第10話 恋の助っ人参上! 緑ヶ丘のガチャ姫さま
衝撃のカミングアウト!
女子トイレの中。凍りついた涼美ヶ原瑠璃と冬村蜜架の前で、恋夢は泣きそうな顔でうなずいた。
先ほどまではヒロマルを見下すように振舞っていたのに、今は別人のように小さくなって震えている。
「実はカードゲーム、トランプと花札とUNOしかやったことないんです……」
「で、でもさっきヒロマルなんかケチョンケチョンにしてやるって……!」
「あれは演技です。嘘っぱちだったんです」
「じゃあ、フェリス女学院のカードゲーマー達を震え上がらせた『地獄の魔獣をもてあそぶ闇姫』って厨二病みたいな二つ名は……」
「あれはその、その場で思いついた出まかせです……」
「はぁぁぁぁぁ!?」
思わず呆れ声をハモらせた二人に対して「だって、ああでも言って煽らなきゃヒロマルくん、賭けに乗ってくれませんよぅ!」と、恋夢は涙目で言い訳した。
「確かにそうだけど、だからって……」
冬村蜜架は言葉を失った。隣の涼美ヶ原瑠璃も半ばあきれ顔である。
「恋夢ちゃんどうするのさ! やったことのないカードゲームバトルで決闘なんて! アイツの腕前は知らないけど相当自信あるみたいだよ!」
「それによ、負けたら恋人解消になっちゃうし!」
二人に言い立てられ、無謀な賭けで自ら危機を呼び込んだ張本人はこの世の終わりのような絶望の表情を浮べた。
「ヒ、ヒロマルくんと別れたら……恋夢はもう生きていけません」
「イキロ……」
「だっ、だから一週間で何とか勝つ方法を! 冬村さん、すずみん、恋夢を助けて下さい、お願いします!」
「お願いしますと言われても……」
「さっきは偉そうにしといて裏でこんな無茶なお願い……本当にゴメンなさい。でも恋夢はどうしてもヒロマルくんとデートしたいんです……その為にはカードバトルに勝つしかないんです!」
気持ちは分かる。ましてや相手はモテる奴を悪だのとホザき、女心など皆目汲んでくれない、あのヒロマルである。さっきもデートしたいという恋夢のお願いをぬらりくらり。聞いていた二人も正直ムカッ腹が立っていた。
しかし、いきなり無茶振りで助けてと泣きつかれたところで、一体どうしたものやら。
「そういや瑠璃ちゃん、貴女この間カードゲームにハマってなかった?」
「あ、あれはBL系カードゲームだし! クールとヤンチャの責め受けでどっちが押し倒すかまで駆け引きする奴で『レコード・ストライカー』とは全然ジャンルが違うし……」
「うわぁ」
「聞いたのはミッカだろ! あと今ドン引きしてる場合じゃねーから!」
「そ、そうよね。しかし困ったなぁ。ネットとかで今から調べて一週間でルールとかプレイの仕方とかマスター出来る? それが出来たとして、ヒロマルの奴に勝てるカードも揃えてデッキを組まなきゃいけない……」
「一週間もあれば遊び方くらい身につくだろうけど、上級者を打ち破るデッキ構築とかプレイテクニックまではさすがに無理じゃね?」
「や、やります! 恋夢が言い出したことだもの、なんでもします!」
「そう言ってもさぁ……」
悲壮な決意の恋夢と途方に暮れた二人が顔を見合わせた……まさにそのときだった。
「何とかしてやろうじゃありませんか!」
突如、個室のドアをバァーンと開け、一人の少女が姿を現した!
「「「ギョワーーー!」」」
女子トイレの中に絶叫が響く。他に誰もいないと思っていた三人はびっくり仰天、カエルみたいに飛び上がった。
「ユ、ユッキー!? 一体どうしてここに……!」
「話は全て聞かせてもらったわ」
個室から出てきたのは「緑ヶ丘のガチャ姫さま」、
容姿だけならクラスでも五本の指に入るのに「パンがなければガチャを引けばいいじゃない」とか「十連ガチャでダメなら百連ガチャよ……絶対引き当ててやる、フヒヒ……」だの不気味な独り言で周囲を戦慄させ、教室では腫物のように扱われている。廃課金ならではの奇行も数知れず、つい先日も「なんでェェェ! なんでレアが出ないのよォォ! 絶対インチキガチャでしょ! 運営に凸してやる、うがぁぁー!」と突然暴れ出し、クラス総出で狂乱する彼女を止めたばかりだった。
その雪奈が目を輝かせて個室から飛び出してきたのである。
「恋夢ちゃんのデートを賭けたゲームと聞いちゃ黙ってられないわ。このガチャ姫様が力になってあげようじゃないの!」
「で、でも『レコード・ストライカー』はトレーディングカードゲームだからソシャゲもガチャも関係ないのに……」
「フヒヒ……甘いわね冬村さん。私がブースターパックからレアカードを引き当てる快感を見過ごすと思って?」
「お、おう……」
ドヤ顔で偉そうに言ったところで自慢していることは廃課金のダメっぷり。
しかし、ヒロマルと同じ仕草で彼女が制服の内ポケットからホルダーをつまみ出し、『レコード・ストライカー』のカードを扇状に広げたのを見て三人は、あっと声を上げた。
「友音さんもストライカーだったの!」
「ええ。ヒロマルくん、『四天王』だなんてイキがってたけど私に言わせりゃハナタレ小僧ももいいとこだわ。私の最凶デッキ、恋夢ちゃんに貸してあげるからココはひとつお灸を据えてやりましょう! フヒヒッ」
「で、でもよユッキー。お前がヒロマルを捻りつぶせるようなストライカーでも一週間後、実際にバトるのは恋夢だし。素人の恋夢じゃ簡単にヒロマルの野郎に勝てる訳が……」
心配顔の涼美ヶ原瑠璃へチッチッチッと、メトロノームのように指を左右に振った雪奈は「大丈夫、クラスのみんなが協力してくれれば赤子の手をひねるみたいにコテンパンにしてやれるわ」と余裕の表情で肩をすくめた。
「でもどうやって?」
「実際には私がヒロマルくんと戦う。フヒヒッ、簡単なカラクリよ。恋夢ちゃんはルールだけ覚えてればいい」
一体どうやって……と、顔を見合わせる三人へ廃課金少女は「任せておいて」請け負ってみせた。
「そういや恋夢ちゃん、さっき『地獄の魔獣をもてあそぶ闇姫』って言ってたわね。それじゃその名にふさわしいデッキをひとつ組んでみますか、クックックッ……」
「それは頼もしいけどユッキー、お前、個室から出て来たっきりだろ」
「あ」
「とりあえず、手ぇ洗ってこいよ……」
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「ヒロマルくん、お待たせしました」
「ああ。恋夢、覚悟は出来てるな?」
「ええ」
B組の教室に戦いの風が吹き始めた。もっともクラスメイトの一人が演出の為、ハンディ扇風機で人工的にブビーと起こした風ではあるが。
恋夢は前髪を掻き上げると「始めましょうか」と、仮初の恋人を睨みつけた。いつもはヒロマルに恋しているのが丸分かりの可憐な笑顔が、今日は仇敵でも見るような厳しい表情をしている。負ければ恋人の座から転落するのだ。ヒロマルがいう「妹」に戻るつもりなど彼女にはさらさらない。望むことはただひとつ。必ず勝って恋人の絆を深めるのだ!
一方のヒロマルもカードバトラーとして見下された雪辱をすすぐ為、負ける訳にはいかなかった。恋夢を打ち破って先日の侮辱を謝罪させることが出来ないなら緑ヶ丘レコードストライカー四天王もトンだ笑い物である。
運命の刻は来た。
今日が恋夢がヒロマルへ果たし状を叩きつけ、約束した一週間後だった。『慈悲なき墓場荒らし』対『地獄の魔獣をもてあそぶ闇姫』の戦いが遂に始まる。
彼女が教室に現れた頃には、決闘の噂を聞き付けた多くの野次馬が教室の内外に群がっていたが、混乱を避ける為に教室の外へ締め出された。
……もっとも、B組の生徒以外を締め出したのは別の理由もあるのだが、ヒロマルがそんなことなど知るはずもなかった。
「両者、準備はいいわね?」
二人が頷いたので、審判役の冬村蜜架がスマホアプリでコイントスを行い「先攻、小村崎博丸。後攻、春瀬戸恋夢」と告げる。
張り詰めた空気の中、キザなポーズでヒロマルがホルダーから一束のカードを取り出し、並べた二台の机の端に置いて「デッキ、セット」と宣言する。
対する恋夢も舞うような華麗な仕草でカードを机の反対側に置き、「デッキ、セット」と宣言した。
「ではカードバトルスタート!」
「悪いな恋夢、まずはオレから行かせてもらうぜっ!」
カードをシャッフルし、ランダムに七枚を引き抜いて眺めた彼はニヤリとした。
「オレのターン。フィールドに【毒沼―ポイズンスワンプ】をセット。続いてクリーチャー【傀儡師―パペットプレイヤー】を召喚! パペットプレイヤーの効果でカードをデッキから一枚手札に追加。最後にトラップカードを二枚、フィールドにセットしてターンエンドだ」
二つ並べた机の片方がヒロマルのカードを展開するテリトリー(陣地)である。そこへ戦場を有利にするフィールド系のカード、攻撃や防御を行うクリーチャー系のカードが次々と配置された。トラップカードは伏せられている。これは相手のターン時に発動させ、妨害や反撃を行うことが出来るのだ。
ヒロマルの背後から立会人役のユウジが話し掛けた。
「ヒロマル、手札的にどうだ? 勝てそうなカンジか?」
「ああ、いいカードが回って来てる。恋夢にはかわいそうだが、恋を夢見る前に悪夢を見てもらうことになるぜ」
「そうか……」
うなずいたユウジはニヤリとした。悪夢を見るのは残念だが彼女の方じゃないのだと言うつもりは毛頭ない。ただヒロマルに気づかれぬよう自分のスマホのカメラを起動し盗撮を始めただけだった。この男、またもや親友を売るつもりである。
一方、ヒロマルの布陣を泰然と見守っていた恋夢は「では始めます」と告げ、丁寧にシャッフルしたカード束からそっとカードを引き抜き、しばらくの間無表情にそれを眺めていたが、自分の陣地に置き始めた。
「恋夢のターンです。フィールドに【渇血の呪布―ブラッド・タペストリ】をセット。続いてエンチャント【地獄との契約―イヴィル・アグリーメント】をセットします。エンチャント特典によってクリーチャー【地獄ムカデ―ダーク・セントピード】を召喚。最後にトラップカードを二枚セットしてターンエンドします」
観客のクラスメイト達からどよめきが起き、ヒロマルも息を呑んだ。レアカードなのはともかく、可憐な恋夢にはおよそ似つかわしくない不気味なカードが次々と現れたのだ。
ヒロマルの配置したカードはひと癖もふた癖もありそれに似つかわしい絵柄だったが、恋夢のそれはあまりにも異様だった。呪いの力を本当に宿しているのかと思えそうなほどグロテスクな絵柄が描かれている。
自分と違い、恋夢の「地獄の魔獣をもてあそぶ闇姫」は自称ではなく本当なのか……不安を覚えながらヒロマルは自分のターンを始める。
カードバトラーの異名など出まかせか針小棒大に盛っているだけ、決闘も鎧袖一触だろうと考えていた。
だが、恋夢は自分の広げた自慢のデッキに顔色一つ変えていない。そればかりか名前だけ知っていた高名なレアカードを陸続と繰り出してきた。
まさか……
(落ち着け、昨日まで繰り返したシミュレーションでも無敗だったじゃないか。オレのデッキは無敵だ。負けるはずがない……)
そう思いながら手を止めてしまったヒロマルへ向かって恋夢は薄く笑った。
「さぁヒロマルくん、来て……恋夢の地獄の中へ……」
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