第17話 初日に停学 転校生の絢爛武踏!

「ヒロマルくーん!」


 いつものようにお弁当を抱えた恋夢が満面の笑みで教室の入り口に現れた時、冬村蜜架と涼美ヶ原瑠璃は慌てて彼女の前に飛び出した。


「恋夢ちゃん、ちょ、ちょっとここで私の話を聞いて」

「恋夢、落ち着け。大丈夫だからまずは落ち着いてあーしの話を」


 本当は彼女を校門のところで確保し、説明をする予定が、たまたま恋夢がいつもより早く来てしまった為、予定が狂ってしまったのだった。

 そして、二人が視界を塞ぐ前に恋夢は見てしまった。

 ヒロマルと謎の美少女、二人が楽しそうに談笑している光景を……


「……」


 石像みたいになってしまった恋夢を見て蜜架と瑠璃は「ああ……」と額に手を当てた。そうとも知らず、ヒロマルは笑顔で恋夢に手を振る。


「お、恋夢、今日もお昼持って来てくれたのか、ありがとう。……どうしたんだ? そんなところに突っ立って……こっちで一緒に食べよう」

「わ、凄い、本当に奈月れむんだ。ヒロマルくん、彼女この間新曲出したんでしょ?」


 言葉とは裏腹に謎少女の方は大して驚いた様子でもなく、恋夢へ軽く会釈したが、恋夢は応えるどころかショックで手からポロリとお弁当を落してしまった。

 「あっ」と、気がついて慌てて手を伸ばすが、もう遅かった。


「……」


 落とした弁当を黙って拾った恋夢に、ヒロマル達が慌てて駆け寄る。冬村蜜架と涼美ヶ原瑠璃も心配そうに寄り添った。


「お弁当……ダメになっちゃいました。食べられなくしちゃってゴメンなさい……」


 肩を震わせて恋夢が泣き出したので、件の少女が慰め顔で「泣かないでいいじゃないの。袋に入れてたんだし、零れてもいないんだから食べられるわよ」とフォローする。


「お弁当の見てくれが崩れたくらいで気を悪くして食べない人なんかじゃないでしょ? ね、ヒロマルくん」

「当たり前だ。せっかく恋夢がオレの為に作ってくれたのに」


 そういう「言いたいことがお互い理解出来てる」みたいなのが恋夢ちゃんをますます傷つけるのにこの二人! と、後ろで涼美ヶ原瑠璃が床を踏みつけて怒りまくった。

 ため息をついた冬村蜜架が「お前ら黙ってろ!」と目で叱り、泣きじゃくる恋夢を座らせる。ヒロマルと少女も気まずそうに席に戻った。


「ヒロマルくんはまず恋夢ちゃんに謝って。それからお弁当を頂きなさい。当たり前だけど一粒だって残したら許さないから」

「は、はい……」


 手厳しく叱られたヒロマルは、相変わらず何が悪かったのかサッパリ分かっていなかったが、恋夢を傷つけてしまったことは理解したらしく「恋夢、ゴメンな……」と項垂れてボソボソとお弁当を食べだした。

 涼美ヶ原瑠璃が「恋夢のはあーしが食べる。恋夢はあーしのを食べな」と自分の弁当を差し出した。


「ヒロマルくんは悪くないです。冬村さん、すずみん、ありがとう……」

「どういたしまして……」


 件の少女は気まずそうに「私、席を外すわね……」と立ち上がったが、恋夢は黙ってその袖を掴み、引き留めた。貴女も悪くないから出てゆかないで、ということらしい。

 蜜架はホッとして、三人と瑠璃へお茶を振舞うために自分の水筒を取り出した……



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



「……それで、こちらの方は?」


 ヒロマルがお弁当を食べ終えた頃に落ち着いた恋夢は、ようやく尋ねることが出来た。


本物河ほんものかわ沙遊璃さゆりと申します。本日より緑ヶ丘高校へ転校して参りました」

「本物河さんはその……ヒロマルくんをもう知ってるみたいだけど」


 聞きにくそうに冬村蜜架が言うと、恋夢はそれだけでビクッとした。モトカノとかいう答えが返ってきたら……と思ったのだ。

 だが、返答はあっさりしたものだった。


「中学時代の同級生だったの。ね、ヒロマルくん」

「ああ。まぁお互いコミュ障だったからクラスの中で一匹オオカミが二匹いますな? ってカンジの扱いだった。で、ボッチを避ける為、狼同士で細々話をするような仲だった訳だ」

「二匹だったら、一匹オオカミじゃねーし」


 涼美ヶ原瑠璃がボソッとツッコむと「それもそうだな」ヒロマルと沙遊璃と顔を見合わせて苦笑した。冬村蜜架は顔をしかめる。だからそういう「通じ合ってる二人」みたいな空気を作るな、そういうのは恋夢ちゃんとしかやっちゃダメだろ!

 案の定、恋夢はますます泣きそうな顔になり、しきりと二人を見比べている。

 業を煮やした涼美ヶ原瑠璃が、ついに「ヒロマル! いい加減にしろよ!」と立ち上がった。


「な、何が……?」

「てめぇ、恋夢を負けヒロイン扱いする気か? しにてぇのか?」


 言われたヒロマルは訳が分からないので当然「は?」という顔。沙遊璃もキョトンとしている。そして二人が同じリアクションをしていることで、恋夢のメンタルに更にダメージが追加される。

 恋夢推しの上に忍耐力など皆無に等しい涼美ヶ原瑠璃は、「きさまら……!」と、ブチ切れかかった。もういっそ洗いざらいブチ撒けてしまおうか!

 本物河沙遊璃、ヒロマルと恋夢はお試しだけどちゃんと付き合ってるんだ、あまり馴れ馴れしくすんな!

 ヒロマル、恋夢がこんなに不安がってるのに気がつかないとはてめぇどこに目をつけてんだこの節穴野郎、とっとと腹括って恋夢の恋人になれ!

 

「な、なんかよく分からねーけどゴメンなさい」

「よく分からないけど私も……」

「おーまーえーらーななぁぁぁぁー!」

「そ、そうだ恋夢……放課後さ、またあのカフェ行かないか。な?」


 また明日お弁当作って欲しいし、この間なんだかんだあったけどやっぱり楽しかったし、今日のお詫びにな……と、照れくさそうに言ったヒロマルを一瞬ポカンとして見た恋夢はみるみるうちに涙を浮かべ、両手で顔を覆った。


 「え? あ……」


 再び泣き出してしまった恋夢を前にヒロマルは自分がまたヘマをして彼女を泣かせてしまったのだろうかとオロオロしたが、涼美ヶ原瑠璃は「それでいい」と言うように、笑ってうなずきかけた。

 そんなつもりではなかったのだろうが、一緒にいて楽しかった、嬉しかったという言葉で彼女がどんなに安心したことか。ついでに「もっとしゃんとしろ」とも言ってやりたいところだが、そこは余計なお節介とばかりに堪えた。

 涙を拭いた恋夢は、俯いて小さくつぶやく。


「ヒロマルくん、恋夢を見て……恋夢だけを見て……」


 そのつぶやきは彼の耳に届かなかったが、本物河沙遊璃はまさしくそれを聞きとめた。


「……そうか。何となく見えてきた」

「?」


 ヒロマルは、こちらも意味不明なことを突然言い出した沙遊璃に「一体何が?」と、聞いたが彼女はそれを無視して「冬村さん、涼美ヶ原さん、後でちょっと話をしていい?」と小首を傾げる。蜜架は黙ってうなずいた。


「あ、もうすぐ昼休みが終わる……恋夢、帰らなきゃ。ヒロマルくん、明日はお弁当落とさずに持ってきますから」

「落としても美味しかったんだから、気にすんなよ」

「皆さん、一緒に春瀬戸さんを見送りましょう。ヒロマルくん、そこまで春瀬戸さんと手を繋いであげて」

「え、でも校内でそれはちょっと恥ずかし……」

「いいから」


 本物河沙遊璃がそう言って立ち上がると、涼美ヶ原瑠璃がナイスフォローとばかりに沙遊璃の肩をポンと叩いた。

 当初は一途な恋懸け少女の恋路に立ちふさがる強敵の出現かと瑠璃達は危惧したが、幸い、そうではなかったらしい。

 ヒロマルは傷心の恋夢と黙って手を繋ぎ、そんな二人を囲むようにして一同が教室を出た。

 そこまでは良かったのだが……

 事件の発端は、教室を出た瞬間、そこを通りかかった隣のクラスの女生徒と本物河沙遊璃が偶然ぶつかってしまったことだった。


「あ、ごめんなさい」

「気をつけてよ!……って、貴女、どこの生徒?」


 沙遊璃はまだ他校の制服のままだったので「ごめんなさい。緑ヶ丘の制服が間に合わなかったもんだから」と釈明したが、件の女生徒はフェリス女学院から来ている恋夢もそこにいるのを見て不快そうに「冬村さん、B組の風紀たるんでるんじゃない? 緑ヶ丘の制服じゃない奴がそこにもここにもいるなんて」と吐き捨てた。

 ムッとした顔の蜜架達を手で制した沙遊璃が「失礼しました。私、今日転校してきたばかりなので」と、場を収めようとしたが……


「保護者が転校手続きの時に緑ヶ丘高の制服の準備しなかったの? ったく親の顔が見てみたいもんだわ」


 その言葉を聞いた瞬間、本物河沙遊璃の顔が一変した。


「今、なんつった?」

「は?」

「私のパパとママを何だと言った! ええ、おいもう一遍言ってみろ!」


 突然火山が噴火でも起こしたように、胸倉を掴んで締め上げた沙遊璃は血走った目をしていた。

 それでも相手は「親の顔が……」と言いかけたが、最後まで言い終える前に沙遊璃の拳が彼女の鼻柱を叩き折っていた。更に「何すんのよ!」と言う前に膝蹴りが飛ぶ。彼女は床にくず折れた。

 ヒロマルも恋夢も蜜架達も突然爆発した沙遊璃に驚愕し、止めることも出来ずに硬直している。


「こ、このクソ転校生! 調子こいてんじゃないわよ!」

「おお、クソ上等じゃ! オラァァァ、ウンコ食えやぁぁ! シッコ飲めやぁぁ!」


 馬乗りになって、相手の顔面を容赦なく殴る! 殴る! 殴る! 血しぶきが飛び、悲鳴が上がったところでようやく我に返ったヒロマル達が「本物河やめろ!」「やべえって!」と止めに入ったが、激昂した彼女の怒りは収まらない。


「だ、誰か先生を呼んで!」

「おぉ呼べ呼べ! どうせ来る前にブッ殺しといてやるけんの! コイツ、パパとママをバカにしやがった! 絶対殺してやる!」


 抑えるヒロマルを振り払った彼女は、今度はフェイスタオルを口に詰め込み窒息させようとしている。本気で殺そうとしているのだ!

 慌てて駆け寄った生徒達や駆け付けた教師の力も併せて、ようやく件の女生徒と本物河沙遊璃を引き離すことが出来たが彼女はなおも暴れ、獣のような咆哮をあげ続けていた。


「私の視界に入ったら絶対殺してやる! てめぇ覚悟しとけよ! 謝っても殺すからなァァァ!」


 なまじ美少女なだけに、その狂態が恐怖を呼ぶ。その場にいた生徒達は皆、震え上がった。


「ヒ、ヒロマル……彼女、怒るとあんなになるのか?」

「い、いや……オレも初めて見た」


 最近似たような光景をどこかで見たな、と思った冬村蜜架は、ヒロマルにしがみ付いて震えている恋夢を見た。

 そういやこの間、AIバーチャル彼女と修羅場大戦争なんてあったばかりだったなと思い出す。

 思わずため息が出た。クラス委員長として頭が痛くなってくる。


「どうしてB組にはこんなイカれたヒャッハー女子ばっか集まって来るんだ……」


 こうして緑ヶ丘高校の転校生、本物河沙遊璃はアンティークドールのような容姿とは裏腹に、怒らせたら手の付けられないバーサーカー美少女として名を馳せ、転校初日に停学を喰らって一週間姿を消したのだった……


 もちろん、こんな現場を目の当たりにしたヒロマルは、この少女が自分と恋夢のお試し付き合いに引導を渡す悪魔のキューピッド役になるなんて、この時は露ほども想像していない。

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