第20話 バトルロイヤル騎馬戦にニセ恋夢、見参!

 お嬢様学校で知られたフェリス女学院は緑ヶ丘高校から離れた高級住宅街の先に位置している。

 今日は年に一回の体育祭。黄色い声や歓声がそこかしこにこだましている。

 競技プログラムは粛々と進み、今はクラス対抗リレーが行われていた。


『あ、トップは三組です。ゴールまで百メートル!』


 実況放送の声は楽し気だったが、女子達の顔色は次第に殺気立ってきていた。体育祭最後の大トリ「全校無制限バトルロイヤル騎馬戦」が間もなく開始されるのだ。

 あちこちで準備運動したり、気合を入れ合っている女子が散見されていた。

 待機している教室の中で「皆殺しだ!」「ウォォーッ!」と物騒なシュプレヒコールを上げている連中がいるかと思えば、気分がハイになりすぎて釘バットを振り回し取り押さえられるおバカ系女子もいる。さすがに凶器の類はご法度なのだ。

 荒れ気味の空気の中を自分の教室に戻ろうと急いでいる少女の耳に、通りがかった教室からこれまた恐ろしい会話が聞こえてきた。


「みんな、思う存分あのナマイキな小娘を痛めつけてやれ!」

「うぉぉーーっ!」

「標的はただ一人、春瀬戸恋夢だ。人違いを犯したり見失ったりするなよ!」

「おーーっ!」

「可愛いからってどこまでも付け上がりやがって……アイドル復活して好きな人に捧げた曲名が『私だけを見て』だぁ? フザけんなよ!」

「その通りだぁぁーー!」

「いいか、ハチマキを取り上げたらそれ以上の殴る蹴るが違反となる。ハチマキは最後だ! まずは取り囲んで騎馬を蹴り崩し、馬ともども奴を血祭りにあげろ!」

「ウォォーーーッ!」


 一応、ここの生徒はお嬢様学校の淑女なのだが、声だけ聴いていると淑女の皮を被った荒くれ達、世紀末のヒャッハー共にしか思えない。それほど彼女達の恋夢に対する妬み嫉みは常軌を逸していた。

 震えながらもそんな彼女達に見つからないように教室へ戻った少女は、静かに佇んでいた恋夢に「レムちゃん、逃げよう!」と声を掛けた。


「みんな、目がギラギラしておかしくなってる。レムちゃんを殺す気まんまんだよ!」

「いいの。それにさすがに殺されたりはしないよ」


 真っ青な顔で恋夢は笑う。自分がこれからどんな目に遭うのかを知って、覚悟している顔だった。ちなみに呼び掛けた少女と傍にいた二人は恋夢の友達で、学校中の標的となるであろう彼女の馬役を健気に買って出ていたのだった。


「ミッちゃんも、ノンちゃんも、フウカちゃんもゴメンね……私の馬役になってくれてありがとう。でも、騎馬戦が始まったらすぐ馬を崩して逃げて」

「そんな……恋夢ちゃん一人残して逃げるなんて出来ないよ」

「怖いけど三人で恋夢ちゃんを囲って守ろう! 背中を向ければ蹴られても何とか耐えられるよ」

「ダメよ! そんなことしたって……」

「だからって、でもどうすれば……」


  虚しく言い合い、庇い合ったところでもうすぐ競技が始まる。いつもは仲の良い友達や親切な上級生達が今日は隠した憎しみも剥き出しに、襲い掛かってくるだろう……


(ヒロマルくん! これからどうなっちゃうか分からないけど、恋夢はいつまでもヒロマルくんだけを想い続けます……)

(神様、どうかヒロマルくんのパワーを恋夢に分けて下さい……)


 恋夢が思わず天を仰いで祈った……その時だった。


「春瀬戸さん達そこにいたの? 先生が大急ぎで四人とも社会科資料準備室に来てって! なんか大事みたいよ」


 教室の戸口から一人の女子が突然呼び掛けてきた。

 恋夢が「え、なんで?」と聞き返す間もなく、その女子は言い捨てるなりさっさといなくなってしまった。


「こんな時に何だろう……」


 互いに顔を見合わせたが用事と言われても見当がつかない。首を傾げたものの、「とにかく行こう」と、四人は連れ立って走った。

 資料室の戸を開け「先生、春瀬戸参りました」と声を上げた。応えはない。

 首を傾げて薄暗い室内に入ると……


「カシャン」

「あっ!」


 外からカギを掛けられてしまった。慌てて戸を叩き「誰なの? ここを開けて!」と叫ぶが、カギを掛けた者はバタバタと走り去ってしまった。

 一体誰が……自分に恨みがあるならこれから始まるバトルロイヤル騎馬戦で幾らでも痛い目を見せることが出来るのに!

 四人は「誰か近くにいませんか!」「ここを開けて!」と声の限りに叫んだが、教室から離れた一角の資料室を通りかかる者は誰もいなかった。ましてや生徒も教師もほとんど校舎の外にいるのだ。


「ど、どうしよう……」

「レムちゃん……」


 閉じ込められた四人は為すすべもなく、ただただ途方に暮れるしかなかった……



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



「第三四回フェリス女学院体育祭! さぁ、いよいよ最後の競技となりました。ルール無用、何でもありのバトルロイヤル騎馬戦です!」


 実況アナウンスの声も興奮のせいで、心なしかうわずっている。

 審判役の「騎乗!」の声と共に、グラウンドに集まった生徒達の馬役が腕を組み合い、そこへ武者役の少女が次々と騎乗する。

 体操服に「必勝」「勝利」と書いている者はまだ可愛い方で、中には「劇殺愚連隊」「全方位瞬殺!」「血祭り」だの暴走族紛いのぶっそうなスローガンを背中に背負ったりしている者もいた。これから年一回だけの学校公認大乱闘が始まるのだ。互いの頬をビンタし合って気合を入れあう女子までいる。


「騎馬戦開始十秒前!」


 興奮して血走った少女達の眼は、あの生意気なアイドル崩れの小娘を求めてせわしく動き回る。


「どこ……?」

「春瀬戸恋夢はどこにいるの……」

「あ、いた! あそこって……えええっ!?」


 驚きの声が上がる。

 校舎の陰から現れたのは「仏恥義理ぶっちぎり! 春瀬戸恋夢」と幟旗を背中に背負った一騎だった。馬役は、おどろおどろしい鬼の仮面をつけている。

 そして肝心の騎馬武者の恋夢は、おかしげな「ひょっとこ面」をつけていた。

 だがツッコみどころはそこではなく、お前男だろという体格だった。少なくとも身長一五〇足らずの小柄な恋夢ではない。

 更に、恥ずかし気もなく胸をしきりに揉んでいる。どうやらシリコンで作った偽乳を胸に仕込んでいるものの、ずり落ちそうで何度も直しているものらしい。

 ついでにいうなら恋夢のバストは控えめなサイズなのだが、こちらの恋夢は巨乳すぎて体操服からはち切れんばかり。髪は明らかにウィッグがモロバレのストレートショートボブ……どこからどう見ても全然偽装になっていなかった。

 ひょっとこ面をしたニセ恋夢の珍妙な姿に、笑いをこらえ切れなくなった何人かの女子が早くも馬から崩れ落ちていた。落馬したらそこで失格である。


「お、お前、春瀬戸恋夢じゃないだろ!」


 たまりかねた三年生の女子が指を突きつけたが、ニセ恋夢は馬上で仁王立ちになって「黙れぃ! 最上級生にもなって戦う前から言いがかりとは見苦しいぞ! さては臆病風に吹かれおったかァ!」と吼え立てた。喋り方からして既に恋夢でなく別人である。

 そして、怒号こそしているが吼えているニセ恋夢がひょっとこ面なのでどうしてもおかしく見えてしまう。吹き出した騎馬武者がまた何騎か落馬してしまい、観客席も大爆笑の渦と化した。


「せ、先生、アレおかしいでしょ! どこから見てもアレ、春瀬戸さんじゃないでしょ!」


 件の三年生が顔を真っ赤にして審判役の教師へ抗議したが、彼の見解は「うーん。そうは言っても本人は春瀬戸だと名乗ってるし幟旗にも『春瀬戸恋夢』と書いてあるからなぁ、認めざるをえんだろ」という、トボケたものだった。

 どうやら面白いから認める、ということらしい。


「そんなムチャクチャな……」


 彼女がアゴを落として呆れた時「では、競技を開始します!」とアナウンスが叫んだ。同時に開戦の銅鑼がボワァァーーンと鳴る。


「ええい、こうなりゃニセモノだろうが構うもんか! 女郎ども、あのフザけたひょっとこ恋夢を血祭りにあげろー!」

「おおーーっ!」


 どどどど……と、音を立ててフェリス女学院の女騎馬軍団が殺到する。


「来たか、フェリスの猪武者ども。手前らに緑ヶ丘高校流の戦いをとくと教育してやる」


 ひょっとこ恋夢は笑いを含んだ声で嘯くと「涼美ヶ原、冬村、本物河……しんどい戦いになると思うけど頼むな」と馬役の少女達に頭を下げた。


「恋夢ちゃんの為だもの、任せなさい! フン、あんな烏合の衆」

「どうでもいいけどヒロっち、胸がまたズリ落ちかけてるし」

「ヒロマルくん、思う存分暴れなさい!」

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