Episode.9 恋懸け少女の秘密と涙の誓い

第22話 死ぬほど彼を好きな理由

「えいほっ、えいほっ」


 昼休み。

 かわいらしい掛け声と共に緑ヶ丘高校へ今日も電動自転車がやって来た。

 大好きな人と一緒にお昼ご飯を食べる、その幸せなひとときを過ごすために。

 今日のお弁当は自信作だった。味噌で漬け込んだ豚肉をこんがり焼き、ベランダの家庭菜園で朝摘んだミニトマトを添えたサラダも会心の出来栄え。デザートには彼の好物コーヒーゼリー。

 いつも美味しそうに食べてくれる彼だが、これを食べた時どんな表情になるだろう。想像するだけで顔がニヤけてしまう。


「ふふふっ。待っててね、ヒロマルくん!」


 そう思って校門までやって来た時、彼女はいつもは人気の少ない校門裏が今日は黒山の人だかりになっているのに気がついた。

 それもそのはず。校門前の道路に、跳ね馬のエンブレムがついた真っ赤な外国製の高級スポーツカーが停まっているのである。

 そして、その運転手が壁に背中をもたれて立っていた。

 超が三つくらいつきそうなイケメン青年でアルマーニのスーツを見事に着こなし、女心を甘く切り裂きそうな鋭い瞳をしきりに瞬かせては、誰かを待っているようだった。

 校門脇からそれを見つめているのは女子ばかりで、彼が髪を掻き上げたりする度に「はぁぁぁぁ~~ん♡」とか「きゃぁぁぁぁぁ~~ん♡」だの、ため息をついている。

 恋夢は「誰か待ってるのかな」と、チラッと見ただけで、そのまま校門の中へ入ろうとしたが……


「やぁ」


 そのイケメンは、恋夢の顔を見るなり壁から背を離し、爽やかな笑顔で片手を挙げた。


「……?」

「久しぶりだね、奈月さん」


 この人誰だっけ、と恋夢は首を傾げた。しかし記憶にない。


「ええと……すいません、どちら様でしたっけ?」


 件のイケメンはガクッとなった。まさかこの自分が憶えられていないなんて! 彼の後ろでは緑ヶ丘高の女子達が「ええーーっ!」と驚愕している。


「れ、れ、恋夢ちゃん、ホントに知らないの!?」

「アッハイ」

美槌烈音みつち れおだよ! レオくんは日本中の女子高生が彼氏にしたい人バリバリのナンバーワンのプレミアム芸能人なんだよ!」

「あ、そんな凄い人だったんですか」


 どうやら恋夢の中で、男性は「ヒロマルくん!」と「ヒロマルくん以外」くらいの雑な線引きしかないらしい。

 女子の一人に超人気アイドルと教えられたものの、恋夢は特に感銘を受けた様子もなく「それは失礼しました」と、会釈して立ち去ろうとした。


「待ってくれ、奈月さん」

「はい?」

「僕……君に会いに来たんだ!」


 その言葉に校門にたむろしていた女子達全員から悲鳴が上がる。何人かがバタバタと倒れてしまった。


「会いにって……恋夢、貴方とどこかでお会いしたことありましたっけ?」

「お、覚えてないの?」


 恋夢がうなずくと美槌烈音は更にショックだったらしく、若干うなだれ気味に「TV番組の『ミュージックラボ』とかアイドルサマーフェスティバルのイベントとか……スタジオ収録でも何度かかち合って顔を合わせてるんだけど……」とボソボソ説明した。


「そうでしたか。いやでもホラ、イベントなんて芸能人とか有名人がたくさんいるから恋夢、とても覚えきれなくて……ゴメンなさい」


 今度は美槌烈音とギャラリーの女子達が揃ってガックリし、大きなため息をついた。美槌烈音は普通の芸能人達とは格が違うカリスマ級アイドルなのに、ロクに認知していないとは。

 しかし恋夢は、そんなことなどてんで分かっていないらしく「それで、どんなご用件ですか?」と緊張もせずに、普通に尋ねている。


「奈月さん……僕の恋人になってくれ」


 また校門近辺で卒倒する女子達が追加された。悲鳴やらすすり泣きも聞こえてきた。

 恋夢からも社交辞令の笑顔が消え、美槌烈音はようやく真剣な顔で彼女と向き合うことが出来た。


「あれだけ人気あったのに、キミ、何でアイドルやめちゃったの?」

「美槌さんは恋夢が何故アイドルになったか、ご存じですか?」

「知ってる。好きな人がいて、その人に自分を見つけてもらうために」


 うなずくと、恋夢は静かに語った。


「恋夢はもともとアイドルになるつもりなんてなかった。中学の学校祭で一日だけの模擬アイドルイベントでステージに立ったのが話題になって、スカウトされたんです。『有名人になればきっと彼に見つけてもらえるよ』って言われてアイドルになろうって決心しました」

「……」

「でも、いっぱい人気が出た時に言われたんです。もう彼を探すのを諦めてこのままトップアイドルになりなさいって。だから辞めました」


 騒いでいたギャラリーの女子達が静まり返る。彼女達は一様に思った。

 私たち、恋夢ちゃんみたいに想い人の為にトップアイドルの地位を捨てることなんて出来るだろうか……

 美槌烈音も青ざめたが、彼は覚悟を決めてここへ来たものらしく「もう一度、芸能界に戻って来てくれないか」と懇願した。


「彼を諦めて、僕の手を取ってくれ。僕と一緒にもう一度、光差すあの世界へ行こう、れむん……」


 最後は呼び捨てだった。

 日本中の女子が彼氏にしたい青年アイドル美槌烈音から、日本中の男子が彼女にしたいアイドル美少女奈月れむんへ……目も眩みそうな呼びかけと愛の告白に、緑ヶ丘の女子達はどうなることかと息を呑んで見守る。

 だが……

 恋夢は「あ、恋夢は行きません。ゴメンなさい」と、アッサリ頭を下げて断ってしまった。


「じゃあ、お弁当冷めちゃうから、恋夢はこれで……」

「ま、待ってくれ、れむん!」


 半ば悲鳴のような声で引き留める美槌烈音に、恋夢は「はい?」と思わず不快そうに振り返る。


「この僕が君を好きだと言ってるんだ。ゴメンで終わりはないだろ?」

「断ったのにしつこいですね、もう。ヒロマルくんのお弁当がどんどん冷めてくから恋夢、気が気じゃないのに」


 超人気アイドルの告白より、冷めてゆくお弁当の方が大事とは。

 それでも向き直った恋夢へ、レオは必死に「僕じゃ不満なのか? この間だって君の限定復活にあれだけ人気があった。僕と君が手を取り合えばきっと芸能界の頂点にだって立てるんだよ! れむん、僕にこそ『私だけを見て』と言ってくれ。僕は君をずっと見続ける、愛し続けるって約束するよ!」と呼びかけた。

 普通の女性なら、きっと蕩けて靡きそうなほど情熱的な愛の告白だったが……


「恋夢はもうアイドルじゃないんです。れむんじゃありません。あと、馴れ馴れしく呼び捨てにしないで」

「そ、そんな……」

「恋夢を呼び捨てで呼んでいい男の子は一人です……見つめて欲しいのも、そのたった一人だけなの。ああ、急がなきゃお弁当冷めちゃう……じゃ、そういうことですから美槌さん」

「ま、待っ……」

「さよならっ!」


 唖然として立ち尽くす美槌烈音を置き捨てて、恋夢は校舎へ向かって小走りに走ってゆく。ちょうど玄関で、何事かと姿を現した本物河沙遊璃と鉢合わせした。


「あ、沙遊璃ちゃん! ヒロマルくんは……」

「教室で飢え死にしかけてるわ。早く行っておあげなさい」

「うん。あ、沙遊璃ちゃんも来て! みんなで一緒に食べよう」

「はいはい」


 少しでも温かいうちに……と、走り去ってゆく恋夢を苦笑して見送った沙遊璃は、石化している美槌烈音をようやく見たが、大して驚いた様子でもなかった。


「あら、有名人の石像がこんなところに」


 恋夢に振られたショックも冷めやらぬうちに、今度はアンティークドールのような美少女が現れて。

 さすがの超人気アイドルもぼう然となって「君は……」と尋ねるのが精いっぱいだった。


「恋夢ちゃんの親友です。で、有名人の美槌烈音さん。緑ヶ丘の女子も大集結して大騒ぎになりかかってますし、あまりここに長居されない方がよろしくてよ。そろそろお引き取りになったら?」


 人気アイドルだけあって、このようにまるで相手にされなかったことがないのだろう。美槌烈音は「なんでこの僕が……」と、未練がましくまだ立ち去りかねていた。

 ため息をついた本物河沙遊璃が、謎掛けのように問いかける。


「ちょっと聞くけど、あなた、女装して女子高に乗り込んだり出来る?」

「……は?」

「カッコ悪く笑われながら女の子と戦ったり出来る?」

「き、きみ、何言ってるの?」

「……恋夢ちゃんの為に、ひょっとこのお面をつけて偉そうに演説して、警備員さんに追われて逃げ回ることは出来る? そんな覚悟はおあり?」

「そ、そんなバカな真似、出来る訳ないだろ! 僕は美槌烈音だ。あの娘の為だからって、芸能人のイメージをブチ崩す真似なんて出来るかよ!」


 沙遊璃は「そうよね」と微笑んだ。

 幻の恋懸け姫が何故、芸能界など未練もなく捨て、厨二病なあの少年を一途に想い慕うのか……この青年にはとうてい分かるまい。


「あの娘が死ぬほど好きなのはそういう男の子なのよ。悪いけど貴方じゃ到底かないっこないわ。まぁ、諦めるのね……」

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