第36話 牢に繋がれし者
「旦那様のことで皆さんにお話ししたいことがあります」
今までのざわつきは嘘のように沈黙が生まれ、皆がヨルドの次の言葉を待っていた。
「旦那様は旦那様ではありません」
ヨルドがそう言うともちろんみんなの頭の中には「?」が浮かんだ。しかしヨルドは普段から冗談など言わないし、至って冷静な人間だということはみんな知っている。
「どういうことだよ? あいつがあいつじゃないって? 意味わかんね」
他の者たちが一瞬ヨルドの言葉の意図を考えている間に、リリカは素直にヨルドに質問を返した。こういう時は単刀直入に聞いてしまうのが1番早い。
「私も詳しくはわかりません。ある日より突然、旦那様の性格がガラッと変わったんです」
「はぁー? 何言ってんだよ?」
「急に性格が変わる…。なにかゲシュタル様の中に転機があったのでしょうか?」
エルヴァネは顎に手を当て、妥当な範囲で内容を絞っていく。
しかしヨルドはそれに対して、首を横に振った。
「いえ、そんな小さな変化ではありません。まるで人が変わったかのような変化をしたのです。
皆さんが知っておられるかは存じ上げませんが、旦那様はそれまで目を覆いたくなるような悪逆を尽くしていました。それが今では、奴隷制度をなくすという偉業に挑戦されております。
これまでの旦那様でしたら、皆さんがついて来てくださることもなかったことでしょう」
ヨルドはそう言いながらも頭の中では、変化したからこそこのような危機に陥っているという悲しみを思っていた。変化したからこそ心強い仲間だでき、変化したからこそ王から疑いの目を向けられてしまったのだ。
「それは、記憶喪失というものではないでしょうか?」
「それは考えられます。
ただ私も過去に一度だけこのことに言及してみたことがあるんですが、その時旦那様は“自分は別の世界から来た”と言っておられました」
「別の世界…」
それを聞いていたレージェストが話に横から入ってきた。
「おいおい。妄想の話なら俺は帰るぞ?」
「レージェストさん、これは真面目な話です。私はそれを聞いて腑に落ちました。
旦那様はこの世界のことをまるで知らなかった。しかし私も知らないようなことを知っていたり、この世界ではみたこともない物を作ったりもした」
「竹とんぼ…。ゲシュタル様が子どもたちに作ってあげていたのを見ましたが、私はあんなもの初めて見ました。世界各地を見てまわりましたが、あんな構造物は知らない」
「兄貴でも知らないことをあいつが知っているのか?!」
「世界は広いから知らないことはたくさんある。それでも、あんな構造物があったら耳に入ってこないはずがない」
ヨルドは他にも数えきれないほどそういう経験をデロンド・ゲシュタルからしてきた。近くにいたからこそわかる。それは理屈以上にヨルドにはたしかな感覚だった。ヨルドに疑いはない。彼はデロンド・ゲシュタルではない。
「旦那様は、デロンド・ゲシュタルの罪はできるだけ償いたいとおっしゃってました。ですから旦那様はもしかしたら今回の件を受け入れているかもしれません」
「いや旦那様なら受け入れているだろう」とヨルドは思っていた。
「しかし、私はこれからのこの領地の…この国の未来を考えたら、旦那様のような方が必要だと思っています」
ヨルドは深く頭を下げた。
「手を、知恵を貸して下さい。お願いします」
ヨルドのこの手をとれば、国の出した結論に意義を唱えることになる。さすれば、国と対立することになる。それは貴族間で争うのとはわけが違う。
それはここにいる皆がわかっていた。
「いいぜ。俺はあいつに助けられたんだ。今度は俺があいつを助ける番だ」
リリカが1番に声を上げた。皆がハッとしたようにリリカを見た。
「リリカの言うとおりだ。私たちはゲシュタル様に恩がある。私たちにできることがどれだけあるかわからないですが、やれることはやりましょう」
エルヴァネは深く頭を下げるヨルドの肩に手を置いた。
「私はゲシュタル様が罪を犯したなら裁かれるべきだと思います。しかし、この歪んだ世界にあれだけ不器用に実直に行動できる方は必要だとも思っています。ゲシュタル様から引き継いだこの領地の人々が彼を助けることを望むのならば、私はその先頭に立ちましょう」
そう言い、フレアーヌもヨルドの肩に手を乗せた。
皆がレージェストの方を向く。リリカがレージェストの方に手を伸ばすと、レージェストは渋々その手を取った。
「家族をやつが奪ったという過去を水に流すつもりはない。ただ、受けた恩を仇で返すような真似はしないだけだ」
ゲシュタル家領の指針が決まった。王家に対立することになりながらもどうにか、領主デロンド・ゲシュタルを取り戻す。
ヨルドは頭を下げたまま、彼らの手の温もりを感じていた。
◇
暗くじめっとした道を進んでいき、すでにもうどこから来たかさえわからない。
手を縛る鎖は鉄臭くて、つけられたばかりなのに手と鎖が擦れたところがヒリヒリする。
「ここだ、入れ」
牢の看守だろうか。その男はぶっきらぼうにそう言い俺を牢へ詰め込むと、すぐに牢の鍵を閉め、闇の中に消えていってしまった。
目が慣れてこればどうにか自分の近くは見える程度の薄暗い牢にこれからずっと繋がれるのかと思うと、その途方もない永遠とも思える時に恐怖を感じる。
牢には簡易的なトイレと、木で組んである箱のようなベットがあるだけで他には何もない。
牢の鉄柵は獣人が暴れても壊れないような頑丈さで、俺が小細工をしたって無駄だということを突きつけられた。さすがは王都の牢屋といったところか。
「新入りかー?」
急に牢の壁の向こうから話しかけられ、俺はビクッとしてしまう。
よくよく耳をすませば、この空間にも何人かの息づかいを感じた。
「は、はい」
牢の中に入れられていると言うことは何かしらの罪で捕えられた者だろう。緊張感が走る。
「ガハハハ、緊張するな。おまえはどんな悪さをしてこんなとこに詰められたんだ?」
「こ、国家反逆罪です」
「! これはまた凄まじい罪だな、ガハハハ!」
なんとも気持ち良く笑うものだ。こんな暗くじめっとしたところにいて、よく精神がやられないものだと感心する。その姿は確認できないが声からして男だろう。
「おまえ、名前はー?」
「お、俺はデロンド・ゲシュタルと言います」
「なに?」
豪快に笑っていた男の声色が変わった。
「おまえ、ゲシュタル家のデロンドなのか?」
「は、はい」
「なぜおまえが捕まる? 国家反逆罪…どういうことだ」
この男が何者かはわからないが、俺のこと──デロンド・ゲシュタルのことを知っているらしい。俺が捕まったということに疑問を抱いているようだった。
「この国の王様に目をつけられてしまったようです…」
「おまえはケイディスのやつに取り入って、その地位を得たはずだ。そんなおまえがなんであいつに逆らう」
ケイディスというのはこの国の王の名前だ。王の名前を呼び捨てで呼んだり、あいつと言ったり、さすがは王都に繋がれた囚人だ。
「えっと…どこから説明したら良いものか……。
奴隷制度を無くすと言ったり、貴族のパーティーを無茶苦茶にしていっぱい敵を作ったり……」
「ガハハハ、なんじゃそりゃ!
それでケイディスに捕まったのか!
おまえは思ったより阿呆だったのだな〜」
顔も知らない相手に阿呆と言われるのは心外だが、阿呆であることは間違いない。しかし、この男は何者なのだろうか。
「あのー、あなたはどちら様で?」
「おー、そうか。声だけではわからなかったか。変な話し方をすると思ったわ!」
やはり知り合いらしい。対面であったらこうやって誰か聞くこともできなかっただろうから、暗闇はむしろありがたかった。
「俺だ、俺! トーマネス・ヴァーシュタリアだ!
王になるはずだった最強の男さ、ガハハハ!」
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