Episode.6 戦う恋懸け少女 修羅場大戦争!

第12話 恋懸け少女のお弁当!デザートはスィートキッス

 月曜日。

 菅田ユウジは朝、つい二度寝をしてしまい、大急ぎで身支度を整えてあたふた登校するハメになってしまった。

 先日のカードバトル勝利の影の立役者、友音雪奈からこっそり勧められたスマホのソシャゲがあまりにも面白く、昨晩まんまとハマってしまったのだ。

 教室に飛び込んだ瞬間、始業の鐘が鳴ったので「セーフ! セーフ!」と自ら連呼して席に着く。苦笑するクラスメイト達から「おはよう!」「危ないところだったわね」と苦笑気味に挨拶され、彼は照れ笑いで誤魔化すしかなかった。


「オレ様はどんなピンチでもクールにかわしてみせるのさ、フッ」


 周囲の哄笑に笑顔で応えながらふと見ると、ヒロマルが心もとなさそうな顔で座っている。


(おいおい、あの天使と昨日、夢みたいなデートを堪能したんじゃなかったのか?)


 ユウジは「ようヒロマル、どうした? 朝からシケた面しやがって」と、背中をどやしつけた。


「まさか恋夢ちゃんとケンカ別れしたとかじゃねえよな」

「バカッ、冗談でもそんなこと言うなッ」


 指を差されて向こうを見ると、ケンカ別れという不穏なキーワードを聞きつけた涼美ヶ原瑠璃が離れた席から「あ?」と顔を向けている。血の匂いを嗅ぎつけたサメのようだ。ユウジは慌てて「なんでもございませんヨ!」と、焦り顔で手を振った。


「す、すまねえ……」

「気をつけろ。オレ、なんか『モテる奴を悪と言った癖にてめぇ、手のひら返しやがって』より最近『恋夢ちゃんを泣かせてみろ、てめぇ後が怖えーぞ』みたいな圧を感じるようになってな……」

「お前のその被害妄想、だんだん笑いごとじゃなくなってきたように思えるな」


 苦笑の混じった顔で同情したユウジは早速「それで、昨日はどうだった?」と聞いた。


「うん、まぁとても楽しかった。でも通り過ぎる人がみんな恋夢に注目しててなぁ……『あの人、れむんちゃんじゃね?』とかヒソヒソ言われてるのに、恋夢の方はなんかもう心ここにあらずってカンジでオレの腕にずっとしがみついてて正直こっ恥ずかしかった」

「みんな恋夢ちゃんに見とれてるのに、当の本人ときたらお前と一緒なだけで夢心地で周りが見えてなかったんだろうなぁ」

「はぁぁ、こんなつまんねえ男のどこがいいんだか……」


 その通りだが自分で言うなよ! と周囲の無言の非難を浴びて、ヒロマルはうなだれる。ユウジは「憎悪が嫉妬に変わっただけだ。気にすんな」と、励ました。まったく慰めになっていない。


「うーむ、そんなこんなで最近どうも調子が狂っちまってな。参った……今日は弁当もねぇし」

「なんだヒロマル、弁当忘れちまったのか。それでさっきからしょげ返ってたのか」

「いや、それがな……」


 蚊の鳴くような声で、ヒロマルは「恋夢が今日からお弁当作ってくるって……」と告げた。


「あ、愛妻弁当?」

「キマシタワァーー!」


 ユウジの叫びと後ろで盗み聞きしていた冬村蜜架の黄色い声が見事にシンクロした。


「委員長、聞いてたの? って言うかイキナリ叫ばないでくれ。オレぁ心臓止まるかと思ったぜ!」

「なーに情けないこと言ってんの。それにしても恋夢ちゃん、いよいよ内堀へ寄せて来たわね」


 顎に手を当ててムフフと感心する冬村蜜架へ、ヒロマルは「ど、どういうことだよ!」と問いただした。蜜架はしたり顔で解説する。


「手を繋いだりハグしたりするのは身体の表面に対してだから言わば『外堀』。これに対して彼氏の味覚を虜にし、内臓である胃袋を掴むのは『内堀』! さすがね恋夢ちゃん、グイグイ来てるわ……ふふふ」

「胃袋を掴むって……」


 例えが酷い。恋夢が自分の口に無理やり手を突っ込んで胃袋を掴むイメージが脳裏に浮かび、ヒロマルは戦慄した。

 一方のユウジは外堀、内堀と聞いてヒロマルが落城寸前の大阪城のように思えてきた。


「かくして豊臣は絶え、徳川の世が来るか……それもまた戦国の世の習い」

「ユウジ、お前は何を言ってるんだ? 委員長も感心してねえでちったぁ恋夢を抑えてくれよ。どうせお試しカップルなんだし、少しは落ち着いた付き合いを……」

「ヒロマルくん、なに言ってるの! 貴方に夢中な恋夢ちゃんに今さらブレーキなんて無駄無駄無駄ァ! 障害があればあるほど、恋の炎はますます燃え上がるのよ!」

「城攻めなんだか放火なんだか、もう訳わかんねぇ……」


 ヒロマルは頭を抱えた。果たしてこのままでいいのか。

 恋夢の好意は嬉しいが、自分が引くに引けないところへどんどん追い込まれてゆくようで、気が気でないのだ。

 しかしそれを相談しようにも、ユウジも蜜架も御覧の通りまるで話が通じない。


「困ったなぁ……」


 他のクラスメイト達に尋ねてもおそらく駄目だろう。皆、一途な恋夢にすっかり肩入れしてしまっている。『てめぇは恋夢ちゃんの言うことをなんでも聞いてあげればいいんだ!』と口を揃えてお説教してくるに違いない。担任のめぐ姉に至ってはまったく頼りにならないし……


(ああ、こんな時自分の相談に乗ってくれる人、誰かいないかなぁ……)


 途方に暮れたヒロマルは、その時ハッとなった。

 いる。一人だけいる!

 藁をも縋る気持ちでヒロマルはスマホを取り出した。


 そして、それがこの後トンでもない修羅場を引き起こすことになろうとは、彼は想像もしていなかった……


☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆


「ヒロマルくん。こ、これ、ヒロマルくんのお弁当です……」


 昼休み。

 昼食を共にする為だけに自分の通学校からはるばる緑ヶ丘高へやって来た恋夢は、パステルグリーンの袋から取り出した弁当箱をおずおずとヒロマルへと差し出してきた。

 周囲では、みな何気なさそうにお弁当を頬張っているが、二人を盗み見してるか聞き耳を立てているのがモロバレだった。箸で虚空を摘まんでいる女子や爪楊枝に刺した肉巻きを口ではなく頬へ運んでいる男子がいる。


「アッハイ、アリガトウゴザイマス……」


 ロボットのようにぎこちなく受け取ったヒロマルは、それをどうしたものかと躊躇する様子だった。

 ああもぉじれったい、見てられない! と離れた場所から涼美ヶ原瑠璃が必死に身振り手振りで「何やってんだ! 開けるんだよ、食べるんだよ!」と促している。

 ガクガクとこれまた機械仕掛けのようにうなずいてヒロマルが開いてみると、そこには……


「唐揚げ、ポテトサラダ、卵焼き……それにタ、タコさんウィンナーだとォォォ!?」


 弁当の中を覗き込んだユウジが思わず叫んだ。それも同サイズのプチトマトとタコさんウィンナーがまるで取っ組み合っているように詰められている。見た目に思わず微笑んでしまいそうなかわいらしい演出に、ユウジは「くぅぅぅ~!」と身悶えした。


「ああああ、何という尊さ! ヒロマル、お前はこれから食べるというのか! これを! この尊いお弁当を!」

「ユウジ、てめぇうるせえし。すっこんでろ」

「あだっ、あだだだだだだ!」


 たまりかねてつかつかと歩み寄った涼美ヶ原瑠璃が、ユウジの耳をつまみ上げて教室の外へと引き摺って行った。


「……いただきます」

「ど、どうぞ、召し上がれ……」


 ポカンとして親友の退場劇を見ていたヒロマルは「ほら、こっちはいいから!」という瑠璃の目に促され、ようやく箸を取った。

 メインデッシュと思われる唐揚げを頬張るとショウガとニンニクを利かせた味付けが絶妙で「おぅッ」と思わず声が漏れた。

 ポテトサラダも口に入れるとジャガイモを丁寧に裏漉して作ったのが判った。ハムやニンジンの配合も程よくマヨネーズは控えめ。粗挽きコショウが味を上手く引き立たせていた。


「どうですか……」


 お眼鏡に叶っただろうか、と上目づかいに反応を伺う恋夢が愛おしく思えて、ヒロマルは飛び切りの笑顔で「うん、お世辞抜きで最高に美味い!」と褒めた。


「本当ですか!」

「わざわざ嘘なんか言ってどうする。凄く美味しい。ほら、恋夢も一緒に食べよう」

「は、はい!」


 ヒロマルの笑顔がよほど嬉しかったのだろう、恋夢は少し涙ぐんでいた。


「良かった! まずかったらどうしよう、ヒロマルくんの舌に合わなかったら……って恋夢は凄く心配だったんです」

「ははは、バカだなぁ、何も泣くことないだろ。こんな美味しいのをマズいだなんて誰が言うか。味覚がおかしい奴でもなきゃ言わねぇよ。んぐんぐ、ああ美味い……」

「へへへ……」


 涙を拭った恋夢は自分の小さな弁当箱を持ち上げながら恥ずかしそうに笑う。周囲にいたクラスメイト達も釣られて笑った。

 ままごとのような二人のやり取りが微笑ましく、それを優しく見守るような雰囲気が生まれ、彼等は安心したように自分達の昼食を再開した。

 向こうでは涼美ヶ原瑠璃と冬村蜜架がヨシヨシとうなずきあっている。紆余曲折を経たものの、あの二人もようやく恋人同士らしくなってきたと思ったのだろう。


「明日はもっともっと美味しいのを作ってきますからね、ヒロマルくん!」

「参ったな。こんな調子だと、そのうち恋夢の作ったもの以外、オレ食えなくなっちまわぁ……」

「はい! そうなっちゃって下さい!」


 ヒロマルの弱音が余程嬉しかったのだろう。恋夢は両手を頬に当て、クネクネしながらふやけてしまった。


(ふふふ、恋夢ちゃんの料理以外食えない未来……これは遠回しなプロポーズと解釈出来ないこともない。そりゃあ恋夢ちゃん、とろけちゃう訳だわ。ヒロマルくん、そのまま餌付けされておしまいなさい!)


 遠目に眺めながら蜜架はほくそ笑んだ。彼等の仲睦まじい様子を愛でながら食べると箸が進む。最高のオカズである。

 だが、二人のすれ違いも相変わらずだった。


「彼女にお弁当作ってもらえるなんて、こんなに幸せなのか……いいなぁ」

「なんで羨ましがるんですか! ヒロマルくんが食べてるのは恋夢のお弁当です! 彼女の作ったお弁当です!」


 恋夢はこのまま既成事実を積み重ね恋人の仲を深めるつもりなのだが、ヒロマルはあくまでお試し期間の恋人同士のつもりなので、いつもそこで揉めてしまう。


「いや、恋夢が本物の恋人に巡り合う時が来たらこのお弁当もソイツが食べる訳だろ? そりゃ羨ましがったっておかしくは……」

「おかしいですッ! 恋夢はヒロマルくん以外にお弁当は作りませんからね! あ、パパとママはもちろん別ですけど……」

「……作ってあげること、あるの?」


 それまで言い争っていた雰囲気が微妙に変わった。ヒロマルが静かな声で問いかけると、プンスカしていた恋夢はハッとなって顔を上げる。


「ヒロマルくんみたいに美味しいって凄く喜んで食べてくれるから時々……パパなんか会社の人に必ず自慢しちゃうみたいで恋夢、嬉しいけど恥ずかしいです」


 ヒロマルは何か思い出したのか目を潤ませた。ほんの短い間だったが。


「……そうか。いいお父さんだな」


 ポツリとつぶやいたヒロマルを恋夢は見る。彼は、慈しむようなやさしい表情をしていた。


「恋夢、よかったな……」

「……はい」


 ふいに恋夢は肩を震わせた。弁当を置くと両手で顔を覆う。周囲のクラスメイト達が驚いて泣き出した彼女を見た。どうしたのか。ヒロマルは特段おかしなことを言った訳ではないのに。

 涼美ヶ原瑠璃が狼狽して腰を浮かせたが、ヒロマルは「大丈夫だから」と、笑顔でうなずきかけた。冬村蜜架が不審そうな顔の親友をそっと引き戻す。

 蜜架は、さっきのヒロマルの顔に見覚えがあった。恋夢と再会した後、クラスの圧で彼が無理やり付き合うようにさせられたとき……


(オレなんかじゃダメなんだ。アイツはもっと幸せにならなきゃいけないんだ……)


 ヒロマルと恋夢の間に自分の知らない「何か」がある、と蜜架は薄々察していた。何か悲しい秘密なのではないだろうか。その秘密ゆえに、恋夢はヒロマルを一途に想っているのかも知れない。

 ただ、何か分からないままそこへ触れたら、きっと恋夢は傷つくだろう。

 だから、今は……


「瑠璃ちゃん、二人は大丈夫だよ。そっとしておいてあげよう。私と、後で少し話をしよう」

「お、おう……」


 腑に落ちない顔をしている瑠璃に蜜架は「大丈夫だから」と、繰り返した。

 涙を拭いた恋夢もヒロマルへ「ゴメンなさい」と謝ったが、ヒロマルは何も言わなくていいよと言うように恋夢の髪を撫でて、ちょっと笑った。


「さ、お弁当の続き食べよう。恋夢のお弁当は涙でしょっぱくなってるけどな」

「もう、ヒロマルくんったら!」


 泣き笑いの顔で恋夢が頬をふくらませた。周囲はホッとして、恋夢の涙に誰も触れずにいてくれた。

 そう、そこまではいいカンジだったのだが……


「ご馳走様でした。恋夢、ありがとう」

「どういたしまして。お粗末様でした」


 食べ終わったヒロマルから弁当箱を受け取ると、恋夢は「デザートも用意したんです」と小さなタッパーを開けた。真っ赤なサクランボが詰まっている。


「おお、美味しそうだな! じゃあ一つ、お呼ばれしてみるか」


 嬉しそうに手を伸ばすとどうしたことか、恋夢は首を振ってタッパーを取り上げる。

 え、くれないの? と、ヒロマルが困惑する中、彼女は周囲をも驚愕させる行動に出た。思いつめた顔でタッパーをしばらく見つめ、何ごとか決心してサクランボの一粒を自分の口に咥える。

 そして……


「デザート、食べてください。ん……」


 教室内にどよめきが起きる。

 目を瞑ってサクランボを咥えたキス待ち顔の恋夢に女子達が思わず「キャーッ!」と黄色い声をあげた。男子達からも悲鳴のような声もあがる。

 冬村蜜架は「恋夢ちゃん、なんと大胆な……」とうめき、涼美ヶ原瑠璃は顎を落とした。クラス中が固唾を呑む。


「ちょっ、恋夢! 待っ……」

「……」


 応えはない。恋夢はただ瞳を閉じて待っている。

 ヘタレて取り合えず指でサクランボを摘まもうとしたヒロマルは、恋夢の向こう側で鬼みたいに自分を睨みつける涼美ヶ原瑠璃に戦慄して手が止まってしまった。この期に及んで彼女に恥をかかせるのか! と顔が言っている。


(だからって、オレにどうしろと……)


 だが、どうしろといっても選択肢はない、一択しかない、どうしようもない。

 どうするヒロマル!

 ところが……


『おやまぁ、ヒロマルくんから選択の余地を取り上げてキスをねだるなんて、見下げたものね』


 突然聞こえてきた、澄んだ冷ややかな声。

 それは、ヒロマルのクラスメイト達の誰も聞いたことのない少女の声だった!

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