Episode.7 嵐を呼ぶ美少女転校生

第16話 美少女転校生と嵐の予感

 普通、学校に転校生がやって来るというのはちょっとしたイベントである。

 どんな奴なのか、男子ならイケメンか、女子なら美少女かで憶測が飛び、トトカルチェが始まる。先生がいちいち騒ぐなと怒鳴る。そんなあれこれが一連のお約束みたいに起きるものである。


 だが緑ヶ丘高校にその転校生が来た日。彼女は当初、全く注目を集めなかった。

 何故なら……


「ヒロマル、お前どうするんだ?」

「ど、どうって……」

「言われるまでもなかろう。恋夢ちゃんのことだ!」

「……」

「あんな娘は日本中、いや世界中探してもおらんぞ。お前……分かってんだろな?」

「そ、そりゃ春瀬戸恋夢は世界に一人しかおらんだろ」

「そーゆー意味じゃねぇッ!」


 机をドン! と叩いて説教するお節介な男子に、普通は「まぁまぁ、それくらいにしとけよ」と宥め役が入るものだがここでは誰もしない。

 それどころか周囲にいるのは「いいぞ、もっとやれ」みたいな目で見ているクラスメイト達ばかり。教室の外にはギャラリーまでいて、詰められるヒロマルをいい気味だとばかり眺めていた。


「日本中の高校生から彼女にしたいって言われてる娘がここまで慕ってる。それに応えようとしないのは男として、いや人としてどうなんだ」

「そ、そんなこと言ったって……」


 例の修羅場大戦争が終結して、はや半月が経とうとしていた。

 政府主導で始まった疑似恋愛撲滅キャンペーンは、皮肉にも恋夢ことアイドル奈月れむんの知名度を媒介して今、世間に広く知られていた。

 やり玉に挙げられた「バーチャル彼女」は……マスコミから害悪アプリのように報道されたこともあって、あっという間に姿を消してしまっていた。


「間違いない、これは政府の陰謀だ! モテない者への救済をこうも情け容赦なく滅ぼすとは……奴等に慈悲の心はないのか!」


 教室の中で悲憤してヒロマルは叫んだが……だが彼に共感し賛同の声を上げる者は誰一人いなかった。周囲から返って来るのは冷ややかな視線ばかり。

 えっ? と立ち尽くすヒロマルへ、ため息をついたユウジが皆の気持ちを代弁して「お前が言うな」と切り捨てた。


「クラスのほとんどに今、彼氏や彼女が出来つつある。お前の掲げるスローガン『モテる奴は悪』に賛同する者はもうおらんぞ。残念だな」

「そ、そんな……」

「あとな、恋夢ちゃんを怒らせてバーチャル彼女を絶滅させたのはてめぇだ。政府の陰謀じゃねえよ」

「……」


 その通り、とばかり頷く者が教室のあちこちにいる。ヒロマルは、ぼう然となって立ち尽くすしかなかった。


「で……だ、一体どうするつもりなんだ? ヒロマル」

「ど、どうって……」

「言われるまでもなかろう。恋夢ちゃんのことだ!」


 ユウジの横から別の男子が鋭く詰め寄る。


「オレにどうしろと……」

「どうにかしろ」


 モテない奴の救済など心配している場合ではなかった。自分がピンチだった。

 そんなこんなで冒頭の吊るし上げシーンに至った訳である。

 ヒロマルが詰められている向こう側では、涼美ヶ原瑠璃が「マジで涙腺崩壊するいい曲だし!」と、恋夢の新曲「私だけを見て」を友人たちに布教している。


「ダウンロード数、もう十万いったって!」

「今日恋夢ちゃんが来たら生歌で歌ってもらえないかなー」

「いい歌だよね。自分だけを見てって歌ってる後半がもう、声も震えてて……あれ、もう恋夢ちゃんの気持ちそのものだよね」

「だよねー。アプリのニセ彼女なんかうつつ抜かしてたどっかの誰かさんに聞かせたいよねー」

「あーあ、こんなに一途に想われてるのに当人はお試し付き合いだから本当の彼氏のつもりじゃないんだって。まったく何様なんだか。よっぽど面の皮が厚いんだろーねー」


 目の前で詰問される一方で向こう側からは聞こえよがしに流れ弾が飛んで来る。ヒロマルは十字砲火を浴びて自分の席で縮こまり、ついには「もう勘弁して下さい、許して下さい」と両手を合わせて懇願するばかりだった。それが更に「お前、いっぺん死んどけ」みたいに周囲の怒りを誘発する。


「オレは……オレなんかよりもっといい男なんか世の中に腐るほどいるから、恋夢がもっと幸せになって欲しいって……」


 そのつぶやきは、しかし誰の耳にも届かない。

 これ以上詰めたらもはやイジメになるというあたりで、ようやく「今日はここらへんにしといてやるか」とクラスメイト達は解散した。


「うう……こんな非道な吊るし上げ、いつまで続くんだ」

「お前が恋夢ちゃんの想いを受け容れて恋人になるまでだ。俺達のターンは終わらないぞ。お前のターンは永遠に回ってこない」


 机に突っ伏して「地獄だ……」と嘆いたヒロマルに、隣の席の少女が「災難ね」と苦笑した。


「まったくだ。みんな、オレのことなんて放っぽっといてくれりゃあいいのによ。ドイツもコイツも鬼ばかり」

「違うわよ。皆、ヒロマルくんがその娘と結ばれて幸せなるのを願っているのよ」

「今さらオレの幸せなんかどうでもいい。それより恋夢がもっと幸せになってくれたら……」


 そう言って頭を振ったヒロマルは「ん?」と気がついて、その少女を見た。確か昨日までそこは空席だったはずだ。


「誰?」


 その声に、ようやくクラス中が、ヒロマルの隣席にいる謎の少女に気がついた。


「誰って酷いわね。さっき咲良先生が転校生の私を自己紹介させてくれたのに」

「……」


 自己紹介も何も、ヒロマルが政府の陰謀だのと叫んでからずっとクラス中が大騒ぎで彼を吊るし上げしていたのだ。


「ついでに言うと今は休憩時間じゃなく、とっくに授業中なんですけど」


 え? と皆は教壇を見る。

 そこでは、めぐ姉が泣きながら誰も聞いてくれない講義を独りで続けていた……


「あのさ、転校したての私からあんまり生意気なこと言いたくないんだけどヒロマルくんをイジメるのにかまけて勉学とか担任の先生を敬うこととか……皆さん、学生の本分を疎かになさってない?」


 見知らぬ少女から手厳しい喝棒を喰らって、クラス中が静まり返った。


「あの……授業を続けてもよろしいでしょうか……」


 鼻を啜り上げためぐ姉の涙声に、彼等はようやく我に返ったようだった。

 例の少女に促されて全員がゾロゾロ席に戻り、グスグス泣いてる担任に「授業の続きをお願いします」と頭を下げた。


「良かった。もしかしたらみんな私の授業をわざと無視してたんじゃないかって、ココロが折れそうだったの……」

「幾らなんでもめぐ姉にそんなことしねーよ!」


 涼美ヶ原瑠璃が慌てて誤解を解くと他のクラスメイト達も口々に「めぐ姉、ゴメン!」「授業、ちゃんと受けるから泣かないで!」と謝ったり、「彼氏にまた逢いに行きなよ」と慰めたり、もはやどっちが年上か分からない。

 涙を拭いためぐ姉はようやく「みんないい子ね。私、彼氏と同じくらい皆のこと信じてるから!」とニコッと笑った。

 彼氏と同じというのは例えとしてどうかと誰もが思ったが、彼女的に信頼度マックスという意味なのだろう。突っ込む者はいなかった。

 そんなこんなでようやく平穏な授業が始まった。ヒロマルは大きく息をついた。


「助かった。ありがとな……」

「どういたしまして。それにしても久しぶりねヒロマルくん。また後で」


 そう言うと謎の少女はふふっと笑った。


(久しぶり?)


 ……ということは、この少女はヒロマルと過去に面識があるのだ。

 そういえば、この転校生が何者かということに誰も注意を払っていなかったことにクラスメイト達は気がついた。授業を受ける振りをしながらさりげなく、少女を観察する。

 憂いに満ちた顔立ち、人形のように長い睫毛。髪はツインテールに結び、緑ヶ丘高の服が間に合わなかったのか転校前の古めかしい制服を身に着けている。

 静かに授業を受けている顔は無表情で、前髪に隠れかかった瞳が時折瞬きしていなければ、本物のアンティークドールと見間違えそうだった。


(す、すごく綺麗な人ね……)


 息を呑んだ冬村蜜架が涼美ヶ原瑠璃に耳打ちする。瑠璃も頷いたが、こりゃ絶対一波乱あるなと予感した。恋夢は可憐を絵にかいたような美少女だったが、こちらは異色の非現実めいた美少女である。それが隣の席でヒロマルと親し気に話しているというだけで恋夢が平穏でいられるはずがない。


 当然、そんな予想がはずれる訳なかった。

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