第23話 彼女がいてもモテる奴が許せない男

 振られた美槌烈音はぼう然となっていた。


 とはいえ、イケメンのカリスマアイドルが人前で熱烈に求愛したのに惨めに瞬殺されたままで立ち去る訳にもいかない。

 校門前にたむろしている女子達を前に、彼は「僕は……それでも君を想い続けるよ。このまま終われる恋じゃないんだ……」と、独り芝居を始めていた。少しでも己の失恋をフォローする為に「自分の想いは消えないから、これは失恋ではない」と周囲にアピールするつもりなのだろう。

 イケメンってなんか色々と面倒ねぇ……と本物河沙遊璃は思ったものの、ぶっちゃけどうでも良かったので「せいぜい勝手にやってなさい」とばかりに踵を返した。

 しかし自分の教室へと戻ってみると、幻の恋懸け姫が死ぬほど好きなはずの男が、こちらはこちらで何やら衝撃を受けている。


「な、なんだと! 尾佐妻の奴にも彼女が出来ちまったのか! 本当か? ユウジ……」

「あ、ああ……」


 ショックを隠し切れない様子で自分の席に崩れ落ちたヒロマルは両手で顔を覆うと「なんてこった……アイツだけは裏切らないって思ってたのに。くっそぉぉぉ!」と嘆いていた。


「なんでそんなにショックなんだよ……」

「だってアイツは『オレも今まで彼女がいたことないんだ。ヒロマル、オレもモテないから心配すんな!』ってA組からわざわざオレを励ましに来てくれたんだぞ。それが最後はワリぃなテヘペロオチかよッ!」

「向こうは向こうで、お前と恋夢ちゃんを見て全く同じことを言ってるだろうよ……」

「そ、そうかも知れねえがそれはそれ、これはこれだ! くっそー、ドイツもコイツも色気づきやがって!」


 ……しょうもない衝撃だった。

 教室中のクラスメイト達が心の中で一斉に「お前が言うな!」とツッコむ。

 沙遊璃はあまりの情けなさに、どうしようもないこの男をブン殴りたくなった。先日は恋夢の窮地を救った抱腹絶倒の大活躍を目の当たりにして「こりゃ、恋夢ちゃんが死ぬほど惚れる訳だわ」と見直したばかりだったのだ。それが友人に彼女が出来たと聞けばみみっちく妬むこの小物っぷり!

 かわいそうに、恋夢は今にも泣きだしそうな顔で「ヒロマルくん……じゃあ恋夢はヒロマルくんの何なんですか?」と、震える手で彼の袖を摘まんでいる。こちらはこちらで、さっき日本トップクラスのカリスマイケメンの求愛を冷ややかに一蹴したばかりなのに……


「恋夢? 恋夢はオレの大切な彼女だよ。ちゃんとそう思ってるよ。お試し付き合いだけどな」

「うう……」

「毎日こうして来てくれてご飯食べたりお喋りしてくれて嬉しいし……正直言うと最近ヤバいんだ。お試し期間だからホントの彼氏になっちゃいけないって思ってるのに……」

「ほ、本当ですか!」


 泣きそうだった恋夢の顔が一転、パアッと輝く。もしや彼女の恋がついに叶うのかと冬村蜜架と涼美ヶ原瑠璃も「おおっ!」と色めき立った。


「なっちゃいけないなんてあるものですか、大歓迎です! ああ、ヒロマルくん! 恋夢はずっとずっと待ってたんです! じゃあこれからは本当の恋人同士に……」

「しかし、それとこれとは別問題!」

「え、ええっ!?」


 恋夢は仰天し、他のクラスメイト達も「はぁぁ?」と、驚愕の目でヒロマルを見る。


「オレは……今までモテる奴を散々恨んできた。彼女が出来た途端、手のひらを返すような卑怯な輩を見るたび、オレは心に固く誓ってきた、ああはなるまいと! だから恋夢を本当の彼女には出来ないし、モテる奴は決して許してはならんのだッ!」

「……どういう理屈だ」


 クラスメイトの一人が唖然としてつぶやく。涼美ヶ原瑠璃はあきれてアゴを落としていた。恋夢といえば白目を剥いて気を失いかけている。

 冬村蜜架は慌てて「と、とりあえずお弁当食べよう! お弁当! ほーら恋夢ちゃんのお弁当だよー、今日も自信作だってよー」と、子供でもあやすようにその場を取り繕った。いささか強引だったがそうでもしないとどうなったことやら。


「おお、こりゃ美味そうだ! じゃあ、いただきます」

「め、召し上がれ……」


 あきれて言葉も出ない周囲に気づきもせず、能天気にヒロマルは弁当を頬張り始めた。例によって「あああ、うめぇ。最高だ!」を連発する。

 天上天下唯我独尊。どこまで行ってもヒロマルはヒロマルだった……


「いつも、ありがとうなぁ。ああ、美味い。んぐんぐ、最近は恋夢が作ってくれるお昼が待ち遠しくてなぁ」

「うう……」


 このままじゃ恋夢ちゃん、白髪が生えてくるんじゃないかしら……本物河沙遊璃は心配になってきた。

 そして……

 これだけでも頭が痛いというのに、さらに彼等の頭を抱えさせる困り事が待っていた。

 食べ終わったデスクの上に、恋夢が「実は相談があるんです……」と手紙の束を広げたのだ。


「ナニコレ?」

「ラブレターです。この間の体育祭の翌日に、恋夢の下駄箱と机の中に……」

「ラブレターって……恋夢、フェリス女学院は女子高だろ?」

「はい。だから女の子同士で付き合いたいとか、お姉さまになって下さいとか……どうしましょう」


 近くの席で盗み聞きしていたユウジが思わず「ゆ、百合ップル!」と立ち上がった。

 つかつかと歩み寄った涼美ヶ原瑠璃が「尊……」と叫びかけたユウジをドゲシッと張っ倒す。


「てめーは黙ってろッ!」


 ヒロマルと言えば、腕組みをすると「女の子同士か……感心せんな」と、気難しい顔で首を左右に振る。冬村蜜架は「お、もしかしてヒロマルくんヤキモチを?」と希望を抱いて見たが。


「な、なんでダメなんだよヒロマル! 百合は尊い。尊いものだぞ!」


 張り倒されたユウジが性懲りもなくムクリと起き上がって抗議したが、それに対するヒロマルの屁理屈がまた振るっている。


「確かに尊い。だが容認する訳にはいかん! 日本社会における男女比率は現在ほぼ同数なんだぞ」

「だ、だからなんだよ!」

「分らんのか? 女の子同士がくっついてしまうと男が二人余ってしまうってことだ! 百合の花が咲くたび、恋愛格差がますます広がる」

「言ってる奴がヒロマルだけに」

「るっせえわ!」


 沙遊璃の横で冬村蜜架がガックリと肩を落とした。


「コイツは救いようのないおバカだけど、ヤキモチなどと一瞬でも期待した自分もバカだったわ……」

「ゴメンね冬村さん。私ももう、慰めの言葉が見つからないわ……」

「あれ、冬村さん、本物河さん、そーんな深刻そうな顔してどうしたの?」

「「るっせえわ!」」


 しょうもなく揉めてるところへ更に追い打ちが続く。恋夢は別のラブレターの束を机の上に再びドサドサと広げたのだ。


「ナニコレ恋夢ちゃん、追加?」

「こっちは、この間の騎馬戦で大暴れしたニセ春瀬戸恋夢の『中の人』に渡して下さいって……」

「……つまりコレ、ヒロマルくん宛てってこと?」

「恋夢だけのヒロマルくんに……んもお!」

「いや、ヒロマルくんって誰も分からないから大丈夫でしょ、セーフ、セーフ!」

「恋夢的にはアウトですっ!」


 恋夢はフグみたいに頬を膨らませている。想い人への恋文とあっては心中穏やかなわけがない。それでも託されただけに勝手に捨てる訳にもいかず、しぶしぶ持って来たのだろう。テーブルに山と積まれたラブレターを睨んで「んもーっ! んもーっ!」とプンスカしている。ウシの鳴き真似をしてるようにも見えて傍目には可愛らしかったが、下手に口にすれば火に油なので誰も言い出せなかった。


「ああ、もう色々と頭が痛くなってきたわ……」


 顔をしかめてボヤいていた沙遊璃は、ふと、ヒロマルがそのラブレターの一通へ何気なく手を伸ばしかけているのに気が付いた。


「……」


 無言のまま、沙遊璃はもの凄い勢いでその手をビシャン! と叩いた。恋夢が「?」と振り向く前に、ヒロマルは慌てて手を引っ込める。


 ――我慢の限界だわ! この二人、なんとかしなきゃ私もうブチ切れそう!


 ドスの効いた声で本物河沙遊璃は「ヒロマルくん、恋夢ちゃん」と呼びかけた。


「二人とも放課後、図書室に行って」

「な、なんで……」

「聞くまでもないでしょう。それぞれのラブレターに一通づつお断りの手紙を書きなさい。ちゃんとココロを込めて。今日中に全部。いいわねっ!」

「は、はい……」


 険のある口調で命じる沙遊璃を見て、二人はそれ以上何も言わず大人しくうなずいた。

 続いて冬村蜜架の耳元に口を寄せる。


「冬村さん、後で二人に気づかれないよう、クラス全員に放課後召集を掛けてくれない?」

「……もしかして学級裁判?」

「ええ。二人が図書室に行ったら欠席裁判開きましょう。原告は私。冬村さん、悪いけどまた裁判長で進行をお願い」

「告訴内容は……って、聞くまでもないか」

「冬村さんも今まで色々と大変だったでしょう。本当、気苦労が絶えなかったでしょう。お察しするわ」

「ありがと。で、そのご様子だと本物河さん、いよいよやるつもりね」

「ええ、私が仕切るからそろそろヒロマルくんを追い込みにかかりましょう。あれだけ好かれているのに、どこまでも自分勝手な屁理屈で散々振り回しやがってあの野郎……あれじゃ恋夢ちゃんがかわいそうだわ」

「……激しく同意だし」


 二人の傍で涼美ヶ原瑠璃もうなずく。

 そのヒロマルといえば、ラブレターの山をまだ未練たらしく見ていたが、その向こう側で厳しく睨みつける沙遊璃の前にして手が出せるはずなどなかった。

 結局、お昼休みがもうすぐ終わるからと教室を後にする恋夢を、彼はしょんぼりして送ってゆくしかなかった。


「でも本物河さん。真面目な話、ヒロマルくんと恋夢ちゃんには何か秘密があるみたい。それも余り楽しくない事情が……」

「……私も薄々察していたわ。でもそれを知らなきゃ、私達はたぶん本当の力にはなれない」

「どうする?」


 沙遊璃は「どうか出来るわ」と、肩をすくめた。彼女には何か秘策があるらしい。


「ただね、どうかする前にみんなの気持ちを確かめなきゃいけないの。覚悟はあるのかって。その為の欠席裁判なのよ」

「覚悟?」

「冬村さんはご存じない? 有名な厨二病ネットミームになったフリードリヒ・ニーチェの格言。“あなたが闇を垣間見るとき、闇の向こうからも誰かが同じようにあなたを覗いている……”」


 謎めいた言葉に冬村蜜架と涼美ヶ原瑠璃は顔を見合わせた。


「人の心を覗くことは人の闇を覗くってことでもあるの。もしかしたら覗いたことを後悔するかもしれない。知らないままがよかったって……そこまでしても、あの二人を幸せにしてあげたいか。みんながそう思うなら……いいわ、私がなってあげる」


 二人は息を呑んだ。本物河沙遊璃の横顔にゾッとするほど凄惨な笑みが浮かんでいたのだ。


「二人の心を暴く案内人にね……ふふふ」

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