Episode.8 バトルロイヤル騎馬戦!ニセ恋夢大暴れ
第19話 恋夢の死亡フラグ 立て!勇者ヒロマル
それから数日後。
もう先日のお通夜という雰囲気はなくなり、四人プラス恋夢のメンツは談笑しながらいつものように昼のランチタイムを楽しんでいた。
そんなふうに見えていた。
ところがその日、ヒロマルがふと恋夢の顔を見て何かに気がついた。
「恋夢」
「はい」
「お前さ……悩みか何か、困ったことがあるんじゃないか?」
残った三人が驚いたようにヒロマルと恋夢を見比べた。
「え? 恋夢、なんかあったし?」
ハンバーグを頬張りながら涼美ヶ原瑠璃が目を丸くする。ヒロマルを除いた三人の悩みは、それぞれが協力したりしてほぼ解決している。
恋夢の悩みは「ヒロマルに自分の想いが伝わらない」。それももう時間の問題だろう、いずれヒロマルは陥落し恋夢とめでたく結ばれるだろうと皆は思っていた。
彼女のいるフェリス女学院の話も時折聞いたが、友達と楽しくやっていると聞いていた。ヒロマルとのノロケ話をしょっちゅうせがまれて渋々話し、その度に冷やかされて困っていると、困ってる割には嬉しくてたまらないという顔で恋夢は話していたのだ。
そんな恋夢が今日はいつもよりちょっと大人しいな、くらいにしか皆は思っていなかった。だがヒロマルだけが気付いたのだ。
「……ヒロマルくん、よく分かりましたね」
「伊達に恋夢の幼馴染とかやってないぜ。ガキの頃は兄だったしな」
ヒロマルは胸を張ったが「お兄ちゃんじゃなくて恋人になって欲しいのに……」と恋夢が頬を膨らませたので「いけねえ、藪蛇になりそうだ」と思ったらしく「で、あるんだろ?」と急かした。
「はい……」
涼美ヶ原瑠璃も「困ったことがあるなら力になるから聞かせろし!」と、身を乗り出す。
「実はその……来週、フェリス女学院で体育祭があるんです」
「え、それ初耳なんだけど!」
女子高の体育祭!
近くの席で盗み聞きしていたユウジが思わずガタッと立ち上がり、それを見た涼美ヶ原瑠璃が何も言わずにつかつかと歩み寄り、ドゲシッと張り倒した。
ヒロマルの方は無邪気に「おお、そりゃ恋夢を応援しに行かなきゃ!」と顔をほころばせたが、言った瞬間、恋夢と瑠璃と蜜架と沙遊璃は声を合わせた。
「「「「だめ!」」」」
「な、なんで……」
「あったりめーのコンチキよ。ヒロっち、たくさんの女の子が組んず解れつしている様子を想像してみ?」
涼美ヶ原瑠璃に言われ、黙り込んで頭の中にその様子を思い浮かべたヒロマルの顔がしばらくするとだんだん緩んできた。ヨダレを垂らしかねない顔でゲヘヘと言いかけたあたりで瑠璃がこっちもドゲシッと張り倒す。
「痛てぇッ! 涼美ヶ原、想像しろってさっき言ったじゃん!」
「うるせぇ、だらしねえ顔でニヤケやがって……だーから恋夢が応援に来たらダメっつってんだ。わかったかッ!」
「アッハイ」
ったく、ユウジくんといいヒロマルくんといい、男ってこれだから……と蜜架がため息をつき、沙遊璃はヤレヤレ……と苦笑してお手上げのポーズをする。
「ところで、その体育祭で恋夢が困ることって何なんだ?」
「困るっていうか……恋夢はちょっと痛い目に遭うんです」
「……」
これは話が穏やかではない。
情けない顔をしていたヒロマルが真顔になった。
「どういうことだ。真面目に聞きたい。恋夢、詳しく教えてくれ」
「最後に全校生全員参加の騎馬戦があるんです。殴るのも蹴るのもこの時だけは何でもOK、ルール無用の無制限バトルロイヤルで……」
そこまで聞いた本物河沙遊璃が「ああ、そういうことですか」、ポンと手を打った。
「本物河さん、どういうこと?」
「要するに日頃の恨みつらみや鬱憤をこの時だけ、学校公認で何も気にせず思う存分晴らしていいってイベントなのよ。一年に一回だけの無礼講、ストレス発散バトルロイヤルということね」
「でも、恋夢は人の恨みを買ったりなんかしてねえぞ」
「甘いわね、ヒロマルくん」
チッチッチッと指を左右に振った沙遊璃は、うなだれた恋夢の肩に手を置いて説明する。
「日頃仲のいい友達でも自分に彼氏がいなくて友達に彼氏なんかいたら超ムカつくものよ。本当は悔しくてたまらない、痛い目のひとつでも見せてやりたい。そこらへんはヒロマルくん、よーくご存じでしょ?」
「お、おう……」
ご存じどころか身に覚えがある。無数にある。
「ましてや、恋夢ちゃんときたら好きな彼氏を見つける為にアイドルになって大人気だったし、全国の男子高校生から彼女にしたいと思われてたし。これだけでもハラワタ煮え繰り返っている女子多数でしょ。しまいには、その想い人を見つけて今ラブラブアタック中でーす! と、くりゃあ、この間の私みたいにブッコロしてやりたいって……いや、そこまでいかなくても半殺しにしたいって手ぐすね引いてる娘はフェリス女学院にゴマンといるでしょうね。全校生かも知れない」
「ひ、ひぇぇ……」
恋夢は健気に「だ、大丈夫です……生命までは取られないでしょう」と笑ったが、その顔は真っ青だった。
「体育祭は明後日なんです。もしかしたら顔が腫れたり手足が折れてここにしばらく来られなくなるかも知れません……ヒロマルくん、恋夢を捨てないで下さいね」
「絶対捨てねえけど恋夢、その、本当に大丈夫なのか?」
「は、はい……大丈夫です」
どう考えても大丈夫な訳がない。
「恋夢はどんな目に遭おうとヒロマルくんを好きって気持ちは変わりません! 精いっぱい戦ってきます……オレ、体育祭が終わったらヒロマルくんと結婚するんだ」
「お、おい、お約束な死亡フラグを自分から立てるんじゃねぇよ!」
冗談なんか言ってる場合じゃあるまいに。
だが、そう思っても恋夢をどう救えばいいのか……
蜜架や瑠璃もどうすればと考えているうちに昼休みが終わってしまった。
恋夢は顔を真っ青にしたまま「じゃあまた……」と立ち上がると、ヒロマルの伸ばした手を振り切って、走り去った。
まるで「そして、それがヒロマルが恋夢の姿を見た最後になったのでした……」とナレーションが入りそうな別離だった。
「……」
ぼう然と立ち尽くすヒロマルの後ろでは「いや待てそんなワルのオリンピック祭、おかしーだろし!」「瑠璃ちゃん、おちついて!」「でも、このままじゃ恋夢ちゃんが……」と三人が騒いでいる。
そしてヒロマルは……
「恋夢を辛い目に遭わせちゃいけない。アイツは幸せにならなきゃいけない奴なんだ」
下を向いて何やらブツブツ呟き始めた。背後の三人は顔を見合わせ、冬村蜜架が恐る恐る声を掛ける。
「ヒロマルくん?」
「恋夢を守るためにガキの頃、戦ったことを思い出せ。ヒロマル、お前はあの日、イジメなんて二度と受けさせないと誓ったはずだぞ」
「あの……ヒロマルくん? もしもし?」
「その誓いが変わらないなら、お前は戦うか? ああ、戦うとも。恋夢を守る為にな!」
厨二病全開モード、自分に問いかけ自分で応えるヒロマルは、どう見ても不審者だった。声を掛ける蜜架や瑠璃にもまったく気付いていない。
そして……力強く「そうだ、お前は間違っていない。さあ、己の信じる旗の下へ行け、ヒロマル!」と己を鼓舞すると、いきなり振り返った。
「三人とも……!」
「「「は、はいっ!」」」
「この小村崎博丸、一世一代の頼みだ。力を貸してくれッ!」
女学院で体育祭と聞いた時はだらしなくニヤけた顔が、今はヒロインの窮地を救うために立ち上がった勇者の顔になっている。
厨二病と自己陶酔で変身した勇者ではあるが、そこにはかつて学級裁判の被告席から恋愛格差に敢然と立ち向かったあの精悍な表情が甦っていた。
「ヒロマルくん……」
ぼう然となって見つめる三人へ向かって助力を乞うたヒロマルは、「この通りだァァァッ!」と咆哮するや、ガバァッと土下座した。
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