友達……」
そこまで言いかけて、俺は一瞬口を閉ざす。
「……だと思ってた、人です」
「思ってた?」
ゴウさんが首を傾げる。俺は頷いてから、続けた。
……中学の時、俺はもっさりとした髪で、メガネもつけて、いわゆる陰キャってやつで。
そこで初めて仲良くしてくれたのが、あの人たちだった。移動教室とか、グループ活動とか、そういうので全部、俺に付き合ってくれた。
俺は……僕は、すっかり舞い上がってしまって、彼らに何でも尽くすようになった。昼食を奢ったり、教科書を貸したり、荷物も持ってあげたり。
……それがいけなかったのだろう。僕は、すっかり彼らの雑用係になってしまったのだ。
自業自得だ。金をむしり取られ、頼まれた雑用が出来なければ殴られることも、蹴られることもあった。
……だから、高校生になって、彼らと別れたのをきっかけに、変わろうと思った。
もうナメられないように。誰の指図も受けないように。自分のために生きられるように。
だけど、駄目だった。
どれだけ見た目を強くしても、僕は僕だった。
強くなんて、なれない。
「……僕は……」
「……………………ああああうざってぇ!!!!」
するとそこで、ゴウさんが突然声を上げた。思わずビクッとなる。顔を上げると、ゴウさんが俺のことをビシッと指さしていた。
「お前も男なら! もっとしゃんとしろしゃんと!!」
「お兄ちゃん、じぇんだーれす」
「ああ、そうだった」
りんごちゃんの声で、ゴウさんは一瞬冷静になったが、次の瞬間にはまた俺のことを眉を釣り上げながら見つめ、再び指を指してきていた。
「お前! 一回変わるって決めたんなら、最後まで変わり続けろや! それが男……も女も関係ねぇ! そんなもんだろ!」
……絶対今、それが男ってもんだろ、って言おうとしたよね……。慌てて訂正したよね……。
「……はい、僕から一つ、いいかな?」
するとそこで、横から声が聞こえた。そこで手を挙げてヒラヒラと振るのは、りんごちゃんとゴウさんのお父さん。
「僕は正直、そんなに無理して変わる必要は無いなぁ、と思うよ。ほら、僕、こんな感じでのほほ~んってしてるでしょ? 僕もねぇ、昔はいじめられっ子だったんだ。言い方悪いとは思うけど、そういうのってぜーんぶ、時間が解決してくれるんだ。いつか、終わる。……そいつのために、僕が変わる必要はない。そう思うんだ」
「……」
「じゃあ、私からも一つ」
すると続けて、いつの間にか縁側で優雅に緑茶を飲んでいたおばあさんが、スッと手を挙げた。
「君は、変わりたいと思ったんだろう? だったら、納得するまでやった方がいいんじゃないかねぇ。やってみて、駄目だった、でもいいのさ。そこから戻すなり、また変わるなり、好きにすればいい。それを止められる人なんて、誰もいないんだから」
「……」
「じゃーりんごからも!」
またもや続けて、りんごちゃんがその場でピョン、と飛んで両手を挙げている。
「変わる、って、よくわかんないけど、お兄さんはとっても優しい人だよ!」
何故そこのコメントだけ急に年相応になるのか。
「だけど、少なくとも」
そこでりんごちゃんとゴウさんのお父さんが、微笑みながら言った。
「人のために生きないと言っていながら、困っている僕たちを真っ先に助けてくれたその優しさは、変わってほしくないなぁ」
「……」
「さて、どーすんだ?」
ゴウさんがそう言って、僕の顔を覗き込む。僕は思わずその顔を見つめ返し、何も言えずに、俯いた。
「私たちは、もう何もしないよ」
その声に顔を上げると、おばあさんが緑茶を微笑みながら口に流し込み、そして僕を見つめてくる。
「後は、君次第さ」
「……僕、次第……」
……僕は……。
僕は言葉を紡ぐ。その言葉に、彼らは……ただ小さく、笑った。とても優しく、暖かな、そんな笑顔。
「いーと思います!」
「よーし、よく言った!」
りんごちゃんが挙手、ゴウさんは背中をバシバシと叩いてくる。ちょ、そこ、さっき蹴られて踏まれたとこ痛い痛い痛い。
「はぁ〜、何か疲れたねぇ、お母さん、あれ作ってよ」
「仕方ないねぇ。ゴウ、手伝いな」
「え〜……」
「私もやるー!」
「りんごにはまだ早い」
「え〜!?」
そんな九頭竜家の会話を聞きながら、僕はただ、微笑んでいた。
僕の選択を聞いてくれた、優しい人たち。
……ああ、これでいいのだな。そう、思わせてくれる。
「おい、お前……猪尾! お前も手伝え!」
「えっ!? は、はいっ!?」
「おら早くしろ!」
ゴウさんは僕の手を無造作に掴み、家の中へ引っ張り込む。やばい、引きずられてる。痛い痛い痛い。
「っていうか、僕もご一緒して、いいんですか……?」
「あ? 何言ってんだよ、礼だ、礼。父さんと、ばあちゃんと、りんごを助けてくれた、その礼だ。言っとくけど、食い飲みしたらすぐ帰れよ」
「そんなこと言って、ゴウ。同年代の男の子が来てくれて嬉しいんだろう? 素直になるんだよ」
「なっ……うっ、うるせー!!!!」
台所から聞こえてくるおばあさんの声に、ゴウさんはそう叫び返して、慌てたように台所に駆け込んだ。
「この子ねぇ、昔からこんな性格なもんだから、友達とか全然いなくてねぇ。良かったら孫と仲良くしてほしいんだ、猪尾くん」
「ば……ババア!!!!」
「……はははっ」
思わず僕は笑って、彼に続いて台所へ向かう。
「ゴウさん、僕で良かったら、仲良くしますよ?」
「んだよそのドヤ顔、うぜぇ、調子に乗んな」
「ハイ、スミマセン」
一睨みで、僕は一瞬で自分の意見を翻した。やっぱ無理、この人怖い。この人と仲良くできるのかなぁ……。
「……まあ」
そこでゴウさんが、小さく呟く。
「……たまには、遊びに来いよ。りんごも喜ぶ」
「……! は、はいっ!」
思わず自分の表情が緩むのがわかる。僕の顔を見て、ゴウさんは盛大に舌打ちをした。やっぱり怖い。
「うーん、主語の差し替えだねぇ」
「おばーちゃん、こういうのね、『つんでれ』って言うんだよ」
「ほぅ、りんごは博識だねぇ」
「りんごーーーーーーっ!!!!」
「ははは、ゴウ、恥ずかしがらなくていいんじゃないかなぁ?」
「お前らぁっ……!!」
ゴウさんは何か言いたそうだったが、結局何も言わずに、ガックシと項垂れた。何か可哀想だな……。
「さあて、アップルパイが出来たよ、食べようか」
「えっ、お母さんいつの間に……」
「料理番組でよくあるだろう? 『そしてここに、焼き上がったものがあります』」
「おばあちゃん、すごーい!」
「ここ料理番組じゃねーから!!!!」
驚くお父さん、ドヤ顔のおばあさん、感心するりんごちゃん、すかさずツッコミを入れるゴウくん、それを笑って見つめる、僕。
その後僕たちは、おばあさん特製アップルパイを、美味しく頂いた。
春になると、思い出す。彼らに手を貸した自分は、間違っていないのだと。
だってこんなにもいい人たちと、知り合えた。
「お兄さんー、早く早くー!!」
「おい猪尾! りんごがこう言ってんだ、早く来い!」
「……はーい! 今行く!」
僕は、思い出す。
後は、自分次第。
その思いと春風が、優しく僕の背中を押した。
【終】
春だから、変わろうぜ! 秋野凛花 @rin_kariN2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます