第35話 王の才覚
王の間はだだっ広く、思ったよりも無機質な印象だった。王座に向かって大きな赤いカーペットが敷いてあるだけで、王を守る護衛たちが殺気を出しているからか少し肌寒い。天井は高く、高い壁の上のところから差し込む太陽の光は直接入るというよりは屈折して部屋全体を淡く包む。それでもこの部屋に入るまでの道の暗さに比べれば、幾分か明るいため目が眩んだ。目が慣れてしまえば、ここもそう明るいものでもない。
「
王の声は威圧的でも頼りない声でもない。しかし語りかけるような優しいものでもなかった。しんと静まり返ったこの大部屋に反響したのもあるからか、体の内側に何者かがいてそれが俺に問うてきてるようだった。
王は何を裏切ったと言っているのだろうか?
事前情報を頭の中で整理すると、俺は現王と第一王子の政争の際、この現王側についた。すると俺が裏切ったということは第一王子側に寝返ったということだろうか。
一つ考えられるとしたら第一王子の側近だったエルヴァネの存在を現王は知っていて、エルヴァネをゲシュタル家領で匿っているのが裏切り行為ととられたということ。しかし、エルヴァネの存在に気づいていて、その存在が脅威なのだとしたら彼をとっ捕まえることぐらい、王からしたらたいして難しくないはずだ。
そもそも俺は王のことを知らなすぎる。転生する前のデロンド・ゲシュタルと王がどういう関係性だったのかもわからない以上、何を裏切りとするのかはこれ以上考えてもわからなかった。
フレアが言った「王の前では嘘をついてはいけません」という言葉を思い出す。
「裏切り…なんのことでしょうか」
「私の問いに、問いかけで返答するか」
空気がピリッとしたのを感じた。膝が恐怖に震え、体勢を保つのがやっとだ。
「私はおまえが好きではない。しかし、有能だから大貴族に押し上げてやった。ゲシュタル家の先代は無能だったからな」
「…!」
「国も常に安泰というわけではない。多少なりとも浮き沈みを繰り返し、沈む時他国が力をつけていれば滅ぼされてしまう。
そんな時に安易に安定思考に走れば、そこから先で待っているのは下り坂だけだ。この国にはその下り坂を支えるだけの国力がなかった。
父上も兄上もそこのところがわかっていない。小さな犠牲に合わせ国を動かせば、多大な犠牲を生むことを理解すべきだ」
なるほど。こういう考え方だから、このデロンド・ゲシュタルのやり方を受け入れたというところか。
汚い手でも国内の金まわりが良くなればそれでよし。国には一定額の税金が払われるから、財源面が強い貴族が増えればそれだけ国力は増す。金があれば強い兵も手に入るし、広大な土地の維持も金がなければできない。住みよい土地には人が集まり、そこには市場ができ金が生まれる。
確かにその通りだ。金がなくてもなんとかなるとは思わない。
しかし王が言う小さな犠牲を俺は無視することなんてできない。
「奴隷の人たちの扱いは小さな犠牲だと?」
「ふ。報告にあった通り、おまえは変わったようだな。かつてのおまえは奴隷を捕まえ市場に流し、奴隷を買い重労働をさせ使い捨てた。
私は今のおまえは嫌いではないかもしれん」
「!」
「だが、この国を動かす者に、そのような甘いことを言うものはいらん。
奴隷制度がなくなったらどれだけの損害が出るかおまえは考えたことがあるか?」
「それは…」
考えたことがないわけがない。俺は転生してからずっとそのことを考えてきたし、実践もしてきた。奴隷を買って権利を彼らに返し、領民になってもらった。もちろん中には、帰るべき場所があって権利を返してすぐどこかへ行ってしまった人だっている。でもそれでも良かった。十分に領地経営は回っていっているし、どんどん領地内の設備も向上していて、生活水準も上がっている。
俺は奴隷制度をなくすことは可能だと思っている。
これは構造上の問題だ。奴隷を所有したいものが上にいるから、変わらない。単にそれだけだ。
「ゲシュタル。おまえが思っているとおりだ。
損害は
奴隷制度をやめたって国の利益にはたいした損害を与えない」
「! それがわかっててなんで…!」
「上下関係を作るためだ。
上から下へ…その確かな主従関係を構築する。王を中心にピラミッド式に、上から下へ。
そうしなければ、他国との争いに敗れる。右を向けと言ったら全員が右を向く。私が白と言ったら黒も白でなければならない。それほどの集の力がなければ、人間の国はすぐ崩壊してしまう。
この世界で人間という種族は最弱なのだ」
俺は今のこの国の王は愚王だと思っていた。何にも考えずに私腹を肥やす愚か者だと。それならば、叩き潰してやろうと思っていた。
しかし、この王はただの愚王ではないかもしれない。価値基準には賛同できないし、足並みを揃えるつもりもない。ただ、彼はこの国を考えて行動している。そしてその実行力は凄まじいものがある。
自分の感情とは別に合理的に理論を組み立てる大局観。王の才覚が話してて伝わってきた。
王がただのクズ野郎ならこちらに着くものも多くいたかもしれない。ただこの王には覇気が備わってる。カリスマ性があり話してて引き込まれる。それは理論武装で殴ってくるようなものではない。
彼が感情と行動を別にしているからこそ、彼の行動には意味が伴ってくる。
「フッ、話しすぎたな。
おまえが裏切ったわけがわかった。どうしてそう価値観が変わったかは知らんが、そんな男をこの国の重要な大貴族の地位においとくわけにはいかない。
おまえがこれまで犯してきた罪が罪でなかったのは、私が目を瞑っていただけだ。私が目を開いた今、おまえの行動は全て罪」
「…ッ!」
「──デロンド・ゲシュタルは牢獄行きとする」
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