第37話 夢を託す者
「トーマネス・ヴァーシュタリア!?」
その男はたしかに自分のことをトーマネス・ヴァーシュタリアだ、と言った。その名が示すのは、この国の現王ケイディスの兄で政敵として王座を争った男だった。順当に行けば王になっていただろうが、その思想性が多くの貴族たちに不利益な者だったため、政争で敗れたのだ。
それを考えれば、ここに閉じ込められていること自体はなんら不思議なことはない。仮に彼が本当にトーマネスなのであったら、殺されていないだけマシといったところだろう。
「ガハハハ、俺を呼び捨てで呼ぶとはいい度胸だ!」
「あ! す、すみません…!」
「
「ほ、本当にあなたはトーマネス様なのですか?」
「信じられぬか? 信じられぬとて、俺が俺であることは疑いようのない事実。おまえが信じようが信じまいが、俺はトーマネスである」
なんというか、その言葉にはたしかな自信を感じた。牢に閉じ込められたイカれ男が、ただ妄言を吐いているようにはどうにも思えない。
「それでデロンドよ。先ほどのおまえの言葉が気になっている」
「言葉ですか?」
「奴隷制度を無くすというものだ」
「! それは…奴隷制度ってものが間違っているような気がしまして…」
「…なぜ今なんだ」
その言葉は先ほどまでの彼の活力みなぎる語り方とは違い、どこか寂しげだった。
以前エルヴァネにもこのことで責められたことを思い出す。「なぜあの時に第二王子ケイディス側についたのか」と。もちろん俺がこの異世界に転生する前の話だから知ったことかと思った。
俺は頭の中で一通りそんなことを思い出しつつ、ハッとした。
「エルヴァネさん! ご存じでしょうか?」
「!」
一瞬、トーマネスの返事に間があった。
そのひと時の間が、俺に彼がトーマネスであることを確信付けた。
「エルヴァネを知っているのか?」
「はい。俺…私の領地に暮らしています。ただこうなってしまった今、どうしているかは定かでは…」
「エルヴァネは少女を連れていたか…?」
何か希望に縋り付くようにトーマネスは言葉を漏らす。
「少女? 妹のリリカのことですか?」
「…! そうか、エルヴァネ…。
「?」
「エルヴァネは、俺の信頼する者の1人だ」
エルヴァネの言っていたことと一致する。本当にこの人はこの国の王になるかもしれなかった人なんだと思うと、そんな人と軽く話しているのが申し訳なく感じた。
「デロンド、おまえはこの国がこのままでいいと思うか?」
「…いえ。
私はあんな酷い扱いを受けている奴隷を、それを許容する奴隷制度をそのままにしておくことが良いことだなんて思えません。偽善者と呼ばれたっていい。ただ彼らを救いたい」
「俺の弟は優秀だ。それにヤツは先を見通す力を持っている。実際ケイディスが王になり国力は増し、他国が下手にちょっかいをかけられない安定を生んだ。国内で生まれた反乱分子は小さいうちに徹底排除し、ケイディスを中心にしてピラミッド的支配構造が完成しつつある。
弟ながらその手腕には、賛辞を贈りたい」
「…しかし!」
「ガハハハ、デロンドよ。まぁ聞け。
ヤツが優秀なのは認めるが、ケイディスのやり方が正しいとは俺とて思っていない。俺は奴隷制度をなくし、皆が明日に希望を持てるような国を作りたいと思っておる」
「…はい!」
この人が王になっていれば、今頃この国はどうなっていたのだろうか?
奴隷制度は撤廃され、みんな幸せに暮らしていたのかもしてない。もしくは、現王が言うように国力が落ち、他国に攻め滅ぼされていただろうか?
いや過去について、もしもの話をしても始まらない。仮に、今、彼が王位に返り咲くとしたら…。俺が目指しているものは夢物語に終わらないかもしれない。
「トーマネス様! なんとかここを抜け出し、王座についてください! そのためなら、俺はなんでもやります!!」
現王に目をつけられてしまった以上、もう俺の道は閉ざされたと思っていた。しかしこの【トーマネス・ヴァーシュタリア】が王座に返り咲くことがあれば、その世界を見せてくれるかもしれない。
この人には不思議な魅力を感じる。声を聞いているだけで、彼を支えたいと思ってしまう。どこかでこういう人にあったことがあるなと思いつつ、誰だったかは思いつかない。
現王ケイディスはカリスマ性を感じたし、ただの権力野郎ではなかったが、彼について行きたいとは思わなかった。しかしこの人は牢にいながからも、その胸に宿す熱い何かを絶やさず持ち、それにかけてみたいと思わされる。
「俺は何年、いやもうどのぐらいの月日が過ぎたかわからぬぐらい長く、ここに閉じ込められている。
その期間、牢の中でやれることを進め、やっとここを脱出できる算段が整った」
「…!」
「ここに捕らえられている者、そして看守は、今やいつか来るその日に備えている」
「みんな説き伏せたんですか!?」
「皆ケイディスの理想郷から外れた者たちだ。説き伏せるまでもない。
ケイディスは誰も信じていない。忠臣の諫言も排除してきた。ゆえにあいつは孤独なんだ」
「いつ実行する予定なんですか?」
俺がそう聞くと、トーマネスは押し黙ってしまった。もしかしたら、まだ俺が信用されてなくて、作戦がバレてしまう恐れがあると思っているのかもしれない。それならそれで別に良い。それぐらいのリスク管理がないのは逆に危ない。
しかし、トーマネスが押し黙った理由はそれではなかった。
「しかしそれも今や叶わぬ…ゴホゴホッ!」
「! トーマネス様!? 大丈夫ですか!」
「…治らぬ病だ。もう長くはないと言われた」
「そんな…」
「ケイディスもそれは知っている。そしてここを抜け出そうという作戦も、すでにヤツの耳には入っているだろう」
「…!」
「俺への慈悲か、すでに先なき俺に目をかける必要はないと判断したか、ヤツはこの作戦に手出しはしないつもりらしい。なんと悲しきことか。弟にこうも舐められる兄がこの世にいるだろうか」
「トーマネス様…」
「しかし、ヤツが知り得てないことが一つだけある」
「!」
「王権は長男が受け継ぐのが普通で、それが理だ。これは兄弟で争いを起こさぬよう古来より伝わった習わしなのだろう。しかし、ケイディスは優秀ゆえ俺を排除した。もし俺が世に出たら、王座は今でも俺に渡る。それほどにこの習わしは強い力を持つ。
そしてもし俺が死んだ時、王座を継ぐ第一の権利がある者は実はケイディスではない」
「…?」
「俺の子だ…!」
★お礼
最新話読んでいただきありがとうございます!
王座に座るべき男トーマネスは病で先がない。しかし、彼の子がこの世にいるという一筋の光が指し示された。
今回も楽しんでいただけたでしょうか?
良ければ星評価・応援・小説のフォローよろしくお願いします!
次回の更新は未定です。なるはやで書きます。
よろしくお願いいたします。
ゲス貴族転生〜罪を償いドン底から這い上がる〜 オノレノギ @OnorenoGi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ゲス貴族転生〜罪を償いドン底から這い上がる〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます